第4話 オシャレな食器
夕日が上空を煮詰めたウミガメのスープのような色に染めていた。橙と紫が混ざり合い、どっちつかずで優柔不断だ。
キメラにキノコを合成して食糧問題を無事に解決したのはよかったが、彼女はカニのように泡を吹いて倒れてしまった。
今はいつもの部屋で彼女が目覚めるのを待っている。件の女は毒リンゴを齧った白雪姫のように眠りについており、腰まで伸びた銀髪がベッドに広がっていて、悲劇のヒロインみたいに幻想的な雰囲気を醸し出している。
ただし、頭頂部に天使の輪、ではなく赤と白の水玉模様キノコが生えているせいで“喜劇”のヒロインにしか見えなくなっていた。
「喋らなければ完璧なんだがな」
俺のクレームを跳ね返すようにキメラは突如覚醒した。そしてだしぬけに自分の頭を触る。
触った指先がキノコ特有の、あのどうにも言い逃れできない弾力を返してきた瞬間、彼女の中で何かが静かに、しかし確実に崩壊したらしい。
「……終わったわ」
それは絶叫ではなかった。人生を諦観した者だけが出せる悟りの声だった。
「何がだね」
俺は薬品棚の整理をしながら、ついでのように返事をした。
「見なさいよこれ!」
キメラは跳ね起きて俺の前にずいと顔を突き出す。頭からは立派なキノコが誇らしげに生えている。昨日より元気だ。生命力が過剰である。
「大きくなってるじゃない!」
「順調だな」
「順調じゃなぁぁぁい!!」
彼女は頭を押さえ、絶望の海に溺れる遭難者のように床に崩れ落ちた。
「女の子の頭にキノコよ? どういうセンスしてるの!」
「キノコは収納できるだろう?」
「……は?」
俺は親切にも指で自分の頭を示してみせた。
「ほら、念じてみたまえ。引っ込め、と」
半信半疑顔のキメラが頭に意識を集中させると、キノコは、しゅるり、とまるで気まずそうに姿を消した。
「……わー、ホントだー!」
一瞬、赤と銀のオッドアイが輝く。
だが次の瞬間、我に返ったように叫んだ。
「って、そういう問題じゃなぁぁぁい!!」
何をそんなに怒ることがあるのか。これで食うに困らなくなったというのに。
「そうだ、それよりも」
俺は話題を切り替えることにした。会話は無視した方が人間関係がスムーズに進むこともある。さすが俺。常識人だ。
「靴を作っておいたぞ」
そう言って差し出したのは手製の木靴だった。削り跡は荒いが実用性は申し分ない。少なくとも足は守れる。
「いきなりなによ。贈り物で気を引く気?」
「まさか。ウンディーネとの戦闘で靴が傷んでいたから新しいのを用意しただけだ。そのままだとキミの綺麗な足裏が痛んでしまう。キミ一人の体じゃないんだから大切にするんだよ」
「それ妊婦にかける言葉でしょ!」
キメラは顔を赤くして俺を一発殴ろうとしてから、途中で力尽きたように腕を下ろした。
どうやら暴力系ツンデレではないようだ。まだ経過観察が必要だが。
キメラはむくれた顔のまま、しぶしぶ木靴を履いた。
「……へぇ。ぴったりね」
「ろくな材料がなくてね。今はこれで我慢してくれ」
「いつかは金の靴でも作ってくれるってこと?」
「良い案だ。それならキミの蹴りでも壊れなさそうだね」
「何でもかんでも実用性重視ね」
「??? 常識だろう???」
キメラは深いため息をついた。肺の奥から人生への諦めを吐き出すような美しい音だった。
「……服は作ってくれないの?」
現在の彼女の服は純白の貫頭衣。サイズもぴったり。元々研究所にあった物だ。推測だが先住者が置いていったものだろう。
「さっきも言ったが、ろくな材料がない。いずれ頑丈で軽いものを作るよ」
「オシャレなのにしてよね」
ここで俺は少し考えた。装飾。彩飾。虚飾。これらは排除すべきノイズである。しかし。
「いわれてみれば装飾も重要か」
「でしょ?」
クリスマスツリーには星があった方がいいし、棺桶にも花が添えられていた方がいいし、人間の剥製にも服を着せた方がいい。
「キミの意見も偶には役立つな。感謝するよ」
「……あんたの言葉選びは偶にじゃなくて常にムカつくわね」
これは誉め言葉として受け取っておこう。
「さて、食事にしようか」
「作っておいてくれたの?」
「ああ、今回だけだがね」
机にはキノコ料理が並んでいる。色はほぼ紅白だけ。
「……これ、もしかして私から採取した?」
「??? 当然だろう。抜いても抜いても生えてくるから助かったよ」
「こここ、この変態!」
活きの良い魚でも飼っているのかと思うくらいキメラのオッドアイが左右に泳ぐ。続いて顔を青ざめさせて、頭頂部を抑えながらしゃがみ込む。
「キノコのマネか?」
「…………」
無言で立ち上がるキメラ。自慢の脚力で俺との距離を詰める。
「ぬ!」
殺される、と思ったら、彼女はその場でバレエダンサーのように片足で回転し始める。
見蕩れる間もなく、キメラの高級銀鮭のような髪が俺の頬をはたく。あまり痛くはなかったが油断したせいか重みを感じた。
「ふん、殴って死んじゃったら、私が元に戻れなくなっちゃうからこれで勘弁してあげるわ。だけど! 調子に乗っていたらこんなものじゃ済まないんだからね!」
シラウオのような人差し指をこちらに向けてきた。またコテコテなツンデレアクションか。もう少しレパートリーが欲しいな。
それから。キメラは不貞腐れながらも食卓に座ってキノコ料理を食べ始めた。フライドチキンを食べるニワトリみたいで愛おしい。
「もっと彩りが欲しかったわ」
「また彩飾の話か。食事は補給にすぎない。見た目にこだわる必要はないだろう」
「その割に食器は花柄でオシャレね。貴族御用達って感じ」
「前の住人が残していった物だよ」
「そうよね。あんたがこんな可愛いの持ってるわけないか。食器が泣いてるわ」
「マンドラゴラは合成していないはずだが」
キメラは一瞬黙り込み、やがてスプーンを置いた。
「……ほんと、そういうとこよ」
ふむ、どういう所か分からないが上手く会話ができているようだ。さすが俺。常識人。
食後。キメラは立ち上がった。
「片付けは私がやるわ」
「キミの仕事だからね」
睨まれた。怒っていても美人だが、やはり無駄な感情は不要だ。理想は常に笑顔で全肯定してくれる存在である。
「あれ、そういえば調理に使った水はどうしたの?」
キメラが無垢な小鳥のように首を傾げる。
「もちろんキミから搾り出したよ」
「……え?」
俺は彼女の人差し指を掴み、少し強く握った。
じわり。水が出た。
「にゃあ!?」
「素晴らしいだろう? 俺が握った時だけ出るようにしといた。これならキミが寝ていても起こすことなく水が飲める」
「ふざけ……ふざけんなぁぁぁ!」
なぜ怒るのか。これほど便利になったというのに。
ふむ。女心とは未解明の現象が多すぎる。合成魔法よりよほど難解だ。




