第7話 「しゅたいん せんせいは とても すばらしい かた です」
キメラと同じベッドで過ごした次の日。
なんの予兆もなく研究所の入口方面が悲鳴を上げた。鉄と石が擦れ合う不快な音。悲鳴を上げたいのはこっちだが建物に感情はない。代わりに俺が溜息を吐く。人類が発明した最も効率の良い感情表現だ。
「な、何事!?」
キメラが飛び起きる。反動で寝癖の一切ない銀髪が横にいる俺の顔を撫でる。ついでに甘い香りが鼻腔をくすぐった。
「ニワトリの鳴き声ではなさそうだ。様子を見に行くぞ」
俺とキメラは連れ立って入口へ向かった。
そこにいたのは剣や斧を肩に担いだ男達だった。服装は寄せ集めのパッチワークで統一感ゼロ。ソーシャルゲームの無課金ユーザーがログインボーナスでどうにか全身かき集めたような身なりだ。
顔には知性の代わりに欲望が張り付いている。
まとめると、ただの野盗だ。生態系のゴミ箱に分類される種族。
「おやぁ? 弱そうな男が出てきたねぇ」
野盗の一人がニヤつく。口の中から知性が蒸発したような息を吐いている。
「見た目で判断しないことだ」
俺がそう言うと、一瞬の沈黙の後に連中は腹を抱えて笑い出した。脳の皺が少なそうだ。平滑な脳は滑りやすい。思考も同じく、すぐ転ぶ。
下卑た視線がキメラへと移動する。
「おいおい、いい女もいるじゃねぇか」
舌舐めずり。蛇みたいだな。ヤコブソン器官でも着けてやろうか。
「それで我が家に何か用か?」
俺は腕を組んで学者のように首を傾げた。
野盗の親玉らしき男が一歩前に出る。体格は熊、知能はダチョウ。
「簡単な話だ。ここをオレ達の住処にしてやる。殺してやってもいいが、オレ達は優しい。素直に女を置いて出ていきな。グヒヒ」
優しさの定義が俺の知っている辞書と致命的にズレている。ページが違うどころか言語体系が違うのだろう。
「ふむ、冷静な俺の姿を見て撤退しないのは勇猛なのか、愚昧なのか……」
「ああん?」
眉間に皺。ストレスを感じると、まず顔が歪む。人間のUIは意外と単純だ。
「何言ってんのかわかんねぇよ。いいからさっさと去りな。それとも、腕の一本でも切断しねぇと理解できねぇか?」
会話が噛み合わない。これなら石ころに話しかけた方がマシだな。
……ふむ、いいことを思いついた。
「俺は合成する時になるべく同意を得るようにしている。常識人だからな」
「はぁ?」
連中はまた笑う。
「それで、キミ達に問おう。よかったら——脳みそを弄らせてもらえないか?」
「ぎゃははは! 同意するわけねぇだろ!」
即答。思考回路を経由しない決断は早い。落雷のように速く、そして雑だ。
「なら仕方ない。不法侵入者として荒く処理させてもらうよ」
俺は白針と黒針を指の間に挟んだ。
「るせぇ! 死に晒せ!」
剣が振り上げられ、殺意が一直線に迫ってくる。
俺は腕を上げるついでに白針を投げた。呼吸の延長、瞬きの副産物。黒針の方は足元の石に刺さる。
結果。
「ぐわあああああ!」
野盗の足が石へと変わった。世界が途中でフリーズしたみたいに下半身だけが現実を拒否したのだ。生身の肉体が彫刻に変わる瞬間はまさに芸術。
「お、オレの足がぁぁ!」
「ま、まさか……神具か!?」
ほう。神具を知っているのか。猿にしては学がある。だが感心している暇はない。
俺が手首に力を入れると、合成針が二本とも手元にワープしてきた。神具は必ず契約者の元に戻るといわれている。“神の寵愛”と呼ばれ、誤って海に落としても、歯磨き中に下水に落としても帰ってくる安心なシステムだ。
戦いに戻ろう。俺は瞬間移動して手元に戻った針をノータイムで再投擲した。
石。石。石。
野盗たちは次々と転倒し、地面に生えた奇妙な彫刻群と化していく。汚いストーンヘンジの出来上がりだ。観光名所にはならないタイプの遺跡で甚だ遺憾である。
「舐めんじゃねぇぞ!」
