第33話 プレゼント
その後の話、というやつだ。
世の中というのは案外、後始末の方が派手に音を立てる。
まず、コボルド商会の悪行は金箔を剥がすみたいに一気に露わになった。
奴の屋敷の地下と上級坑道は繋がっていた。あの胸焼けのするほど甘ったるい菓子の匂いが漂っていたフランの工房も綺麗さっぱり解体だ。中に押し込められていた人間達は運の良い者から順に救い出された。
全員が生きていたわけじゃないが、生きていた者が全員救われたという事実は少なくとも胸を張っていい。
コボルドの妻、ロレーヌ夫人については本人も寝耳に水だったらしい。人は意外と自分の地下室で何が起きているかを知らないものだ。たとえ虫やネズミが這い回っていたとしても溢れ出るまで気づかない。
彼女の処遇については、錬金魔導士ルエガが裏で手を回してくれたおかげで牢屋送りにはならずに済みそうだ。
コボルド商会そのものは王族が引き継いで管理するらしい。金の流れは止めると腐る。だから、握り直す。いかにもこの国らしい結論だ。
「はぁー、疲れたわね」
俺とキメラは散々事情聴取された後に料理屋クックへ集まっていた。いつもの油と香草の匂いが今日はやけに穏やかに感じられる。
「カーバンクルの額の宝石が消えたんだって?」
赤いモヒカン男のクックが、昼飯を作りながら質問してきた。
「ああ」
あれは神具、神の智歯だった。神具は持ち主が死んだ場合は、消えて次の求めし者の元へ行くといわれている。
宝石がないと知った王侯貴族達は、重箱の隅という隅をつつき、難癖をつけて報酬を極限まで減らしてきた。
カーバンクルで一攫千金を狙っていた者達からしたら残酷な話だ。掴みかけた大金の種が幻のように消え去ったのだから。
しかも生き残りは俺とキメラとルエガの三人だけ。他の者達は命だけを失ったことになる。
「残念だな。大金はそう簡単に稼げないってこった」
結局、いつの世も金持ちになれるのは一握りだけ。異世界も例外ではないとはなんとも夢のない話だ。
「これから一人で料理屋やっていけそうか?」
俺は、親子丼を食べてお腹を壊したニワトリを見るように心配そうな表情を浮べてクックへ質問した。
料理屋が上手く回っていたのは俺達が輩を締めていたお陰でもあった。クック一人になったら悪巧みを企てる者がいてもおかしくない。金が盲目にさせるこの国では特に。
それに紫の花サルシファイもどきの警備と管理も必要になるだろう。こちらも金になるとわかれば、うつけ者が盗みに来るのは明らかだからだ。
「あんたらから貰った金でなんとか頑張ってみるよ」
カーバンクル狩りでわずかに稼いだ金は全部クックと孤児院に寄付した。手元に残らない金ほど気持ちのいいものはない。管理という不安から逃れられるからだ。うちには金が無限に湧く貯金箱があるしな。
ともかく、その資金があれば当面は料理店をやりくりしていけるだろう。あとは軍資金が尽きる前にクックが上手くやるしかない。
「弟子でも取るかな。それとも嫁か。キメラは“ツンデレ族”なんだろう? よかったら紹介してくれないか? できれば気が強くて美人な女がいい」
クックの思いがけない言葉に、俺は眉間を揉んだ。やはりこの国は情報が早い。
「無理ね。全滅したから。みんな反抗的で、暴力的で、甘えるのが下手だったから皆殺しにされたわ」
ツンデレヒロインが衰退したのを過激に表現したような言い回しに俺は思わず吹き出しそうになった。しかしちょっと重すぎるバックボーンじゃないか?
「そ、そうか。なんか悪かった」
バツの悪そうな顔をするクック。これで触れづらくなったし、悪くない言い訳だったのかもな。
と思ったが、クックが粘りを見せてくる。
「じゃ、じゃあもう一つだけ。キメラみたいな片目隠れ女は居ないか? 何かを心の内に隠しているような神秘性が堪らないんだ」
「ほう、片目隠れの良さがわかるとは見直したぞ」
俺は、人を殺した後の呪いの人形くらい嬉々として頷いた。
「そうだろ? キメラ、誰か知らないか?」
「諦めなさい」
一蹴。
俺は、絞められる前のニワトリを見るような優しい目をしながら、指を一本立てる。
「クック、ひとつ良いことを教えよう。——恋人は自分好みに育てるものだ」
クックはフクロウのような驚き顔を浮かべる。
「くぅー、なるほどなぁ! でもオレはそういうの苦手なんだよなぁ。くそう、シュタインみたいに心が無ければなぁ!」
失礼なやつだ。俺は常識人だぞ。
「あっはははは!」
キメラがトライアングルを連打したみたいに豪快に笑った。
コイツ、人の悪口で笑うなんて最低だな。口を地図記号の特殊鉄道型に縫ってやろうか。
「とにかく、どうにか頑張ってみるよ」
クックはそんなことを言って、照れ隠しに後ろを向いて調理の続きに戻った。その背中は前より少し大きく見えた。
俺とキメラは彼の最後の料理を食べた後に形式的な別れの挨拶をして店を出た。人生の分岐点というのは案外あっさりしている。
金の国エルドラドの帰り道。人間の欲望を固めたような街を振り返らずに歩く。
「そうだキメラ。これを渡しておく」
露店で買っておいたピンクのリボンをキメラに差し出す。
「な、何よ、急に」
「似合うと思ってな」
彼女は一瞬だけ黙り、それから乱暴に受け取って髪を結んだ。じゃじゃ馬にピッタリのポニーテールになった。
銀と桃色のコントラストが、腹を掻っ捌いた銀の鮭みたいで愛らしい。
「……変じゃない?」
「実験結果としては上々だ」
「感想が最低。ただ、ありがと。……でも! この一回で全て許されると思わないでよねっ!」
人差し指を指紋が見えるくらい俺の目前に突き出してくる。ふむ、証拠を残さないように指紋を溶かしておくのも悪くないな。
「さて、そろそろ背中に乗せてくれ」
「はいはい。大きな赤ちゃんがいると大変ね」
キメラの背中に乗って、一度だけ振り返る。
金の国エルドラドは初来訪の時と違って淀んで見えた。
錬金術が使えるようになり目的は果たした。だから、この国にもう用はない。魔女フランは雲隠れしただろう。今回は一旦、諦めだ。
金と欲に塗れた街並みを背に、世界一美しい銀馬が歩き出す。
「ねえ、次はどうするの?」
「フランの工房を破壊したからな、目をつけられた可能性が高い。食事でも用意して迎えようじゃないか」
「毒餌でも用意した方がよさそうね」
「毒キノコか。悪くない」
キメラがわざわざ半分だけこちらに顔を向けて睨んできた。鼻筋が通っていて美しい。滑り台にしたいくらいだ。
彼女はブツブツと文句を言いながら前に向き直ると走り始めた。
徐々に上がる速度。流れる景色。思い出と呼べるほどではないが、記憶が走馬灯のように思い起こされる。
つまらない人間の巣の探索は存外に楽しめた。いつか王侯貴族も庶民もまとめて傀儡にしたいと思う。
俺は宝物庫かと思ったら臓物庫だった時のような輝かしい気持ちを抱きながら金の国エルドラドを後にした。
【第2部 金策編】 —終—




