第44話 魔女フラン戦1・アラクネ
「さてと、やるか」
俺は研究所内を駆け回り、最低限の準備を進める。罠の設置、起動確認。
俺の背中を冷たいものが流れ落ちた。さすがの俺も焦りがあるか。まぁいい、誤差だ。
俺は移動しながら手持ちの“タブレット”を覗く。もちろん電子タブレットではない。これは木箱型魔獣ミミックの眼球を引き延ばしたものを木の板に貼った備品だ。ミミックはホタテ貝のように無数の目を持っていた。それを分割し、情報として再構築し、それぞれに同一性を持たせた。簡単に言うと、監視カメラとモニターを創造したのだ。
これによりミミックの眼球を持つもの同士で視認できる。キメラには首へチョーカーと一緒に装着させ、ゴーレムマン達にもそれぞれ持たせている。
「……まったく、完成が今朝で助かったよ」
全てがギリギリの綱渡り。だが間に合っている。問題ない。
タブレット画面に映っているのは森の上空。この映像は鷹の目と直結している。正確にはゴーレムマンHの首輪に括り付けたミミックの眼球を通してだ。
「……来たな」
森の奥。一直線に何かが進軍してくる。
蜘蛛だ。ただの蜘蛛ではない。ほとんどの個体が人間大から家ほどもある巨体を有している。さらに足の一つ一つが刃物のように光り、地面を削りながら進んでくる。その数、十、二十……いや、もっといる。
蜘蛛魔獣“アラクネ”の群れ。
隊列を組んでいる点がやっかいだった。知性がある。あるいは指揮官がいる。フランか、もしくはノームのような神具をつけた魔獣か。
俺は視界をズームさせた。ミミックのおかげでこういう芸当もできるようになった。便利なものだ。ミミックの寿命が削れる気配もあるが今は無視する。
「……やっぱりな」
最後尾に他よりも一回り大きな個体がいた。胴体から生えている女人型部分、その額に赤い宝石が埋め込まれている。神の智歯だ。装着者に知恵を与える神具。
アラクネが手をかざして指示を出している。ヤツを倒さない限り蜘蛛達の進撃を止めることは難しいだろう。
作業をしながらアラクネ達の動向を観察していると、音が届いた。
ざり、ざり、という無数の足音。木が折れる音。魔獣同士が擦れ合う不快な鳴き声。
音が届く理由は単純だ。ゴーレムマンHに魔獣の耳を片方持たせているから。もう片方は俺が持っている。
音響共有。ミミックは映像しか送受信できなかったので、技術を応用して他の魔獣で音が聞こえるようにした。
「H、聞こえているな? フランを探せ」
「わかりました タカ!」
タブレットの視点をキメラからHのものに切り替える。Hの動きに合わせて映像が森の中を映す。しかしフランの姿はない。
代わりに視界の端で銀色が弾けた。キメラだ。
彼女は森の中をまるで風そのもののように駆けていた。
「……頼むぞ」
俺が思わず息を呑んだ瞬間に彼女の声が聞こえてきた。
「蜘蛛は大人しく巣でも作ってなさいよ!」
キメラは蜘蛛の先頭に飛び込んだ。
ウンディーネの水が奔流となって地面を覆い、蜘蛛の脚を絡め取る。即座にシルフの風が渦を巻き、水を刃へと変える。切断された脚が宙を舞い、黒い体液が霧になる。
「さすがだな」
彼女は続けて体から槍を生成した。ノームの力だ。直前に合成しておいた。ちゃんと許可を得てな。
「道をあけなさい!」
キメラは銀龍のごとく飛翔すると、生成した岩槍を放つ。雨のように降り注ぐそれが、蜘蛛の甲殻を貫き、地面に縫い止める。
だが数が多い。一体倒すごとに、二体、三体が迫る。
「まだまだぁぁぁ!」
キメラは止まらない。止まれない。彼女は常に前へ進み、群れを削り、最後尾アラクネを目指している。
俺は歯を噛みしめた。
「……無理をするなって言っただろうが」
だが、彼女が引き返すとは思っていない。分かっていた。だから、俺もやるべきことをやる。
俺の覚悟に呼応するように研究所の外周で罠が起動する。
地面が沈み、粘性のある液体が噴き出す。蜘蛛の動きを鈍らせるための即席沼地。完全ではないが時間は稼げる。
その時だった。森の隙間から人影が現れる。漆黒のローブを被った鷲鼻の人間。
「……ようやく主役のお出ましか」
魔女フラン。穏やかな微笑みを浮かべている。まるで散歩の途中で立ち寄ったかのように。
それを視認したキメラの動きが一瞬止まった。
フランは拍手をしながら周囲の惨状を眺め、楽しそうに首を傾げる。
キメラは木の天辺で風に泳ぐ銀髪を抑えながらフランを見下ろす。
「わざわざ出てくるなんてね。感謝するわ。お礼に私の心を弄んだ罪を償わせてあげる」
戦いは次の段階へ移行しようとしていた。




