第47話 裏返る
フラン襲撃から三日後。金の国エルドラドの門を前にした荒野に俺は一人で立っていた。
国の前に広がるこの不毛の地は戦いに向いている。視界が開けており遮蔽物はない。何より、多少派手に暴れても一般市民に被害が出にくい。つまり決着をつけるには理想的な場所だ。
「相変わらず用意周到だな、俺は」
誰に聞かせるでもなく呟いた、直後。
「うっーす。親友、どうしたんだよ。こんなとこに呼び出して」
軽い声。軽薄でどこか芝居がかった調子。
声の方に視線を送ると、そこにはいつもの男がいた。“錬金魔導士ルエガ”。最後の晩餐で一番遅く席に着いたやつの服の色のような金髪。王立魔法研究所所属。神具・神腕を持つ。自称、俺の親友。
「来たか」
「来たかじゃねぇよ。用件はなんだ? デートなら場所を選べよな」
俺は一歩、彼に近づく。
「魔女フランを見つけたんだ」
ルエガの表情が明るくなる。
「……マジか!? どこにいるんだ!?」
俺は黙ってルエガを指差した。
「目の前だよ」
数秒の沈黙。ルエガは自分の顔を指差す。
「……はぁ? 俺様ぁ!? んなわけねぇだろ!? おいおい、親友を疑うのかよ!?」
俺は鼻で笑った。
「初めて会った人間に“親友”なんて言う奴は十中八九、詐欺師なんだよ」
「ひでぇ言い草だな」
「一人くらい例外はいるかもしれないが、少なくともお前ではない」
ルエガは肩をすくめる。
「嫌な奴だねぇ。で? 俺様がフランだって証拠は?」
「色々とあるぞ」
俺は指を一本立てた。
「まず、カーバンクル狩りの時だ。石の棺に擬態した魔獣ミミックをお前の神具・神腕で石へ変えた時、食われていた人間ごとやっただろう? 魔獣しか変えられないはずなのになぜできたんだろうな?」
「あー、そうだっけ? ま、多分その人間も魔獣だったんだろ。フランの菓子を食ったらいずれ魔獣になるって言ってたじゃん。神腕はそれを見抜いて石に変えてくれたのさ」
「苦しい言い訳だな。まぁいい、続けよう。……それであの瞬間に俺はある疑惑を抱いたよ。お前は“魔獣だけでなく、どんなものでも石にできる”んじゃないかとな」
二本目の指を立てる。
「その仮説を真とした時、お前の全ての言葉を疑うようにした。どんなものでも石にできる、と言ったが石以外にも変化させられるんじゃないか? そうなるとアメやパイなどのお菓子も作れる。なんなら人体も、骨格も、香りも。全て再現できると踏んだ」
三本目の指。
「質の悪い狩人をカーバンクル狩りに集めたのもお前だ。そいつらも親友と呼んでいたしな。カーバンクル狩りへ参加するには金と信用が必要なのにそんな輩を連れてくるのはおかしいと思った。狙いは単純。魔法兵量産計画に邪魔な人間を狩りに乗じて排除するため」
四本目。
「お前はコボルドの菓子工房が暴かれる前からアメを“お菓子”と呼んでいた。知識が誰よりも先行していた」
五本目。
「フランの骨格は男のものだった。俺は人間の体に詳しいから分かる。フランの鷲鼻は神腕の力で作ったんだろう。さっき言ったようにアメ細工は得意分野だろうしな。カーバンクル狩りの時の迫真の演技には笑いそうになったよ」
俺は手を下ろした。
「後は細かいところだとツンデレ一族という造語の情報が漏れていた。生き残りは俺とキメラとお前だけだから消去法で誰が漏らしたかわかるだろう」
「そんな馬鹿げた情報どうでもいいだろ?」
「信頼はそういうところから失われるものだ」
「…………」
「もう十分だろう。こんな嘘まみれのやつがフランじゃなければ驚きだ。狂人にしては合理的すぎるし、模倣犯にしてはお粗末すぎるからな。反論はあるか?」
ルエガは口端を上げながら拍手をした。
