第9話 じゃじゃ馬
金の国エルドラドへ出稼ぎに行くことと、魔女フランを捕まえに行くことを決めた俺達は、何事もない夜を過ごして自動的に来る次の日の朝を迎えた。
洞窟の中の食卓には当然のようにキノコ料理が並んでいた。焼きキノコ、煮込みキノコ、乾燥キノコの粉末スープ。もはや料理というより、キノコによる思想統一である。
俺の嫁キメラは銀狼のような髪を靡かせながら、自身から採取したキノコを黙々と食べていた。『共食いだな』、という言葉はすでに使い古されており、今さら言っても決して身になることはないので、ここでは省略する。
彼女のスプーンを動かす姿は仕事に疲れた工場労働者のように機械的で、そこに魂の気配はあまりない。
「どうした? 死刑囚が最後の晩餐を食べるような顔をしてるぞ」
「寝起きは気分が乗らないこともあるでしょ」
キメラは顔も上げずに返答して、静かにスープをすする。淡い桃色の唇に目を奪われる。銀が主体の彼女なのでそういう差し色が映えるのだ。
さらに顔の右側だけ長い前髪が揺れる度に赤目を露出させて、俺の視線を独占しようと挑発してきていた。
まとめると銀髪ロング片目隠れオッドアイ最高、ということである。
俺が頭の悪いことを考えていると、キメラと視線が交差した。
「出発前にいくつか擦り合わせておきたいことがあるんだけど」
キメラが鈴の音のような声で発言した。
「なんだ? おやつならキノコしかないぞ」
「そうじゃなくて合成魔法のこと。私とゴーレムマン以外は知らないのよね?」
ゴーレムマンとは野盗の成れの果て。俺が合成して更生させた優等生だ。数は十匹。俺を先生と慕い、毎日ほぼ休まず働いてくれる。健気でいじらしい奴らだ。壊れたら必ず直してやるからな。安心して無茶してくれ。
「ああ、その通りだ。他は誰も知らない」
俺はパン——型のキノコをちぎりながら答え、さらに続ける。
「エルドラドで鎌をかけられても喋るな。合成魔法の露呈は死に直結する。神具ってのは、発見された時点で人生が国家の所有物になる代物だ。管理という名の強制軟禁コース。逆らえば結末はほぼ血みどろの寓話と同じになる」
キメラは鹿威しのように静かに、かつ上品に頷く。
「それと……私の能力も使ったらダメよね?」
「ああ。キミの能力が知られれば、俺とも関連付けられて一網打尽だ。俺とキミは一蓮托生、一心同体、おしどり夫婦だ。運命共同体という名の双胴船。覚えておけ」
「ひとつも覚えたくないわね」
「もし、能力を使うなら命の危機が差し迫った時だけだ。タイミングを間違えるな」
彼女は息を呑みつつ、視線で返事をする。その仕草が妙に大人びて見えた。人は覚悟を決めた瞬間だけ、精神年齢が上がるらしい。もしくはうるさい奴が黙り続ける間だけ。
「次。お金の話ね。合成魔法が自由に使えないなら稼ぐの大変よね? 当てはあるの?」
「現地に行ってから考える。国力、人の流れ、物流。都市は生き物だ。道と市場を見れば金の流れは読める」
キメラは穢れを知らない五歳児のように、うんうん、と頷く。可愛くみえるが理解半分でとりあえず肯定しているようにも思う。後で同じことを聞いてきたらシンデレラをいびる継母のごとくネチネチと論破してやろう。
「なるほどね……それじゃあ最後の質問。エルドラドまで距離があるけど馬は持ってるの?」
「ああ、癖はあるが可愛い“じゃじゃ馬”がいる」
「ふぅん、そんなのいたんだ。馬は好きだから楽しみだわ」
そこで会話は途切れ、食事を終えて後片付けをする。ゴーレムマンは不器用なのでキメラが担当……のはずだったのだが、なぜか俺も手伝わされることになった。これでは鬼嫁の尻に敷かれる肩身の狭い夫ではないか。早く人格を弄る技術を身につけなければな。
後片付けは二人でやっただけあってすぐに終わった。その後、金の国エルドラドへ行くための荷物を持って外へ出る。
「で、どこに馬がいるの?」
「目の前にいる」
キメラは一瞬、空を見て、地面を見て、そして自分を寄り目で見た。いつの間に一発芸を身につけたんだ。
「ま、まさか私ぃ!? あんたをおぶって行けっての!?」
「そうだ。狼魔獣の脚力ならすぐに着くはず。昨日思いついてね。嫁だけでなく、車と運転手を同時に手に入れるとは僥倖だ」
「ぜっったい、いやっ! 鳥は!? 合成したら作れるでしょ!?」
「空は目立ち過ぎる。人間に見られるのは不味いし、知らない魔獣に襲われる危険もある。気付いたらお尋ね者どころか死体にはなりたくないだろう?」
「でもでも、背負うのも目立つでしょ!?」
「子泣き爺みたいでセーフだ」
「はぁ? 謎のジジイやめなさいよ!」
ふむ、カルチャーショックだな。
「とにかく総合的に鑑みてキミを使う方が早いと判断した。一刻も早く魔女フランを捕まえたいだろう?」
フランの文字列が効いたのか、キメラは初めて来たアイドルのライブで両手に持ったサイリウムを控えめに振る観客のようにもどかしい動きをしながらこちらを見る。
「むぅ、正論ばかりで嫌になるわ」
「結婚するならその方がいいだろう?」
「案山子と結婚する方がマシだわ」
キメラは想い人と結ばれないことを察した王女のような表情を浮かべながら渋々しゃがんだ。同時に銀鱗の人魚のように輝く髪を胸側に垂らす。
覗く艶やかな項に視線を吸い寄せられる。初めて雪を見る砂漠の民のごとく好奇心に支配された手を伸ばすが、すぐに引っ込めた。このじゃじゃ馬は下手に触れれば後ろ足で蹴り上げてくるのが火を見るよりも明らかだからな。
「早く乗りなさいよ。変なとこ触ったら振り落とすから」
「もちろん。俺がケガすると困るからな」
「相変わらず自分本意な殿方ね」
「往々にしてそういう男が成功する。金持ちの馬がいかに幸せか、いずれわかるさ」
背に乗り、立ち上がった瞬間、世界の高さが変わった。視界が少し上がるだけで人間は支配者の錯覚に酔える。バカと煙は高い所が好きという格言を体感できて良い経験になりそうだ。
「軽いわね。さすが中身のない男だわ」
「もっと軽くできるぞ。キミを鍼治療することでね。人の背後をとるとは素晴らしいことだ」
「……卑怯者」
キメラは、馬の目の前にニンジンではなく、馬刺しの映像を流した時のような顔を一瞬だけこちらに向けた。
「それでは出発しよう。ゴーレムマン、留守は任せたぞ」
ゴーレムマン達が並び、無表情で手を振る。
「どうぞ ごぶじで」
その声は石が石に語りかけるような無機質さだが妙に優しかった。
世界一不機嫌な馬と、その背中に乗った合成魔法使いが金の国へ向けて走りだす。この旅が成功するかどうかはわからない。だが少なくとも退屈はしないだろう。
それだけはなぜか確信していた。




