第39話 魔獣集め2・トレント
「まだ寝てるの?」
その声は夢と現実の境目に楔を打ち込むように容赦なく響いた。
「……う、朝か?」
瞼を開けると天井の岩肌がいつもより恨めしく見える。洞窟暮らしというのは時間感覚を曖昧にする。朝日も夕日もない世界では睡眠は半ば趣味だ。
視線を彷徨わせると、銀の天女キメラがこちらの様子をうかがっていた。
「とっくにね。ご飯できてるけど食べる? キノコしかないけど」
「ああ」
俺は身体を起こして白衣を羽織りながら記憶を呼び起こす。
ここは第二研究室。神具・口寄せの門がある場所だ。昨夜はずっと実験していたんだったな。
散らかった器具を簡単に片付けた後、簡易的な食堂兼実験補助室に移動した。部屋に入り、まず目を引いたのは机の上に並べられた紅白主体の料理。キノコのソテー、キノコのスープ、キノコを潰して固めた何か。いつも通り色味は全体的に毒々しいが栄養価は高い。
キメラがキノコを咀嚼しながら、こちらを見る。
「で、魂の分離うまくいきそう?」
「……難しいな」
昨晩のこと。俺は神具・口寄せの門を使って魂を分離させる実験を行っていた。
「魂という曖昧なものを作り変えるのは思った以上に厄介だ。形も質量も定義できない。観測できないものを切り分けるのは目隠しで解剖するようなものだ」
「ふぅん」
キメラはあまり分かっていない顔で頷く。理解されないことには慣れている。俺は話題を切り替えることにした。
「それはいい。それより、服の方はできたか?」
「一応、形にはなってるけど……」
キメラは立ち上がり、壁に掛けてあった布を取って広げた。
薄い桃色でヒラヒラとした軽そうなワンピースだ。シルエット自体は悪くない。だが、ところどころに不自然な穴が開いている。ダメージ加工のようだ。
「扇情的でいいじゃないか」
「はぁ? 気持ちわる」
ゴーレムマンCに裁縫を任せた結果、力加減という概念をアイツはまだ理解していなかったらしい。
「まぁ、前衛的ではある。それに、これから暑くなる季節に差し掛かるし、ちょうどいいんじゃないか?」
「ふざけないで」
口を尖らせるキメラ。その時、洞窟の入り口方面から羽音と共に聞き慣れた声が響く。
「まじゅう みつけた タカ!」
鷹、いや、ゴーレムマンHが戻ってきたのだ。胸を張り、誇らしげに地図の近くへ降り立つ。
そして指で地図をつつき始めた。トン、トン、と正確な位置を示す。そこは森の外縁部。
「とれんと とれんと おおきい タカ!」
「木型魔獣トレントか」
トレントは森によくいる木の形をした魔獣だ。動きは鈍いが目をつけられると執拗に追いかけてくる厄介者。
「よく見るやつね」
キメラが興味深そうに覗き込む。
「ああ。Hには一際大きいものを探させていた。ベッドや椅子、それと罠を作るのに使おうと思ってな」
「すぐ行くの?」
「食事が終わり次第な」
それから早めに食事を片付け、最低限の装備を整える。瓶、合成針、キメラの愛など。
Hとキメラと並んで研究所を出る。
森は相変わらず湿っていて、不気味さと癒しを提供するエンターテイナーであり、探究者にとっては垂涎もののスポットだった。
「はっけん しました タカ」
ゴーレムマンの指をなぞった先には一本の大木。遠目にはただの古木に見えた。だが近づくにつれて違和感が輪郭を持つ。幹の表面に走る筋肉のような隆起。よく見るとそれは顔で、死に際の悪魔を貼り付けたような邪悪な表情をしていた。
さらに枝の先には眼球めいた果実が実っており、周囲を観察するように瞳を縦横無尽に動かしている。
「……起きてるわね」
「刺激しなければ動かないが今回はそうもいかない」
俺が一歩踏み出すと地面がきしんだ。トレントの果実が一斉にこちらを注視する。
挨拶する間もなく、森が悲鳴を上げるように葉擦れの音が響き、トレントの枝が唸りを上げて振り下ろされた。
「寝起きはご機嫌ななめのようね!」
キメラが横に跳び、俺は合成針を投げる。しかし、針の方は枝に弾かれた。
「へたっぴね」
「遊び心も必要だろう」
弾かれた針は地面に刺さる。俺はそれを目視した後、すぐにもう片方の針を足元の石へ刺した。瞬時に石化の波紋が地面へ広がる。
「キミのための舞台だ。存分に輝いてくれたまえ」
「バッカみたい」
キメラは石化した地面を足場にして接敵する。シルフの力で起こした風の刃が幹に食い込み、樹皮が悲鳴を上げるように裂けた。
だが、トレントは倒れない。枝を必死に伸ばし、彼女の動きを封じようとする。
「チッ」
「しえん します タカ」
ゴーレムマンHがキメラを補助するように斧で枝葉を切断していく。
「助かるわ。誰かさんと違って優しいのね」
「キメラと違ってな」
俺達はカラスのように愛を囁き合いつつも、足は止めない。
ツーカーな呼吸で連携をとり、敵を追い詰める。
そしてキメラの拳がトレントの顔面にめり込み、敵は潰れた粘土みたいに表情を歪めた。
泣き喚く間も与えず、ゴーレムマンの斧が幹を切り裂く。とどめに俺が合成針を露出した真っ赤な核へ投げて刺した。
完全に沈黙したトレント。
花と合成して掌サイズまで縮めたそれを俺は素早く瓶に詰めてコルクを閉めた。
森が静けさを取り戻し、鳥のさえずりが聞こえ出した頃にキメラが話しかけてくる。
「ねぇ、かわいい魔獣みつけたら私にちょうだい。飼うから」
「命を弄ぶのは良くないぞ」
「あんたにだけは言われたくないわ!」
とにかくトレントの捕獲に成功した。これで簡単に木材が取り放題だ。




