第31話 カーバンクル狩り7・マッピングアリ
突如として出現したマッピングアリ。容貌は、端的に言うと金のアリを二本足で立たせたもの。加えて四本腕と額にある紅玉色の神具つき。
マッピングアリという魔獣は戦う相手というより災害そのものだ。下手な立ち回りを見せたら先に地形が死ぬ。
さらに神具、神の智歯により知恵をつけたコイツを逃せば、金の国エルドラドは瞬く間に陥没するだろう。
だから逃がさない、という正義感はない。あるのは合成素材にしたい気持ちだけだ。
「ギギィ!」
マッピングアリが倒壊寸前の家屋みたいな声を上げて右側の腕を地面に刺した。
床が盛り上がり、近くの壁が内側から裂ける。坑道という概念が粘土細工のように再構築されていく。迷宮を描くために迷宮を壊す。なんとも性格の良い建築家である。
「ルエガ!」
呼んでみたが返事はない。さっき壁ごと吹き飛ばされた男は石の山の向こうで微動だにしない。鎧を着用しているし、生きてはいるだろうが意識は深海だ。合成魔法を見られなくて実に都合がいい。
「二人きり、ね」
キメラが薄桃の唇を歪める。軽口のつもりだろうが声はわずかに震えていた。
「悪いが今回も前衛を頼む」
「言われなくても!」
キメラが鞭を打たれた銀馬のごとく獲物へ向けて走り出す。
同時にマッピングアリが腕、いや、掘削用の脚を振り上げる。振り下ろされた先で地面が悲鳴をあげて割れた。
キメラが跳んで回避。さらに空中でシルフの風を足裏から放出し、自身の体を弾丸のように射出する。銀閃を走らせながら、金色の外殻に拳を叩き込んだ。
「かったぁい……!」
キメラがバックステップして距離をとりながら手をワキワキさせる。漫画なら手が腫れ上がっているだろう。
「ギギ」
アリはまるで効いていない様子で、牙をガチガチと鳴らす。
直後、額の神具が光り、坑道の壁に一筋の光線が走る。逃げ道を潰すための設計図を描くように。もちろん人間が当たれば壁画になる。
「クッ!」
キメラは必死に避け続ける。しかし、不安定な足場により、バランスを崩す。そこを狙い撃つように接近していた敵の脚が腹部を直撃。
「ガハッ!」
血が舞う。赤が、茶色の床に吸い込まれていく。
吹き飛ばされたキメラは壁に打ち付けられて地面に転がった。
「うっ……」
三秒も経たずに彼女の目が急に開き、瞬時に起き上がる。
「……ちょっと痛かったわね」
声は掠れていたが意思は鋼鉄だった。
お腹と背中にはキノコの笠。咄嗟に出現させてクッションにしたのだろう。いい機転だ。
彼女は片手を地面に突きつつ相手を睨む。
「で、あんたはいつまで日和見してるわけ?」
「もう少し観察させてくれ。合成針は当たれば勝ちだが、外したり智歯に弾かれれば終わる。慎重に動きたい」
「要するに光線を避ける自信がないのね」
目敏い。こういう時だけ言葉の裏を読むのが上手いな。
キメラが再び突撃する。右手にウンディーネの水、左手にシルフの風を出す。続けて両手を合わせ、それらを無理矢理融合させた。
「さぁて、ちょっと遊んでもらおうかしら!」
キメラの放った渦巻く水流がアリに迫る。敵は四本の腕をクロスさせて防御。
さらに王水のような黄金の液体を勢いよく吐き出した。恐らく蟻酸だろう。
水と酸がせめぎ合う。液体が火花のように周囲へ散る。
俺はその隙に横に回り込み、合成針をマッピングアリの腹部へ投げた。
しかし、敵は酸を止めて、顔をこちらに向けながら腰を落とし、額の神の智歯を使って針を弾いた。
「神具を盾にしたか」
合成針の効力を知っていなければできない動きだ。どこかで見ていたか、あるいは神の智歯は装着したもの同士で情報が共有できるかだろう。カーバンクル達が連携をとって狩人を閉じ込めたところからも後者の可能性は高い。
アリは水流を弾き飛ばして、俺の方へ突撃してくる。当然そうなるか。伊達に知恵を得ていない。
俺は慌てずに合成針を二本投げた。アリは避けもせずに腕でガード。神具以外ならなんでも刺さる魔法針なので平然と腕に食い込んだ。
それを確認した俺は、一本を手元にワープさせて素早く地面と合成する。
一瞬、勝利が脳裏をよぎるが、期待に反して敵の動きは止まらない。
「なに……!」
よく見ると、盾のように、いやボクシンググローブでも嵌めたかのように腕に金をまとわせていた。
クッ、そこまで対処してくるか。普段なら服程度の薄皮一枚くらいまとめて合成できる。だが、極限状態の中、それを見逃してしまったせいで合成に支障が出た。
この一手の遅れは致命的。回避が間に合わない。
「なにやってんのよ!」
銀の救世主キメラが横から来てアリの頭に膝蹴りを入れた。
「ギ」
不穏な一文字を発したアリの動きが止まる。
だが停止したのも束の間、すぐに首をキメラの方へ向けて蟻酸を吐いた。
彼女は手から水を出して対抗する。
「大体こういう奴は口の中が弱点なのよ!」
キメラが両手を突き出し、最大出力であろうパワーで激流を口内へ叩き込む。しかし、相手も蟻酸を濁流のごとく吐き出して対抗してきた。
正義と悪の視線がかち合ったかのように両者の奔流が乱れ飛ぶ。
俺は間隙を縫うように慎重かつ大胆に近づく。合成針の射程範囲内に踏み込んだ、その時。
アリの右腕の一本がランスのごとく鋭利になる。
俺が警告を発する猶予すらなく、金の槍がキメラの腹を貫いた。
「キメラ!」
「クハッ……!」
キメラは血を吐き、銀の瞳が濁っていく。
マッピングアリは槍になった腕を振り、キメラを床へと転がした。
「ああ、貴重な銀の器になんてことをしてくれたんだ。掘り出し物なんだぞ」
俺は、盗んだ壺で人を殴り殺してしまい、割れた破片を眺めながらこれで売れなくなったと嘆き悲しむ少年のように眉をひそめた。




