第10話 金の国エルドラド1・田舎者
銀のじゃじゃ馬キメラに乗って、森を駆け、地を駆け、見知らぬ魔獣の背中を飛び越えて、異世界太陽が疲れを覗かせ帰宅準備を始めた頃。元気に光合成中の森の隙間から建造物が見えてきた。
裸の山と王城。俺の抱いた第一印象がそれである。視線で輪郭を描き、景色の解像度を上げてみれば、王城と山は融合しているように見える。だが、さらに目を凝らすと、王城は山の斜面を上手く利用して造られたもので、機能性とデザイン性をバランスよく取り入れているのが素人目にもわかる。間違いなく一流の建築家が造ったものだろう。
「いったん降ろしてくれ」
「はいはい」
森の切れ目の前で銀の馬から降りる。緑のカーテンを押し分けた先で城下街が遠目に姿を現した。土色と鉄色が折り重なった巨大な蟻塚のような国。人の欲望を発酵させて積み上げた結果、こうなりました、と言わんばかりの景観だ。
「ふー、疲れた。けど思ったよりは元気だわ」
キメラは腰に手を当てて伸びをする。狼十体分の脚力は伊達じゃないらしい。
「乗り心地は最悪だったな。改良の余地ありだ」
「荷物がしゃべった!」
あまりの上手い返しと勢いに、さすがの俺も押し黙る。これだからツンデレは。扱いづらさが劇薬レベルだ。
「ここからは歩いて行くぞ」
俺達は並んで歩き出した。いや、正確には俺が並んでいるつもりでキメラが半歩前を歩いている。立ち位置ひとつで人間性が垣間見えるのは面白い。
意外と遠いな、と思う程度の距離を歩いてたどり着いたのは金の国エルドラド。
金採掘の噂に群がった人間達が夢と失望をレンガ代わりに積み上げて出来た国だ。外周は高い防壁で囲まれ、魔獣より先に人間の欲望を弾こうとしているように見える。
北門の入口に差し掛かると、ナマケモノ顔の門番に呼び止められた。
「おやおや、随分別嬪さんと……普通のにいちゃんだ」
俺の存在感が路傍の石レベルなのは承知している。顔以外がツギハギだらけだが、長袖なので隠せているのも普通さを助勢しているのだろう。目立たない方が助かるので精神的ダメージはない。決してな。決してだぞ。
「通っていいか?」
「もちろん。ここは自由と夢と希望の国エルドラド。魔獣以外は出入り自由さ。そのかわり不逞の輩も多い。中で何が起きても責任は取れないぜ?」
「そうか。面白そうだ」
俺は素直に答えた。危険という文字は俺にとってスパイスだ。
続いて、とろんとした顔の門番はキメラの方を見てニヤリと笑った。
「素敵なお嬢さんに一つ忠告だ。青銅区には行かない方がいい。お嬢さんみたいな綺麗なものを汚したいやつばかりいるからね。キヒヒ」
「ありがと、心に留めておくわ」
にこやかな返事。だが、その裏に汚そうとしたら解体するという含意があることを門番は知らない。知ったら寿命が縮む。
形式的なやり取りを終えて街に入る。まず、目に飛び込んできたのは、立ち並ぶ露店。昼過ぎなのもあってか活気に沸いており、食物の焼ける匂いが体のあらゆる器官を刺激してくる。
食欲という生命体の抗えない欲求と戦っていると、周りがキメラを見て会話を始める。
「おい見ろよ、すんげぇ美人がいるぜ」
「なんだあの髪色。魔獣の染料か?」
「あれだけ髪を伸ばせるってことは貴族だろう。なんなら王族の可能性もある」
「王族なら従者が一人は頼りなさすぎる。変装もしていないしお忍びでも無さそうだ。服装が平凡なのは気になるが」
「神具使いかもな」
「まさか。それなら誰か知ってるはず。まぁ、他国のなら可能性はあるが」
「いずれにせよ“情報屋”が調べて漏らすだろ。もしくは井戸端会議のババアがよ」
案の定というべきかキメラは目立った。銀髪ロングの美人は砂漠に咲いた一輪の百合だ。否が応でも視線を集める。
「この髪色で来たのは、まずかったんじゃない?」
キメラは銀髪の束を左右に分けて両手で掴み、前に持ってきて縮こまっている。まるでジェットコースターに乗って安全バーを必死に握っているように。そう思うと表情も落下三秒前のような死相が浮かんでいる風に見えなくもない。
「ふむ、常識人たる俺としたことが抜けていた」
「洞窟に引きこもってるから世俗の感性に疎くなるのよ」
「キミが言ってくれたら良かったんだがな」
「聞こえなーい。あ、懐かしー! 露店がいっぱいあるよ! 見てこ!」
会話を強制終了させる実に鮮やかな手口だ。彼女はさっきまでの不安をなかったかのように笑顔を咲かせて店を覗く。
露店市は欲望の見本市だった。工具、食料、怪しい薬、呪われてそうなアクセサリー。何でもあるが倫理観だけが売り切れている。
「ねぇ髪飾り買ってよ」
「そんな金はない。稼いでからだ」
「ケチ!」
理不尽な罵倒を受けつつ、俺達は街中央の掲示板に辿り着いた。地図が描かれており、まるで巨大な胃袋の断面図のようだ。
街は大きく四つの区画に分かれている。南側の王城から大体北に向かって金区、銀区、銅区、青銅区だ。エリア名が露骨で格差社会が視覚化されている。銅と青銅どちらが上かは諸説ありそうだが、エルドラドでは銅が見下す側らしい。
「で、いつになったらキメラは案内してくれるんだ?」
俺は地図を手持ちの紙に写しながら嫌味を言った。
「うるさいわね。一年ぶりだから感傷に浸らせてよ」
「感傷に浸るほどの年月かね」
彼女はエルドラド出身で、住んでいた孤児院が燃えてから他国の貴族に拾われて幼少期を過ごした。大人になってから魔女フランを捜して旅に出て、一年前に一度エルドラドに帰ったらしい。
俺がキメラの情報を脳みそからダウンロードしていると、彼女は歯を剥き出しにして威嚇してきた。綺麗な歯並びだ。歯医者も絶賛することだろう。
「とりあえず職業斡旋所とやらに向かってみるか。情報を集めやすそうだからな」
「あんたも真面目に働く気になったのね」
「キミの仕事を探すんだよ」
「へ、変な仕事はしないわよ……?」
「安心しろ。俺にNTR属性はない」
「はぁ? なにそれ?」
「郭公に騙されるなということさ」
「格好? はい? あんた言語を学んだ方がいいんじゃない?」
研究者と実験体では会話が成立しないな。喧嘩に発展しにくくて助かるが、俺の嫁なのだから賢者になって欲しいものだ。
結局、会話はそこで終了して再び歩き出した。
その後もキメラが田舎者のようにあちらこちらに寄り道しつつ、地図を頼りに職業斡旋所へ向かった。




