第6話 ただ寝るだけの話
キメラに研究所の案内が終わって寝る時間になった。
「ベッド一つしかないけど、私が使っていいのかしら?」
「まさか。俺用だ。良質な睡眠をとって脳を休めないと実験に支障が出る。寝具は大切だ」
「あっそ。じゃあ私はどこで寝ればいいのかしら?」
「床にキノコでも並べてベッドにするといい」
「この悪魔!」
「それじゃあおやすみ」
俺は銀の天使の暴言を無視してベッドに寝転がった。その数秒後。
「……ちょっとズレて」
「いいのか、男と寝ても」
「私はあんたにとって大事な実験体だし、人格を変える技術を得るまでは傷つけないでしょ。それに喧嘩になったら魔獣の力がある分、あんたもただじゃ済まないだろうし」
「中々いい考察だ。俺が一つも嘘をついていなければだがね」
彼女は疑う様子もなく横になる。
「狭いぞ」
「うるさい、あんたがベッド作っておかなかったのが悪い。もっと向こうに詰めて。それと背中向けて。絶対こっち向かないで」
「注文が多いな。とんだクレーマーだ」
言われた通り背中を向ける。するとすぐに背中へ温もりが押しつけられた。上から見るとXのような形だろう。決して性行為の暗喩ではないので留意されたし。
沈黙。Xを思い浮かべたせいで数式が頭の中を流れる。数式が一匹、数式が二匹、数式が三匹……。イコールの柵をXが飛び越えて、睡眠という答えを導き出す。
夢現に差し掛かり、そのまま寝るかと思ったが背中から声がした。
「ねぇ、何も聞かないのね。私のこと」
「……マウスの過去に興味はない」
実験体に情が湧けば合成がし辛くなる。だから深入りはしない。
「……そう。あんたにある温もりは体温だけのようね。でも今は助かるわ」
再び沈黙。もう一度、数式羊を召喚しようとすると、また声がする。
「……あんたのこと聞いていい?」
「なんだ?」
「昔からそんな冷めた感じだったの?」
「ああ。俺のいた世界でもずっとこうだ。常識人だったのだが、なぜか変人と呼ばれることが多かった」
「言葉を飾らなさすぎなのよ。時に言葉は剣にもなるんだから、使い方を考えないと人を傷つけるわ」
なるほど。言霊の具現化か。呪詛を攻撃に、祝詞を回復にすれば、中学二年生の時に考えていたような魔法体系ができそうだ。突き詰めれば一言で生かすことも殺すことも可能になるか。面白い。
言葉は情報伝達装置だと思っていたが、武器として使用するとは、キメラにしては素晴らしい発想だ。
「留意しておこう。ところでだが——」
俺は少し溜めて次の言葉を放つ。
「手を繋がないか?」
発した瞬間、キメラの肩甲骨が急に翼の生えた天使のように跳ねる。
「は、はぁ? 何考えてんの!? 絶対イヤ!」
「いや、水をいつでも飲めるようにしたくてだな」
「ッ! 早く寝なさい!」
掛け布を剥ぎ取られる。なんてやつだ、体温の低下は病気を招くというのに。まぁいい。今の時期は暖かいから大丈夫だろう。
そう考えていると、布の一部を譲渡してくれた。ただ、腹を温めるにはわずかに足りないのでナメクジのごときスピードで手繰り寄せる。
しかし、引っ張ると、引っ張り返される。お互い譲歩せずに綱引きが続く。こうやって戦争が起こるんだな。なんて一つの闇から世界を知った気になった魔王の子供のような感想を抱いていると動きが止まる。
お互い疲弊して、無駄な行為であると学んだのだ。こうやって戦争は終わるんだな。
こうして醜い資源の奪い合いは無言の和平により終結した。
眠気が思考の背後でナイフを振りかざし出した頃、背中に感じる温もりは静かな呼吸へと変わっていた。
やれやれ、やっと寝たか。睡眠一つで騒々しい奴だった。
人間関係とは合成魔法より危険な実験だ。失敗すれば爆発し、成功してもバグが延々と発生し続ける。
それでも背中の温度だけは今夜の研究対象として悪くないデータだった。




