第38話 魔獣集め1・バロメッツ
俺とキメラは鷹の翼が生えたゴーレムマンHに先導されて魔獣バロメッツの元へ向かっていた。道なき森を無言で迷いなく進む背中は頼もしい。
「逃げたりしてないかしら?」
後ろからキメラが疑問文を投げてきた。
「バロメッツは定住型で移動はほとんどしないから大丈夫だろう」
「引きこもり魔獣なのね」
「植物だからな。基本的に根を張る」
バロメッツは羊が生えている植物だ。それだけ聞くと子供の落書きのようなものを思い浮かべるだろうが、実際そうとしか言いようがないのだから仕方ない。
やがて森の奥が開けた。煮込んだ天使を抽出したような光が斑に落ちる小さな空間。中央にそれはいた。
一見すると、ただの高木だ。葉は厚く、枝は捻じれ、地面にしっかり根を張っている。だが、その枝先に明らかにおかしなものがある。白い毛。巻き角。丸い耳。黒い瞳。
「羊……かわいい」
キメラが丸みを帯びた声で呟いた。
「見た目に惑わされるな」
枝の先に羊が十匹。背中に枝先が繋がっており、重みで枝がしなっている。空中を掻くように足をパタパタさせており、なんともファンシーな光景だ。
風が吹くと葉が揺れて、羊の頭が同時にこちらへ向いた。俺達と視線が交差した瞬間に羊の顔が阿修羅のごとく歪む。
バロメッツは侵入者に対して極端に排他的だ。縄張り意識というより、光合成の邪魔をされたくないらしい。
当然、日光浴の妨害をする俺達の存在を許すわけもなく。
「メェェ!」
羊達が死の輪唱を開始したと同時、地面が盛り上がって幹がうねる。羊の口から覗く歯は草食動物のそれではない。鋸歯だ。
「来るぞ」
言うまでもなく、ツルがこちらを殺さんと伸びてくる。速い。鞭のようにしなり、空気を裂いて迫ってくる。
「キメラ、下がれ」
「え、いいの?」
キメラが疑問符を浮かべつつも距離を取る。同時に俺は懐から瓶を投げた。中身は粘性の高い培養液。ツルに絡みつき、動きを鈍らせる。
「ゴーレムマン。根を断て」
「りょうかい しました タカ」
ゴーレムマンは頷き、持ってきていた斧を地面に叩きつけた。土は割れて、露出した根が切断される。
「キメラ、水を吸え」
「え? わ、わかったわ」
キメラがウンディーネの力で根っこの切断面から水を吸い上げた。
「メェェ……!」
水分を奪われたバロメッツの動きが鈍重になる。羊の頭が苦悶の声を上げ、周りの葉が落ちていく。
「今だゴーレムマン」
「はい せんせい タカ」
最後は単純だった。幹を切断し、中枢部にある赤い核へ合成針を刺す。バロメッツは震え、やがて沈黙した。
「……倒した?」
「機能停止だな。完全に死んだわけじゃない」
俺は瓶を取り出し、中に入れておいた一輪の花とバロメッツを合成した。
すると瓶の内部にバロメッツが収まる。手品をするように、ボトルシップを作るように。
「そんなこともできるの……!」
「俺もただ無為に日々を消費していたわけではない。合成技術は常に進化している」
ま、元々できたけどな。
勝利の美酒もなく洞窟の研究所に戻り、作業台へバロメッツを置く。今は鉢植えサイズだ。羊の頭が、かすかに瞬きをしている。
それをキメラがつぶらな瞳で眺めていた。
「次はどうするの?」
「もちろん合成に決まっている」
俺は摘んでおいた花を取り出した。赤、青、黄、紫など。染色用に集めたものだ。
花とバロメッツに針を刺す。光が走り、花の色素が羊に移る。
数秒後、羊毛が変化した。白一色だった毛がカラフルに色づいていく。パステル調で悪くない。
「……かわいい」
「だろう。さて、仕上げだ。ゴーレムマンB、来い」
「はい せんせい」
事前に呼んでおいたゴーレムマンBが俺の元へ寄ってくる。コイツとバロメッツを合成するつもりだ。Bなのはバロメッツの頭文字がBだから。
合成。俺の心のように白い光がBを包む。輝きが消えると、Bは二足歩行のまま羊らしい巻き角が生え、雲のような体毛になっていた。
「B、異常はないか?」
「はい せんせい けんこうです メェ」
また語尾がおかしくなったが言及は省略する。
「毛の色を変えられるか?」
「はい おみせします メェ」
ゲーミングPCのように色が次々と変わっていく。
「素晴らしい。これで色付きの服が作れる。染める必要がない」
「Bさんが作るの?」
「いや、作り手はもう一体が担う」
俺は瓶を一つ取り出した。中には森で採取しておいた蜘蛛が数匹。
「え、それは……?」
「蜘蛛は幾何学模様のような美しい巣をつくるだろう? その形成能力を応用する。ゴーレムマンC、こちらへ」
「はい せんせい」
なぜCかというと、蜘蛛の巣は英語でスパイダーウェブと呼ぶが、他にcobwebとも言い、その頭文字からCを使うことにした。ちょっと無理やりだが、蜘蛛の英語の頭文字がCじゃないのが悪い。
他責しつつ、さっそくCに蜘蛛を合成。すると、目が八つ、腕が六本になった。足は二本のまま。
「うわっ!」
キメラが飛び退く。
「かわいいだろう?」
「いいのこれ? Cさん大丈夫?」
「だいじょうぶ しゅたいん せんせい には かんしゃ しています クモ!」
また変な語尾がついたか。本人は喜んでるしいいだろう。
「それじゃあBとCは服でも作ってくれ。他にも何か思いついたら制作してもいい」
「りょうかい しました メェ」
「りょうかい しました クモ!」
Cは、さっそくBから羊毛をとり、糸状にして編み始めた。ぎこちないがどうにかなりそうだ。
「ねぇ、シュタイン」
キメラがゴーレムマン達をまじまじと眺める。
「なんだ」
「服、楽しみにしていい?」
「もちろんだ。失敗しても他の方法がある」
「他って?」
「研究所の奥に口寄せの門という神具を見つけてな。そいつは嫌われものの魂を召喚できる。それを使って裁縫の上手い犯罪者を召喚し、裁縫技術だけを抽出して使う」
「そんな離れ技よりゴーレムマンみたいに他の体へ魂を合成して人格を弄るのはダメなの?」
「並行して試しているよ。ただ、どちらも上手くいっていない。人格を残せばひねくれ者だから言うことを聞かない。技術だけを残そうと思えばなぜか上手くできない。後者は恐らく人間性と技術にはリンクしている部分があるからだと思う。繊細な人間は仕事が丁寧だし、豪胆な人間は雑でも早かったりするだろう? そのように性格の機微が失敗を招いている現状だ」
「ふぅん。よく分からないけど人は複雑ってことね」
俺は肯定しつつ肩をすくめ、ゴーレムマン達を眺めながら次の実験の算段を始めていた。




