第40話 魔獣集め3・サラマンダー
金の国エルドラドから帰還して一週間。その時間は研究者にとっては瞬きの間に等しかった。だが生活者にとっては驚くほど多くのものを変えた。
まず、部屋が変わった。正確には部屋らしくなったと言うべきかもしれない。洞窟を改装した研究所というのは、どうしても実験設備優先になり、生活空間が後回しになる。寝台は古い木材のためギシギシと悲鳴を上げ、机は石板、椅子は……まあ、椅子と呼んでいいのか怪しい塊ばかりだった。
だが今は違う。
「……悪くないな」
俺は新品の椅子に腰を降ろして肘掛けを軽く叩いた。木目が美しい。座り心地も致命的ではない。
それもこれも木魔獣トレントのお陰だ。瓶詰めから解放してゴーレムマンFと合成した結果、木材が取り放題になった。成長は早く、しかも切り取った部位がすぐ再生する。
なぜFかというと森という意味のフォレストから。割り当てるゴーレムマンの数が少なくなってきて色々と苦しくなってきた。早く野盗でも捕まえるか、神具である口寄せの門を使って従順な魂を作りたいものである。
とにかく結果として、机、椅子、棚、簡易ベッド、さらにはキメラ用の化粧台まで完成した。彼女は最初こそ警戒していたが出来上がった家具を前にすると態度が軟化した。
「これ意外と可愛いじゃない」
「機能美だ」
「はいはい」
俺は満足していた。生活環境が整うと思考も整理される。人間というのは実に単純な生き物だ。
しかし、その満足感を邪魔するような出来事が唐突に起きる。
異変に最初に気づいたのはキメラだった。
「ねえ、なんか……暑くない?」
「洞窟内は一定温度のはずだが」
「そうじゃなくて。なんか空気が焼けてる感じがする」
彼女はそう言って入口の方を見た。俺も鼻をひくつかせるが何も感じない。気のせい、と一笑に付したいが、彼女には色々と合成しているため俺よりあらゆる感覚が鋭い。なので確認のため外へ出ることにした。
「……ほう」
外へ出ると森の縁にそれはいた。
赤褐色の鱗。四足で地を掻き、尾を引きずる大型トカゲ。口元からは白い蒸気が漏れている。
「サラマンダー、よね」
「ああ。……だが、おかしい」
サラマンダーは火山帯、あるいは高温の地脈付近に生息する魔獣だ。この湿った森には、どう考えても向いていない。
ましてや、単体で迷い込むならまだしも——。
「一匹じゃないわ」
キメラの言う通り、木々の間に同じ影がいくつも揺れていた。
「群れか……?」
考えをまとめる前に上空から羽音が降ってきた。
「きゅうほう タカ!」
降り立ったゴーレムマンHは普段の間延びした調子とは違い、明らかに切迫していた。俺の頭上で羽ばたきながら南を指す。
「もり みなみ ひと おわれてる タカ! さらまんだぁ いっぱい タカ!」
「……なるほど」
状況は理解した。
ここに現れたのは先行偵察か、あるいは、はぐれ者だ。本隊は森の南。人間を追っているらしい。
「助けるわよね?」
キメラが即答を求める目をしている。
「当然だろう。貴重な労働力を失うわけにはいかないし、サラマンダーという実験体を大量に確保できるいい機会だ」
俺は事実のみを淡々と答えた。
「……はぁ、正義感とかないわけ?」
「無償の愛はキミだけが持ち合わせていればいい」
いずれ全て俺に向けてもらうがね。
その言葉は心の中にしまっておく。今はまだ時期尚早だ。うーむ。俺って常識人。
そう考えながら装備を確認する。瓶、針、その他の物。それと、やる気。最低限だ。
「ゴーレムマン。この周辺のサラマンダーは任せる」
「りょうかい です うまく しょり します」
騒動を聞きつけた他のゴーレムマンが出てきて敬礼をした。
俺は彼らとアイコンタクトを交わした後に森を駆けた。タクシーに、じゃなかった、キメラに乗って。
南へ向かうにつれて地面は乾き、木々が少なくなっていく。
ほどなく、開けた場所に出る。視界に広がる荒野。
さらに聞こえてきた。悲鳴。
男の声、女の声、両方混じっている。必死に逃げる馬の足音とそれを追う重い振動。
「数は……十体。人間は三人ね」
キメラが低く発した。
俺は銀馬から飛び降りて合成針を構える。
「殺しすぎるな。生体が欲しい」
「注文多いわね」
ラストオーダーに愚痴る店員のような言葉を残し、キメラが飛び出す。影のように素早くサラマンダーの側面へ回り込む。
一方で俺は地面に合成針を二本とも突き立てていた。
「ククク、盛り上がろうじゃないか」
地面が落雷のような音を立てて一瞬で隆起する。サラマンダーの視線が全てこちらへ向いた。
停止した敵の元へキメラの日本刀のごとき脚が振るわれる。鱗を裂き、だが致命傷は避ける。俺の言ったとおり手加減しているようだ。実に優秀な銀の牧羊犬である。
「うわあああっ!」
人間達は腰を抜かしながら恐れ慄いていた。
「動くな! 死にたくなければそのまま伏せていろ!」
俺が叫ぶと、人間達は反論もせず、頭を守りながら地面に伏せた。恐怖に晒されたモルモットは従順で素晴らしいな。
しかし、反抗期なサラマンダーが俺の警告を無視するように人間へ向きを変える。
「シュタイン! 援護して!」
「分かっている。キメラ、煙幕を頼む」
「……! そういうことね! 世話が焼けるわ!」
理解が早い。さすが俺の嫁。
キメラがシルフの力で風を起こし、砂煙を巻き起こす。人間達から視界を塞いだのだ。
それを確認した俺はサラマンダーの前方の地面に合成針を投げた。
手元の瓶に入れておいた水に、もう片方の合成針を刺す。
すると、地面がぬかるんだ。そこにサラマンダーが突っ込んで足を取られる。ふむ、瞬時に合成できる範囲は十メートル程度か。今は充分だな。
「今だキメラ」
「はいはい」
彼女が敵をぶん殴って怯ませ、俺は合成針を投げる。拘束、縮小。
一体、また一体と、サラマンダーは無力化されていく。
最後の一体が地に伏したとき、荒野は平穏を取り戻していた。
砂煙が晴れた先で人間達は呆然とこちらを見ていた。
「……助かった、のか?」
「いや、まだだ」
俺はこっそりサラマンダーを瓶に収めながら考える。
なぜ敵が俺の住む森や、この荒野に現れたのか。なぜ、群れで移動しているのか。どうやら答えはすぐに分かりそうだ。なぜなら目の前に見たことのある赤い宝石を額につけた魔獣がいるからだ。
神具・神の智歯。契約者に知恵を与える魔法具。金の国エルドラドでカーバンクルとマッピングアリがつけていたものだ。
紛失していたらしいが、これは偶然ではないだろう。
「……面倒だが面白くなってきたな」
キメラが呆れた顔でこちらを見る。
「また嫌な顔してるわよ」
「夢見る男の顔は魅力的だろう?」
「悪夢だわ」
サラマンダーの赤い鱗が瓶の中で鈍く光った。
悪くない。実に悪くない展開だ。




