第42話 魔獣集め5・トロール
俺達はトロール退治のため、サラマンダーから助けた人間達とともに東の村へ向かっていた。
道中、気配が妙に騒がしかった。小動物が姿を消し、鳥の鳴き声も途切れがちだ。凶暴な魔獣が周辺を荒らしている典型的な兆候。
「く、また襲撃に来たか!?」
「早すぎる!」
「とにかく急ぐのじゃ!」
同行している三人の村人が焦燥している。
どうやらこんなに早く再襲来したのは想定外らしいな。無駄な時間を過ごさずに済んで助かる。
そして遠方に村の輪郭が見えてきた瞬間。鈍く、重い衝撃音。木が折れて土が抉られる音。
全員の緊張がピークに達した頃に、誰もが想像し得た光景が飛び込んできた。
巨大な魔獣が村の出入口で暴れている。
予想通り巨人型魔獣トロールだった。だが、通常の個体より二回りは大きい。腕は丸太のようで、振るうたびに空気が悲鳴を上げる。額には例の赤い宝石が埋め込まれていた。
「ほう、智歯か」
事前に得ていた情報では、神の智歯は持ってないはずだった。途中で手に入れたのか、あるいは隠していたのか。
思考をまとめる前に干戈を交える音と村人の声が響いてきた。
「クソッ! 硬すぎる!」
「どうなってやがる! こんなに強くなかったはずだろ!?」
村人達は槍や弓で応戦しているが効果は薄い。皮膚が硬質というのもあるが、問題は他にもある。
考えている側から問題点が露呈した。唐突にトロールの体が縮む。巨体が一気に半分ほどのサイズになる。村人の槍が空を切り、敵は即座にもう一度巨大化。振り下ろされた腕により民家の壁が吹き飛んだ。
「素晴らしい。本に載っていた通り、サイズを可変できるようだな」
「要するに当てづらいってことね」
「そういうことだ」
本物の馬から飛び降りたキメラが前に出る。
「じゃ、私が攪乱する」
「無茶はするなよ」
「私を誰だと思ってるの?」
彼女は戦闘狂みたいなことを言って、一気に距離を詰めた。
「グルル——!」
こちらを視認したトロールが吼える。だが、その声は途中で途切れた。キメラの一撃が顎を打ち抜いたからだ。
そのまま決着かと思われたが、そう甘くはない。トロールの体が縮む。キメラの追撃は空振りし、逆に足払いを受ける。
「チッ」
キメラがバク転をして距離をとり、体勢を立て直す。
ふむ、なかなか面白い戦い方をする敵だな。下手なことをすると縮んで逃げられそうだ。なるべく一撃で戦闘不能にしたい。
「キメラ!」
「なに!?」
「いつもの頼む!」
「いつも……? ああ目隠しね!」
やれやれ、言わずとも理解して欲しいが、まだ調教が足りないらしい。
俺はガッカリしつつも声を張り上げる。
「次に巨大化したら膝を狙え!」
「了解!」
返事をしたキメラが周囲に砂煙を巻き上げる。それを確認した俺は地面に合成針を二本とも突き立て周囲を砂に変えた。
その間、トロールは再び巨大化し、キメラに腕を振り下ろす。
「今だ!」
彼女は敵の攻撃を雪の精のように華麗にかわし、拳を右膝関節にめり込ませた。
同時に俺は合成針を刺した石を投げる。
地面の砂と合成。即席の砂利の散弾がトロールを襲う。いくら大きさが変えられるといえど、この広範囲攻撃は回避不可だろう。
「グガァ!?」
案の定、避けきれなかったトロールが目をすがめて怯んだ。
「終わらせるわよ!」
キメラが跳躍し、首元に一閃。首が、くの字に曲がる。
「グゲ」
トロールは間抜けな声を発し、白目を剥くと、巨体が音を立てて崩れ落ちた。
さすがに死んだか。生体が欲しかったが、サイズ可変できる敵を衆人環視の中で捕獲するのは極めて困難だ。ゆえにキメラの行動は正しい。ひとこと欲しかったがね。
嫌味を胸にしまっていると、トロールと地面の間から無数の子蜘蛛が周囲に走っていくのが見えた。
なんだ今のは。たまたま蜘蛛がついていたのか?
