第41話 魔獣集め4・ノーム
トカゲ型魔獣サラマンダーの群れを倒したのも束の間だった。
正面の地面が割れてそこから這い出してきたのは老人だった。正確には老人の形をした魔獣だ。額には輝く赤の宝石。
「あれって神の智歯よね?」
「ああ。新たな契約者を見つけたようだな」
神具は求めるものの元に現れて力を貸す。しかしこう闇金業者みたいにホイホイと譲渡されたんじゃあ神聖性も薄れるな。
「なんの魔獣かしら」
「恐らくノームだな。体を変形させて武器にするか、鉱物を生成して飛ばしてくるタイプだ」
ノームの腰は曲がり、白い髭は胸元まで伸び、背中には土と岩が癒着している。だがその目だけは異様にぎらついていて、年老いた知性というより、腐った執念の光を宿していた。
「神具付き……面倒ね」
「だが興味深い」
俺の口角が自然と上がった。このタイミングで神具持ちが現れたのには何か作為的なものを感じる。フランに関係しているかもな。
ノームがこちらを見て粘着質な笑いを浮かべた。知恵を与えられたものは笑う。デコにある宝石が神の智歯だと証明しているようなものだ。
「ひひ……ひひひ……」
敵の声が地面を震わせる。
「気持ち悪い笑い方ね」
「そうか? ニワトリ代わりの目覚ましとして置きたいぐらいだが」
俺の軽口にツッコミを入れるように、ノームが腕を振るう。それに合わせるように地面が裂けて岩の槍が俺たち目掛けて射出された。
「キメラ、やれ」
「はいはい、お坊ちゃま」
キメラが冷めたメイドのようなセリフを吐きながら跳躍して槍を破壊していく。
「うわっ!?」
岩槍の破裂音に驚いたのか、少し離れた場所にいた人間達が悲鳴を上げた。
「……チッ」
そういえば居たな。合成してカカシにしてやりたいところだが、人間が行方不明になると何かと面倒だ。ここはサラマンダー戦と同じ戦術を使うか。
「キメラ、他の人間が見ている。合成魔法を悟られるな」
「分かってる!」
キメラはシルフの力で突風を起こして砂煙を巻き上げて視界を遮断した。
続けて彼女はノームの懐へ飛び込む。次々に生成される剣や槍をかわしつつ敵を削っていく。
実に器用だ。体の使い方が上手くなっているな。さすが俺の嫁。
俺は剣闘士の死闘を眺める観客のように優しく口角を上げる。
一方、ノームは不気味に笑いながら腕を巨大なハンマー状に変形させていた。
「知恵……ちえ……神の、ちえ……」
「知恵をもらってその語彙か。嘆かわしいな」
俺は地面に落ちていた小石を拾い、合成針を刺したままぶん投げる。
それがキメラとノームの交戦場所へ飛んでいく。小石が二匹の一メートル手前へ到達した瞬間に合成を発動。
直前に刺しておいた足元の地面が丸く切り取ったみたいに消える。そして敵の目前の小石が巨大化。
「ちょっ、あぶなっ!」
キメラは驚異的な反射神経で回避。巨石は砲弾のようにノームの膝だけを粉砕した。
「ぎぃゃあああああ!」
敵の悲鳴。痛覚はあるらしい。記録しておこう。
「あんたね! 気をつけなさいよ!」
「キミなら銀色の蝶のごとく華麗に避けられると信じていたのだよ」
俺の愛の言葉にキメラが舌を出して返答する。
その後すぐに彼女は倒れたノームへ距離を詰めて首元へ手刀を当てる。
「終わりよ」
「待て。殺すな。保存する」
俺はノームに合成針を刺し、懐から瓶を取り出す。
「はいはい、分かってる」
ノームが最後まで不気味に笑いながら俺を睨む。
「人……ひと……」
「残念だったな。いくら知恵を得ようが圧倒的な力を持つ人間には勝てない」
俺は瓶を突き出し、合成針を突き立てた。
光が走り、ノームの身体が縮小されて瓶の中へと収まる。
しかし、神の智歯は大きさも、形も、色も変わらずに地面へ落ちた。やはり神具は神具に直接干渉できないか。
どうせ消えるだろうが、俺は神具を拾い上げてポケットにしまった。
さて。ようやくの静寂。
振り返るとちょうど砂煙が晴れて、人間が三人、呆然と立ち尽くしていた。老人一人、壮年の男一人、若い成人女一人。
「……こ、今度こそ、助かったということでいいんですか?」
「ああ、追い払ったよ」
ということにしておく。死体がほぼないからな。ギリギリ不自然じゃない言い訳だろう。まぁ、もし疑ってくるなら脳みそを弄ればいい。
「そうでしたか……! ありがとうございます……あなた方は命の恩人です……!」
震え声で男が頭を下げる。老人と女も続けて腰を低くした。
「礼は不要だ。結果的に利害が一致しただけにすぎない。それよりなぜサラマンダーに追われていた? 巣でもつついたか?」
「いえ、金の国エルドラドへ向かっている途中、宝石をつけた魔獣の率いるサラマンダーの群れと出くわして追われる羽目になったのです」
「他に宝石をつけた魔獣を見なかったか?」
「見てませんが……なにか重要なものなのですか?」
「気にするな」
こんなすぐに神の智歯の再出現。何か意図を感じるな。やはりフランが動き始めたのかもしれない。
次に何を発するか考えていると、突如として老人が目を見開いた。
「お、お主は、もしや“銀髪の女神キメラ”か!?」
「……は?」
注目の的キメラが固まる。
「え、あのキメラ!?」
老人の隣の男が食いつく。
「金の国エルドラドで悪徳商人コボルドの不正を暴いて潰したという、あの女神!?」
「…………」
キメラが俺に銀眼を向ける。俺も知らないぞ。
「なんだその噂は」
俺の問いに対し、若い女がこちらを見て首を傾げた。
「じゃあ……隣にいる冴えない男は——“穀潰しのシュタイン”!?」
直後、キメラが吹き出した。
「ぷはははははっ!」
「……なんだその不名誉な二つ名は」
まだ穀潰しではないぞ。
「いいじゃん! 事実だし! そうなりたかったんでしょ?」
キメラは腹を抱えて笑い続ける。
「それはそうだが他人には言われたくないな」
俺達の様子を見て、壮年の男が首を傾げる。
「穀潰しじゃなくて昼行燈じゃなかったか?」
「いや、素寒貧だったのじゃ」
老人が真顔で訂正する。
「せめて統一しろ」
俺は本気でそう思った。
この場でコイツらの脳みそを少し弄って、正しい評価に矯正してやろうか。そんな衝動が脳裏をよぎる。
「はー、最高」
ようやく笑い終えたキメラ。
「楽しそうで何よりだ」
俺は皮肉げに顔を歪めながら眉間を揉んだ。
間を埋めるように老人が話しかけてくる。
「ところで助けてもらって差し出がましいのじゃが、お二人の実力を見込んでお願いがあるのじゃ」
「なんだ?」
「ここから東にあるワシらの村が“トロール”という魔獣に狙われておって困り果てておるんじゃが、どうか助けてもらえんかのう? エルドラドにも救援要請しておるのじゃが、報酬が少ないせいか引き受けてくれる者がおらんのじゃ」
こいつらがエルドラドに向かっていたのも催促のためか。
しかし、トロールね。欲しい魔獣の一体ではある。
「……いいだろう。さっそく案内してくれ」
「おお! 助かりますじゃ!」
こうして俺達は東の村へ行くことになった。