「いやぁ、探偵ごっこが上手いねぇ。で、なんで今なんだ? もし俺様がフランなら捕まえるタイミングはいつでもあっただろう?」
「確証がなかったのと、失敗したら追い詰められるのはこちらの可能性が高かった。貴族様に逆らえば俺みたいな平民は、たちまち罪人に仕立て上げられるだろう。そうなればお前を捕まえるどころではなくなる」
「でも全部状況証拠だ。無実の罪で俺様を裁く気かよ? シュタインは審問官には向いてないねぇ」
「しらばっくれるなら、それでもいい。体に聞くだけだ」
「おいおい、拷問かぁ? 趣味が悪いねぇ」
「安心しろ。そんな面倒なことはしない。痛みもなく、すぐ終わる」
ルエガの視線が俺の懐に向く。
「へぇ……神具、か?」
彼はにやりと笑った。
「神具は所持してたら申告義務があるんだぜ? こりゃ捕まえるしかねぇなぁ。親友を更生させるのも俺様の役目だ」
「そうか」
俺はさらに一歩前へ踏み出す。
「動くんじゃねぇ!」
「なぜだ? 親友だろう?」
「親友でも踏み込んじゃいけない領域があるんだぜ?」
膠着。沈黙。
荒野を転がる回転草が目の前を通り過ぎた瞬間、同時にポケットへ手を突っ込んだ。
「あめぇんだよ!」
ルエガは俺の棒手裏剣を回避し、石を地面に叩きつける。
爆音。土煙。
現れたのは額に宝石を埋め込んだドラゴン。俺の研究所を破壊したヤツだ。
「ははは! 一手遅かったなぁ! 俺様の勝ちだ!」
ルエガはドラゴンの背に飛び乗り空へ。
「……やれやれ」
俺は空を見上げて独り言のように呟く。
「まさか俺がこの状況を想定していないとでも? 野盗といい、街で会った輩といい……俺は舐められやすいのか。それとも、ここまで会った連中が揃いも揃って馬鹿なのか」
「ブツブツ何言ってんだ! とっとと死ね!」
ドラゴンが火を吐こうとした——瞬間。銀と赤の落雷のごとき閃光が空を走ったかと思うと、ドラゴンの首がへし折れた。
墜落。巨体が地面に叩きつけられ、爆音とともに突風が巻き起こり、砂煙が辺りを覆う。
それが晴れた時、ルエガは地面に転がっていた。
「なっ……!? チキショウ! 何が起きた!?」
咳き込みながら困惑するルエガ。俺は答えを教えるべく、おもむろに上空へ指を向けた。
見上げた先、そこにいたのは、炎の翼を持つ銀髪の女神。
「さすがは俺の嫁。完璧だ」
俺はルエガに視線を送り、静かに続ける。
「お前との戯れに荒野を選んだ理由は三つだ。人間に被害を出さないため。お前にドラゴンを出させるため。そして——上空にキメラが待機していると悟らせないためだ」
ルエガは立ち上がろうとする。
「クソッタレ! まだだ……!」
だが、体は動かない。
「一手遅いのはお前だったな」
俺はルエガが空を見上げた時に合成針を刺していた。合成針は刺せば神具持ちでも動きを止められる。マッピングアリの時に実証済み。つまり、俺の勝ちだ。
「ち、ちきしょう! やっぱり神具持ってやがったか!」
「それぐらい分かって当然だと思っていたが、どうやらお前を買い被りすぎていたようだ」
「こ、殺す気か!?」
「まさか。だが手元が狂って結末が変わるかも知れない。だから先にいくつか聞いておく。一つ目、お前が菓子を配っていたのはなぜだ?」
「……チッ、知ってるだろ。魔獣を殺す魔法兵を作るためだ。ただ公に実験することは無理だった。魔法を使い続けると魔獣になるという副作用のせいでな。だからフランに成りすまして少しずつ実験をしていたのさ。街に溢れる人間を使ってね」
「二つ目、神具・神腕はどうやって手に入れた?」
「神腕を持っていた親父が死んでから消失していたが、しばらくして俺様の元に現れたんだ。遊ぶ金が欲しかったとしか考えていなかったんだがな。神具は求める者の元へ来るというのは案外、邪な考えでもいいのかもな」