考えつつ、トロールを合成。縮めて瓶に入れる。さらに神の智歯も拾ってカバンにしまった。
視界が明瞭になった瞬間、村人の一人が声を上げる。
「あれ? トロールはどこに?」
ふむ、もっともな疑問だ。これだけ人数がいるとサラマンダーやノームの時のように有耶無耶にはできないか。
俺はポケットに入れておいたサラマンダーと、その辺に落ちていた黒い石ころを密かに合成して村人へ見せた。
「この通り、縮んだ時に焼き殺しておいたよ」
村人達は目を丸くして訝しむが、トロールが消えた理由は他に見当たらないので、やがて信用したように歓声を上げた。
「助かった……!」
「どなたか存じませんがありがとうございます!」
俺はうるさい村人達が黙るのを見計らって疑問をぶつける。
「トロールはいつ頃から来ていた?」
物知りそうな老人に尋ねた。
「一週間ほど前ですな。ただ、その時は額に宝石を付けておらず、あんな凶悪な魔獣ではありませなんだ」
「……なるほど」
老人が続ける。
「ここは危険な魔獣も少なく、平和な村だったのに……またしてもこんなことが起きるとは。何かの祟りですかのう」
「また?」
俺は引っかかりを覚える。
「はい。一ヶ月ほど前の“よみがえり事件”以来ですな」
「詳しく聞かせてくれ」
老人は、ゆっくりと思い出すように語り始める。
「その時にも恐ろしい魔獣が来ましてな。男衆が出払っていて、絶体絶命だったのですが……その後に来た、火の鳥魔獣によって焼き払われたのです。みな、その炎に巻き込まれて消し炭になった、と思われたのですが……なぜか人間だけが無傷でよみがえったのですじゃ」
火の鳥。エルドラドの斡旋所で聞いた話と一致する。しかし、よみがえりの事は初めて聞いた。
老人が声を潜めつつ続ける。
「ただ……一人だけ、忽然と姿を消した旅の娘がおりました」
「……名前は?」
「黒髪で……フ、フラ、フラミンゴ! いや、フラムだったかのう?」
「フランでしょ」
キメラが即座に訂正する。
「おお、言われてみればそんな気がしますじゃ」
フラン、ね。俺は思うところがあったものの、口を挟むことはしなかった。
横目でキメラを観察すると、曇天のように暗い表情を貼り付けている。
それから老人の話が終わる頃、村人達はすっかり安心した顔になっていた。
「しかし、銀髪の女神キメラさんとあろうお方がこんな冴えない……失礼、普通の男と共にしているとは」
「美人ほど変な男を掴みやすいらしいですよ」
村人達が下世話な話を始めた。
「やめてよね! そんなんじゃないから!」
キメラが慌てて否定した。
「あ、なるほど」
別の男が手を打つ。
「子飼いの男娼でしたか」
「ちちちちちがーう!!」
顔を真っ赤にするキメラ。先ほどの暗い表情はすっかり無くなっていた。
それから退屈な話が一区切りついたところで俺達は村を後にした。
夕暮れの道を歩きながらキメラが口を開く。
「ねぇ。この智歯って……もしかしてフランの差し金かな?」
「ほぼ間違いない。どうやって智歯を管理しているのか分からないが、俺達の居場所を探るためにヤツが放ったものだろう。さっきの村は南東のエルドラドと、北西の俺の研究所のほぼ中間地点にある」
「つまり、絞り込み?」
「そうだ」
キメラは少し考え込む。
「だとしたら、さらに絞られたけど……大丈夫なの?」
「問題ない。結局、戦うことになるんだ。身に降りかかる火の粉を早く振り払えていいじゃないか」
「……それもそうね」
「帰還後に迎え撃つ準備を進めるぞ。決戦の時は近い」
キメラが静かに頷く。
「それと帰ったら話しておくことがある」
「なに?」
「重要なことだ」
「……そう。わかったわ」
それ以降は口を噤み、家路を急いだ。




