第3話 食糧問題解決
研究所に戻った頃には異世界太陽が天辺に居座り、人を焚き火に入れて暖をとる暴君のように大地を楽しそうに焼いていた。
それを跳ね返すような銀髪を持つキメラは部屋の扉をくぐるなり、肩をがっくり落として椅子に腰を下ろした。その姿はハラワタを抜かれた銀鮭のようで愛おしい。
「……はぁ」
彼女のため息が一つ。透明感のある指先をウンディーネの能力で物理的に透き通らせて、片想いの人喰い少女のように物憂げに眺めている。
「元気を出したまえ」
俺は白衣の裾を翻しつつ、いかにも善良な科学者然とした声を出した。
「一生、水に困らないのは素晴らしいことだよ。文明史に名を刻めるレベルだ」
「じゃあ、あんたの体を改造したらよかったでしょ」
即座に返ってくる鋭利なナイフのような言葉。
「まだ早い。失敗して合成できない体になったら大変じゃないか」
「……私の前でそれ言う?」
視線が冷たい。氷河期が再来したかと思った。
「キミは俺の手で必ず直せるからね」
自信満々に言うと、キメラは鼻で笑った。
「病に臥す患者さんが聞いたら涙を流しそうね。残念ながらあんたはヤブ医者だから無意味な言葉だけど」
その瞬間、グゥ、と音が鳴った。彼女の腹の虫が存在を主張してきたのだ。
「……お腹が減ったわ」
「やはり水だけでは腹は満たせないか」
俺は腕を組み、深刻そうに頷く。
「仕方ない。料理を作ってくれ」
「え?」
キメラが人間の肉を詰めた缶詰のように目を丸くする。
「あんたが作ってくれるんじゃないの?」
「まさか。家事もキミがするんだよ」
「……あんたは何するの?」
「もちろん俺は——浜で寝転ぶアザラシのように日がな一日ゴロゴロして過ごすんだよ」
俺は雄々しいオスライオンのごとく堂々と言い切った。
「…………」
一拍。
「こんなクズ男、初めて見たわ」
「世間の広さが知れてよかったじゃないか。井の中の蛙くん」
キメラは立ち上がり、疲れたように額を押さえた。
「もういい。あんたと話すと脳が筋肉痛になる。食糧庫はどこ?」
「案内しよう」
俺たちは研究所の奥へ向かった。道は悪魔のケツの穴よりは明るく、天使のケツの穴よりは暗い。そして食糧庫の扉が見えた瞬間に俺は足を止める。
扉が少し開いており、中からガサゴソと音が聞こえる。
「ふむ、何かいるね。静かに行くぞ」
忍び足で近づき、そっと中を覗く。
「……キノコだらけね」
床も棚も袋も、まるでキノコに占拠された王国だった。干し肉にも遠慮なく生えている。節操という概念が死んでいる光景だ。
さらによく見ると奥で何かが蠢いている。
「まさかコイツは……!」
俺の声に反応して影が振り返る。巨大なキノコ頭。胞子をまとい、存在自体が湿っぽい。
「やはり間違いない! 希少なキノコ魔獣“マタンゴ”だ!」
「なにそれ? そんな珍しいの?」
「非常にな! 調理して食すと、この世のものとは思えないほどの美味で、しかも栄養満点! これさえ摂取しておけば生きていけると言われている! いわば完全栄養食!」
「へぇ……でもそれ本当? 胡散臭いわね」
キメラは疑わしそうだ。
「問題ない。すでに一度、実食済みだ。その時は合成に失敗して増殖も失敗したが次はミスしない」
「はぁ」
キメラのため息が空気に溶けた瞬間、マタンゴがギンピギンピの葉でケツを拭いた時のような嗄れた叫びを上げて飛びかかってきた。
遅い。俺は即座に合成針を投擲。一瞬で眉間に直撃。さらにもう一本を壁へ。
発光。断末魔の独唱を歌う間もなく、マタンゴは壁に埋まり、まるで前衛芸術の立体アートになった。
「そんな一瞬で……すごいわね、合成魔法って」
「使い手の俺も褒めてくれ」
「はぁ、あんたもすごいすごい」
俺は満足げに頷く。
「合成魔法は想像力が大切だ。命のかかる場面で焦らず完成形を思い浮かべるのは至難の業だろう。俺以外はね」
「自己評価が高い殿方だこと」
キメラは腕を組んで壁のマタンゴを見る。
「で、この壁のマタンゴは、ずっとキノコを生み続けるってことでいいのかしら?」
彼女が呑気なことを口にした瞬間。
俺は合成針をキメラに刺した。
「な……!?」
魚のように口をパクパクさせるキメラを尻目に俺はマタンゴにも針を刺す。
発光。そして。
キメラの頭から、にょき、とキノコが生えた。
「え、ちょ、あんた何したの!?」
俺は無言で彼女の頭を指さす。
キメラは自身の頭頂部を触って、確認して、理解する。そして顔色が紙のように白くなった。
「……あ、あ」
「これで食糧に困ることはなくなったな」
「いやああああああああ!」
「いい叫び声だ。マタンゴの叫びより何百倍も綺麗だよ」
俺は素直に感心した。
「ふざけ……んな……」
そう言い残してキメラは泡を吹いて気を失い、背後へ倒れる。
「危ない!」
俺は彼女を慌てて支える。そして、保存食として美女を棺桶に納めるヴァンパイアのような優しい手つきで床に寝かせた。
「よかった。危うく貴重な脳に傷がつくところだったよ。いきなり合成してすまない。せっかちが出てしまった」
替えの効きづらい貴重な器だ。大切にしなければ。
「キミは俺が必ず守るよ」
俺は、敵対組織に鉛玉を撃ち込まれた愛人を見るギャングのボスみたいに正義感に溢れた表情を浮かべた。




