第48話 シュタイン博士の愛した実験体
金の国エルドラド、その中枢である金区にそびえる巨大な白亜の建造物。そこは“王立魔法研究所”と呼ばれており、その名の通り魔法に関する研究が行われている。
内部は外観の神聖さとは裏腹に薬品の匂いと、焼けた金属の匂いと、そして言葉にしがたい生臭さが常に漂っている。
私は、その一室で記録用紙に羽ペンを走らせていた。
「魔法石埋め込み個体、被験番号二三。体温、脈拍に異常なし。皮膚の変色は進行中、と」
現在、研究所では極秘に魔法兵製造計画が進行している。神具・神腕により魔獣を石に変え、それを人体に埋め込むことで魔法を使用できるようにして、魔獣から国を、ひいては世界を守る計画だ。
私はペンを止めた。淡々と視線を外し、用紙を眺める。
「シュタイン博士」
突然、背後から呼びかけられて私は振り返った。
そこにいたのは“フロッグ博士”だった。カエルのように潰れた鼻と突き出た口、丸く飛び出した眼球。人間の造形としては正直言って奇妙だが、彼は王立研究所の重鎮であり、私の上司でもある。
「聞いているのかい?」
「あ、はい、すみません」
私は生返事をした。
フロッグ博士は両手を擦り合わせながらニヤニヤと笑う。その腕は一見普通の人間のものだが、実態は神具・神腕だ。触れた魔獣のみを石に変える神のごとき力を使える魔道具。魔法兵製造計画に欠かせないもの。
「しっかりしてくれよ。キミには期待しているんだからね」
「恐縮です」
「それで、いつものお菓子を子供達に届けてくれるかい?」
私は一瞬だけ沈黙した。
「……博士ご自身でお渡ししてはどうですか?」
「恥ずかしいんだよ」
頬を掻きながら照れるフロッグ博士。
その様子は不思議と愛嬌があった。研究所内でも彼を嫌う者は少ない。私も……少なくともこの頃までは、そうだった。
「承知しました」
私は書類を閉じて立ち上がった。
銀区にある孤児院は、金区とは対照的に質素で静かな場所だった。
石の門をくぐった瞬間、子供達がこちらに気づく。
「あー! シュタインだー!」
駆け寄ってくる小さな群れ。
私は籠を差し出した。
「今日は砂糖菓子です。順番に」
「やったぁー!」
歓声が上がる。
彼らが無邪気に菓子を頬張る様子を見ていると心が安らぐ。
そんな中で一人だけ菓子を受け取らない少女がいた。黒髪の小柄な少女。
「フラム」
名を呼ぶと彼女は人形を抱えたままこちらを見上げた。
「食べないのですか?」
「色がどくどくしいから」
率直な意見だった。確かに今日の菓子は紫と赤が混ざった不自然な光沢を放っている。ただ、これは研究所製で安全性が保証されているはずだ。
「では、その代わりに」
私は鞄から小さな人形を取り出した。私のお手製で木と布を合成して作った拙いものだが関節は動く。陰部まで再現した完璧な仕上がり。
それを見たフラムの目が輝いた。
「……いいの?」
「ええ」
彼女は両手で人形を抱きしめてすぐに遊び始めた。
私はその様子をしばらく眺めていた。
フラム。どこかの国の言葉で炎を意味すると以前に聞いた記憶がある。
◆◆◆
それから数週間後。
私はフロッグ博士と共に、とある魔獣の捕獲のため火山調査へ向かっていた。
黒い岩肌の裂け目から赤い光が漏れている。地熱のせいか空気が歪んでいるようだった。
その奥で私達はそれを見た。
燃え盛る翼を広げる巨大な鳥。魔獣フェニックスだ。
討伐部隊の攻撃が直撃して炎が散る。巨体は崩れ落ち、灰になった。
だが。灰が蠢き、再び炎を纏い、鳥の形を取り戻す。
「再生、いや転生か……! す、素晴らしい……!」
フロッグ博士が震える声で呟いた。
彼がフェニックスへと手を向ける。炎の鳥は苦鳴を上げる間もなく、小さな石へと変わった。
「やりましたねフロッグ博士!」
同行していた他の研究員が彼に近づく。
フロッグ博士は悪魔のような笑みを浮かべる。
「ああ、やったぞ。これを使えば——実験体を殺し放題だ!」
研究員が顔を強張らせる。
「え……それはどういうことですか?」
「考えても見たまえ。体が再生するようになれば同じ被験体を使用して素材の節約になる。つまり——孤児院のガキも再利用し放題じゃないか!」
空気が凍った。
「な……!?」
「大人はすぐ魔獣になってしまうからね。ガキの方が長く経過を見れていいんだよ」
研究員は後退りした。
「ま、魔獣に……!? そうか、あなたの石は……魔法を使える代わりに副作用で魔獣になるんだな!?」
「聡いねぇ。さすが僕の助手だ」
「そんな致命的な問題を黙っていたなんて……! この事は王に報告させてもらいます!」
出口へ向かう助手の肩をフロッグ博士の手が掴む。
直後、発光し、研究員の身体が灰色に変色していく。
「な、なにを……うわああああ!」
叫びは石ころの中に閉じ込められた。他の者も次々と変えられていく。
私は一歩も動けずに呆然とそれを見ていた。事が終わった頃に、私はようやく口を開く。
「ま、魔獣以外も石に変えられたのか……!」
フロッグ博士は、くくっと喉を鳴らす。
「石以外にも変えられるよ。例えば——お菓子とかね」
「まさか……! 孤児院の子供達に渡したものは——!」
「さっき言っただろう? ガキの方が長く経過を見れていい、とね」