それはそうかもな。俺も最強のヒロインを創りたいという一般的には俗な願いなのだから。
「三つ目、神の智歯はどうした?」
「ざっくりしてるねぇ。まぁいいか。……初めのカーバンクルとマッピングアリがつけていたのは偶然だったのさ。そいつらが見つかる少し前、上級坑道付近で地鳴りが頻発していた。原因はマッピングアリか、もしくは類似した魔獣がいると考えた。放置するとコボルドの地下施設が見つかる恐れがあった」
ルエガは諦観のため息を吐き、話を続ける。
「だからカーバンクル狩りを敢行してアリと邪魔者を排除、あるいは実験体にしようと思っていた。誤算だったのはシュタインとキメラ、お前達を殺せなかったことだな。せっかくコボルドに手紙を送って参加させたのに選択ミスっちまった。そのたった一つの誤算で足を掬われるとはついてねぇ」
「お前の杜撰な計画なら遅かれ早かれ崩壊していただろう。それで、どうやって智歯を持つ魔獣を操っていた?」
ノーム、トロール、アラクネ、ドラゴン。どう考えてもルエガの指示に従っていたとしか思えない。
「簡単なことさ。俺様も智歯を手に入れたんだ。ちょうどお前達を殺すための知恵が欲しかったから助かったよ」
ルエガの服の隙間から赤く光るものが見える。胸の辺りに妖光を瞬かせる神具・神の智歯が埋め込まれていた。
「五本目があったのか」
「智歯には智歯持ち同士で知識を共有する力があった。んで俺様は魔獣と対話し、言いくるめてシュタイン達を探すように仕向けたってわけ。魔獣すら虜にする俺様ってすげぇだろ?」
くだらない。だがこういう処世術に長けたやつは使える。
俺はもう一本の合成針を取り出した。
「話してくれて感謝する。さて、終わりにしようか」
「チッ、やっぱ殺すのかよ」
「更生させるだけだ。俺と“本当の親友”になろうじゃないか」
「はぁ?」
「絶対に裏切らない親友が欲しかった。俺に絶対服従の下僕がな」
「は、ハハ……何をする気だ?」
俺は邪神のように優しい笑みを浮かべてルエガを見下ろす。
「安心しろ。すぐに終わる」
「な、や、やめ、やめろぉぉぉぉ!」
叫びを聞きながら脳天へ二本目を刺した。
数分後。
「よぉ!」
目覚めたルエガが月桂樹の花のように満面の笑みでこちらを見る。
「俺様の名前はルエガ! 王立魔法研究所で錬金魔導士をやってるんだぜ! 今日から俺様はシュタインの親友だ!」
言葉が止まらない。
「俺様はシュタインに対して絶対嘘をつかない! 隠し事もしない! キメラちゃんを寝取らない! 口説かない! シュタインに近づく女にも手を出さない!」
息継ぎなし。
「親友の頼みは何でも聞く! 金を渡せと言われたら全財産渡す! 王侯貴族を殺せと言われたら皆殺し! 死ねと言われたら自殺するぜ!」
両手を広げる。
「当たり前だよな! 親友なんだから!」
ルエガの感動的な演説が終わる。俺は感心したように拍手を送った。
「ククク……素晴らしい。これが本当の親友だ」
「狂ってるわ」
キメラが即座に口を挟む。彼女の表情は今際の際のラットのように明るい。
その後、音を聞きつけた人が集まり始めたため俺達は場所を移した。
しばらく歩いた後、キメラが口を開く。
「ねぇ……フランのことが片付いたら、色々話してくれるって言ったわよね?」
「ああ」
彼女は一瞬ためらい、それから。
「……本物のフランは死んだの?」
俺は答えずに一冊の本を取り出した。
「全てはこれに書いてある」
古い日記。第二研究室に置いてあったもの。
「研究所の奥にあった“フランの日記”だ」
キメラは息を呑みながら本を受け取る。そして岩に腰を落とし、静かにページをめくった。