朽ちた城壁みたいな歯並びの野盗が叫びながら手のひらをこちらに向けてくる。なんだ、ジャンケンか? ならチョキでも出すか。
小粋なジョークを考えながら、二本指で挟んだ合成針を投げようと構える。その刹那、敵の手が熱した鉄のごとく赤々と輝いたかと思うと、“火の玉”が飛び出してきた。
「ほう……!」
俺は慌てることなく横へ転がる。この体は意外と動ける。元々鍛えられていたのか、あるいは合成による強化か。自身の“ツギハギ”だらけの体を視界に捉えつつ起き上がる。
直後、火の玉が壁に着弾する音が響いた。壁の修理費は後で徴収するとしよう。
「今のは魔法だな? 神具か?」
「いえ、多分“魔法のキャンディ”よ」
キメラが冷静に答えた。
「なんだそれは?」
「食べると魔法が使えるようになるって噂の飴玉よ。詳しくは敵を処理してから話すわ」
理性的な判断だ。戦闘中に講義を始めるのは死亡フラグの典型例だからな。
「キヒ、キヒヒ」
敵が不気味な笑いと共に突進してくる。速い。だが、直線的で容易に動きが予測できる。
俺は白衣を翻しながらかわした。さながら闘牛士のごとく。素晴らしい体幹だ。合成魔法が使えなくなってもダンサーとして生きていけるかもしれない。合成針を投げるのも得意だし、ダーツプレイヤーもいいな。最悪、忍者として生きよう。
そんな楽しい青写真を描いていたのに、野盗が壁にぶつかる鈍い音で現実へと引き戻される。
吉夢の途中で起こされたような不快感を抱きながら振り返ると、キメラの夢と希望に溢れる膝が悪党の腹部に突き刺さっていた。
「グバァ!」
敵は血を吐いて壁に激突。
「ちょっと強く蹴りすぎたわね」
「靴を壊さなかっただけ偉いぞ」
実用主義的評価だ。
キメラは俺の言い回しに慣れたのか、銀髪を手櫛で後ろへ流して雑に返答した。
一方で残りの野盗たちは青ざめていた。
「や、やばい! 逃げろ!」
「判断が遅いな。もう一人も逃すつもりはない。合成魔法の情報を拡散されたら困るからね。ただ、殺す気はない。安心して欲しい」
俺は死刑宣告をする裁判官のように淡々と告げた。
結果、全員戦闘不能。ただし、命はある。
「お、オレ達をどうする気だ!?」
死を覚悟したウサギのように震える声。メスだったら愛おしかったのにな。
俺は空に憧れるニワトリのように天井を見上げる。
「あれは目玉焼きが人間の目玉じゃないと知った時だったかな。俺には教師になりたい時期があった」
「……は?」
「変人奇人と呼ばれ、『お前には無理だ』や『まず火を吐く女児を探そうとするな』と言われ続けて仕方なく断念したがね」
合成針を構える。
「だがしかし、今日はあの時の夢が叶いそうだ。……閑話休題。キミ達には“更生”してもらう」
賊へ一歩あゆみ寄る。
「な、なにを! や、やめろ!」
「大丈夫だ。“先生”に任せておいてくれ」
「う、うわあああああ!」
そして。
俺の前には十体の岩でできた警備員が整列していた。
「今日からキミ達はゴーレムマンとしてここで働いてもらう。右からゴーレムマンA、ゴーレムマンB……」
AからJまで。管理しやすい完璧なネーミングセンスだ。
「しゅたいん せんせい なまえを いただき かんしゃ します」
「しゅたいん せんせいは とても すばらしい かた です」
棒読み。感情は摩耗している。人格の再構築は肉体の改造より難しいようだ。
「ふむ! ちょっとお喋りが苦手になったようだが“更生”できてよかった!」
俺は問題児を卒業まで見届けた熱血教師のごとく満足げに頷いた。
「……“合成”でしょうが」
キメラが引き攣った笑顔で突っ込む。
その目の前で無言のゴーレムマン達が直立不動で立っている。イースター島のモアイ像を眺めているみたいで壮観だ。
さて、こいつらを使って何をしようか。
俺はナトロン湖でジワジワと死にゆく動物を静観する人間のように爽やかな笑顔を浮かべた。