「く、クズめ!」
「研究者は批判されてこそだよ。ゲヒヒ」
彼がこちらに不気味な笑みを向ける。
「さて、キミはどうするかね? 優秀なキミを“事故死”させるのは惜しい。よければ僕の右腕として、人類発展に貢献してみないかい?」
私は理解した。ここで逆らえば死ぬ。それだけではない。真実は闇に葬られ、子供達は——。
「……わかりました。それで人類が救われるのならば、あなたの右腕となりましょう」
私は頭を下げた。砕けそうなほど歯を噛み締めながら。
「賢い選択だ。全ては人類を魔獣から守るため。多少の犠牲は仕方ないのだ。キミならきっと割り切れるようになるだろうね」
フロッグ博士は満足げに笑った。
◆◆◆
それからしばらく後。
私は機会を待ち続けた。フロッグを出し抜き、告発するチャンスを。そして、ついに訪れた。
研究室に保管されていたフェニックスを加工した石。丸いそれは赤いアメ玉にも見えた。
私はそれを盗み出して研究所から逃げた。
向かった先は銀区の孤児院。
息を切らしながら扉を開けると黒髪の少女フラムがいた。
「シュタイン? どうしたの?」
私は手のひらのフェニックスの石を見つめた。
このまま持っていれば、追手に奪い返されるかもしれない。ならば。
「フラム。この飴を食べてくれないか?」
「きれーなアメ。でも食べたくない」
「一生のお願いだ。キミにしか頼めない」
フラムは困った顔をして、それから頷いた。
「……うー、わかった! その代わり今度一緒に遊んでね!」
「もちろんだ。約束する」
彼女はフェニックスの石を飲み込んだ。
「うえーまずー」
それを見て私は涙が止まらなかった。
「どうして泣いてるの?」
彼女を抱きしめる。
「ごめんね、フラム。キミのことは本当の娘のように愛していたよ。もし赦しを得ることができたなら必ず迎えに来る。それまで良い子でいるんだよ」
「わかんないけど、わかった!」
私は微笑み、孤児院を後にした。
金の国エルドラドを脱出し、一度振り返る。
「フロッグ博士。時が満ちたら、あなたを告発する。あなたは野放しにしてはいけない存在だ」
覚悟を決めて、エルドラドに背を向けた。
だが。数日後に私は知る。王立魔法研究所の焼失と孤児院の焼失を。
思わず壁を殴った。
「くそ……やられた……!」
焼いたのはフロッグ博士だろう。証拠隠滅のため。
それだけでも歯痒いのに、その罪は私に着せられた。
私は賞金首となった。これで私の言葉は誰も信じなくなっただろう。告発してもフロッグを断罪できるかは怪しい。最悪だ。
それでも諦める気はない。
逃亡の果てに辿り着いたのはエルドラド北西の森。その奥の洞窟で私は二つの神具を見つけた。
合成針と口寄せの門。
「神具は求めるものの元へ現れる、か」
これがあれば何のリスクもなく魔法兵を作れるかもしれない。
私は独自に魔法兵の研究を再開した。
◆◆◆
数年後。金の国エルドラド。
私は黒いローブを被り、フロッグ博士の目の前にいた。合成針で動きを止めてある。
「ぼ、僕を殺すのか!? 魔獣を壊滅する道を見つけられるのは僕だけだぞ!」
「お前が魔獣だよ」
私は彼を地面と合成した。
そして後に怪死事件として処理されたと知る。
フロッグの神具・神腕は息子のルエガが継承したという。父親と同じことをするかもしれないが今は身を潜めるしかない。
それから何事もなかったように私は洞窟で人形を作っていた。完成は近い。
魔法兵。魔獣から人を守る存在。いつかフラムを迎えに行くために必要な存在。
「キミの名前は……シュタインだ」
私の姓。ありふれた名だが私は好きだった。
完成した人形の頬を撫でて部屋を出る。あとは第二研究室にある神具・口寄せの門から嫌われものの魂を召喚し、人形に定着させるだけ。
ただ、魂を厳選する必要があった。殺人鬼のような凶悪犯だと魔法を悪用される恐れがある。少し常識外れで、時代に合わず少数派だったせいで仕方なく嫌われていたものがいい。
私は口寄せの門を使って何度も召喚を繰り返した。そうして得た魂は、ここではない世界の男のもの。“火を吐ける花嫁”が欲しいというちょっとおかしな魂だった。
「面白い。試してみようか」
なぜかその魂に興味を惹かれた。その常識外れの発想があるならば、私が思いもつかないような合成魔法の助言をしてくれるかもしれない。
私はそれを持ち、人形の元へと向かった。しかし。
突然、轟音が響き、目の前が真っ暗になった。
「な、なにが……?」
激痛。暗闇。閉塞。洞窟の天井が崩落したのだ。
私は合成魔法で治療を試みる。だが、意識が朦朧とし、イメージが組み立てられない。そうか合成魔法にはこんな致命的な弱点があったのか。こんなことにも気づかないとは、私はなんて愚かなんだ。
「因果応報か……」
知らなかったとはいえフロッグの研究に加担した罰。そして悪党とはいえフロッグを殺した罰。それがいま下ったんだろう。
私は死を覚悟して目を閉じた。
——フラム。約束を守れそうもない。
ごめんね。——愛しているよ。
神様。もし願いを叶えてくれるなら——フラムを守ってください。
代わりに私は——“フラン・シュタイン”は地獄でどんな苦しみも背負います。
なんの咎もない彼女を、どうか、どうか——幸せに——。




