第32話 カーバンクル狩り8・金の鶏
キメラを仕留めたマッピングアリの動きが止まっていた。勝利を確信したからだろう。知恵を得ると油断が生まれる。
「代償は払ってもらうぞ」
俺は素早く合成針と棒手裏剣を投げた。
敵は当然のように金をまとった腕で防御する。このままでは合成できない、が。
「なんだ、その程度の知恵だったか」
俺が同じ手を使うわけがないだろう。所詮はアリか。目の前の砂糖の粒に気を取られて人間様の手が迫っていることに気づかない。
敵の真上の天井には合成針が刺さっていた。俺がヤツへ他の武器を投げると同時に放っていたもの。
瞬時にもう一本を手元に引き寄せて地面と合成。
「ギギ!?」
アリの頭上の岩盤が崩れて砂礫の雨が降る。
合成魔法の結果が出るのは、二つの針を刺した場所のどちらか。最大距離は分からないが、数十メートル程度なら問題なく合成できる。
簡潔にまとめると、擬似的な瞬間移動が可能ということだ。
戦いに戻ろう。
俺は動揺しているアリに対して素早く近づくと、頭へ直接合成針を刺した。
「なかなか楽しかったよ。実験前のラットと過ごす束の間の戯れのようだった」
「ギギギ」
アリはもがこうとするが全く動かない。金色の身体がただの彫像になる。神の智歯だけが煌々と輝いていた。
ふむ、神具持ちの動きも止められるのか。これはいい情報を得た。ただキメラが喋れたように口くらいは動かせるかもしれない。蟻酸には注意だな。
とにかく勝利。そして俺はキメラに振り返る。
血溜まりに倒れる彼女は、出逢った頃と同じで酷く美しい。アイアンメイデンから引っ張り出した死体みたいだ。
「……シュタイン、治る?」
もちろん治る。が、俺は沈黙した。いや、正確には計算していた。人は窮地に陥った時、本性が出るという。俺との関係性が変わった今、このツンデレ女がどういう反応をするのか個人的に興味がある。
なので少し遊ぼう。
「無理だ」
「え?」
「損傷が深すぎる。助からないな。コボルドを助けられなかったように」
キメラが溶けかけの雪だるまみたいな顔になる。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ……冗談でしょ……?」
彼女の声が震えて、指先が俺の服を掴む。
「私、死ぬの?」
実にいい反応だ。死にかけの人間が見せる顔としては満点である。
俺はロボットの心電図くらい平坦な顔を見せた。
「……最悪ね」
やがてキメラは諦めたように手を下ろす。さらに、釣り人によって陸へ捨てられたフグのように悟りを開いた瞳を浮かべる。
「シュタインお願い、フランを絶対に捕まえてね。それで真意を聞いたら、あとはあんたに任せるわ。きっと合成素材にするんでしょうけど」
人の本性は追い詰められた時に出るらしいが、こんな遺言みたいなことをいう奴も居るんだな。
「もういい。喋るな」
と言うと大体喋るはず。案の定。
「ダメよ……あんたにも言っておくことがあるわ。……あんたのこと、嫌いだったけど感謝している部分もあったわ。……ありがと」
キメラが溜めに溜めたツンデレのデレ期を放出するように優しく語る。もっと早く放出してくれればいいのだが。
ただ、今の発言でひとつ気になることがあった。
「え、俺って嫌われていたのか?」
「ゴポォ!」
血を撒き散らすキメラ。
「ああ! 無理をしないでくれ!」
「あ、あんたね、好かれる要素ないでしょ……。でも出会えてよかったわ。ほんの少しでも生きられたから。“罪”を償えなかったのは心残りだけど……」
罪……俺に誠心誠意尽くせなかったことか?
答えを得ぬまま、彼女は涙を流しながら目を閉じた。
気になる発言はあったが、今は置いておこう。
「キメラの気持ちはわかった。それじゃあ治療するぞ」
「……え? 私、助からないんじゃ?」
「そんなわけないだろう。少し考えれば気づくと思うのだが。今まで合成魔法の何を見てきたんだ。俺とキミが同じ知能を持つ人間とは到底考えられないな」
「ふ、ふざけ——ゴポォ!」
彼女は、飲み過ぎたヴァンパイアのごとく血を吐きながら意識を失った。
さて、後処理だ。
蟻酸すら吐く様子のないマッピングアリを眺める。なんとなく恐怖を覚えた表情を浮かべているように見えた。知恵を得た恩恵だろう。
「ククク、案ずるな。キミは俺の野望の礎になれるんだ」
正義感に満ち満ちた顔をしながら、もう一本の合成針を取り出してキメラへ刺す。
天使を爆殺したかのような白光が二者を包む。白昼夢に似た感覚を味わい、やがてアリは消えてキメラだけが残った。
合成は成功だ。多分。
俺の心拍数が安定してきた頃にキメラが目を覚ます。銀と紅のオッドアイを彷徨わせて、俺と視線がかち合うとおもむろに口を開く。
「私……生きてる?」
「ああ。ついでに少し変わった」
「え?」
「手のひらを上に向けて、金を出してごらん」
キメラが自分の手を凝視する。
ぽろり。金塊が湧いた。
「……は?」
「うむ、成功だ。マッピングアリは金の国エルドラドの礎を築いた魔獣で、コイツが通った道の先には必ず金があるといわれていた。それは先人がついた嘘か、もしくはこの個体はさらに希少で、マッピングアリ自体が金を生んでいたんだ。それをキミに合成したということは、あとは分かるな?」
キメラが目を白黒させながらもう一度手を見る。
ごろり。純度の高そうな金が坑道に転がる。
数秒の沈黙の後。
「ぎゃあああああああああああああ!!!!!」
絶叫が坑道を震わせ、遠くで気絶しているルエガの身体がびくりと跳ねた。
「なにこれ!? なにこれ!? 私、アリ!? 金!? なにしてくれたのよぉぉぉ!!」
「落ち着け。便利だろう? これで一生働かずに済むぞ」
「ふ、ふ、ふ、ふざけんなああああ!!」
金のニワトリの鳴き声はどんなものでも愛おしいな。
俺は、馬車一杯の鉄の斧を川に投げ込んで女神に金と銀の斧を量産させる方法を思いついたキコリのように無垢な笑みを浮かべた。




