第35話 鳥
俺とキメラは研究所の裏手にある岩場と低木が混ざる斜面を歩いていた。風が通り、空が近い。鳥を探すには悪くない場所だ。
「風が気持ちいいわね」
キメラの穢れのない銀髪が風になびく。相変わらず、いつ、どこで、どのような角度から見ても美しい。そのまま石像にして飾りたいくらいだ。
「花粉や細菌が舞って最悪だな」
「歩く災害に自然を楽しむ心はないようね」
「合成素材だらけで楽しいが?」
そんな風雅な会話をしながら歩き続ける。
カッパをミキサーにかけてぶち撒けたくらい綺麗な森を掻き分けるように進む。ところどころに焼き鳥にしても食いでが無さそうな極彩色の鳥は見かけるが、肝心の鷹や、鳥型の魔獣は横切りもしない。
「ねえ、本当に鳥でいいの?」
キメラが退屈そうに小石を蹴る。
「飛べて、目が良くて、指示を聞く。理想の部下だろう」
「最後の条件が一番怪しいわね」
「そのために野盗も欲しいのだよ。人間の脳を合成することで賢者のような生命体が完成する。学習能力が高く、従順で、会話ができる。そんな鳥がいたら素晴らしいだろう?」
「高尚なお人形遊びですこと」
俺は皮肉を無視して、ロボトミー手術をする闇医者のような優しい顔つきをしながら空を仰いだ。だが、やはり飛んでいる影はない。鳴き声もない。まるで魔王が世界を統一した後のように静寂だ。
勇者湧かねぇかな、と思う暇な魔王みたいな心持ちになりだした頃、岩陰に黒い塊が見えた。近づいてみて俺は足を止める。
「死んでるな」
異世界産の鷹だった。立派な翼、鋭い鉤爪。だが胸元が裂け、すでに体温はない。おそらく魔獣の仕業だろう。
「かわいそうに」
キメラが珍しく素直な声を出した。
「生きていれば理想的だったんだがな」
「……死んでても使う気?」
「もちろんだ」
俺は躊躇なく答えた。死体は素材だ。感情を挟むと作業効率が落ちる。
「でも合成魔法って魂は呼び戻せないのよね? まさか、やっぱり私に合成する気じゃ……!?」
キメラが拘束衣を着せられた囚人のように胸の前で手をクロスさせる。
「何度も言わせるな。キミには天使のような翼を着けたいからまだ羽は合成しない」
「だったらその死体は……」
俺は答えずに、国家転覆を狙う佞臣のような希望あふれる表情をつくった。
それから素材を回収した後は寄り道もせずに研究所へ戻った。
すぐにゴーレムマンHを呼ぶ。もちろん鷹と合成するため。Hの理由は単純で、鷹は英語でホーク、頭文字がH。だからH。それ以上でも以下でもない。
「ゴーレムマンH、こちらへ」
「はい せんせい」
ゴーレムマンHが無表情で近づいてきた。
俺は呪いのオーケストラをまとめる指揮者のように合成針を構える。
ゴーレムマンHと鷹の死体を合成。両者が淡く光り、石と肉と羽毛が混ざり合う。
「よし」
出来上がったそれを見て俺は腕を組んだ。
ゴーレムマンHの背中から左右均等な鷹の翼が生えている。体毛も生えている。瞳も鷹のもの。首の可動域も広がっていた。
「もっと可愛くできなかったの?」
キメラが水銀のように粘ついた視線を向けてきた。
「充分可愛いと思うが?」
「はぁ、そうですか」
扇風機の強くらい優しいため息でキメラが返答した。
俺はゴーレムマンHに視線を戻して語りかける。
「飛べるか?」
「とべます タカ」
語尾に何か付いていた。
「……今、なんて言った?」
「とべます タカ」
なるほど。鷹だからタカ。意味は通っている。通っているが意図していない。やはり人格を弄るのは難しいようだ。
「まあいいか」
「いいの!?」
キメラが唐突に叫んだが俺は気にしない。機能が満たされていれば合格だ。
「よし、H、命令だ。これから見せるリストに載っている魔獣を探せ。それと野盗もだ」
「りょうかい タカ」
ゴーレムマンHが俺の持ってきたリストをじっくりと眺める。時折、ゾンビ鳥みたいに首を捥げそうなほど傾げながらページをめくっていく。やがて本を閉じ、こちらへつぶらな瞳を向けてきた。
「はあく しました タカ」
「よし、さっそく探索へ向かってくれ」
ゴーレムマンは頷き、ぎこちなく翼を広げて洞窟の外へ飛び立った。若干ふらついていたが、そのうち慣れるだろう。慣れなければ墜落する。それだけだ。
空に溶けゆくHを見送った後、急に暇になった。
キメラが溶かした金属のように伸びをする。バネ人間にするのもいいかもな。
「また鳥を探しに行くの?」
「いや、Hの帰還を待とう。無駄に足を運ぶより効率がいい」
「じゃあこれからなにするの?」
少し考えて、俺は名案を思いついた。
「そうだ。キメラが野盗を拉致してきてくれ。それを兵隊にする」
「絶対イヤ」
即答だった。反射的すぎる。
「なぜだ」
「汚いし、臭そうだし、言うこと聞かなそう」
「そこは教育だろう。合成という名のな」
「イヤ」
「……じゃあ、どうしようもないし暇だから、ひざまくらしてくれ」
「ぜっったい、イヤ」
強調が多い。拒否の意思が強い。
俺は内心でため息をついた。
「キミはツンデレ一族じゃなくて、ツンツン一族なんじゃないか?」
「何か言った?」
「いや、独り言だ」
とりあえず俺達は研究所へ戻った。キメラの心より広い洞窟内では、ゴーレムマン達が相変わらず働いている。一本の棒にスライムを刺し、それをモップのようにして通路を掃除していた。発想は雑だが効果は高い。
「合理的だな」
「絵面は喜劇みたいだけどね」
ゴーレムマン達の作業を眺めつつ歩いていると、キメラが急に立ち止まった。
「……ちょっとお花を摘んでくるわ」
「花? 花瓶がいるか?」
俺が言い終わるやいなや、彼女は振り返って叫ぶ。
「死ね!」
そして銀の竜が大地を踏み鳴らすように、土埃を巻き上げながら奥へと消えた。
「……女心は難しいな」
本気でそう思う。
それから俺が研究所の様子を観察しながら一人で考え事をしていると、一体のゴーレムマンが近づいてきた。
「せんせい ほうこく です」
「どうした」
「しょきから ふうさ されていた つうろの おく どしゃが てっきょ され つうこう かのうに なりました」
俺は目を細めた。初期から塞がれていた通路。つまり、俺自身もまだ把握していない領域だ。
「ちょうどいい。様子を見に行くか」
好奇心が疼く。未知は最高の娯楽だ。
俺は奥へ向かった。研究所は、まだ俺に隠し事をしているらしい。それはとても良いことだ。




