第30話 カーバンクル狩り6・真実
商会長コボルドを殺して逃げる魔女フラン。死神のごときローブをはためかせて。追うキメラは飢えた銀狼のよう。最後尾には俺。
身体能力はそれほど高くない俺がようやく二人に追いつく。地下通路の先でキメラとフランは交戦していた。拳と杖がぶつかり合って空気が軋む。まるで感情そのものが殴り合っているようだった。
「どうしてよ!」
キメラの声が震える。
「どうしてあんたは研究所や孤児院を焼いたの!? 答えなさいよ!」
フランは答えない。ただ杖を構え、後退しながら防御するだけだ。
「私に向けてくれた優しさは偽りだったの!? 全部、嘘だったの!?」
叫びは刃より鋭い。だが、その刃は空を切る。フランは一言も返さない。
沈黙。それが一番、残酷だった。
キメラは怒りと悲しみを混ぜ合わせて力でねじ伏せるようにフランを追い詰める。あと一歩。だがしかし。
横合いから、熱。
「な、なによこいつ!?」
火を吹くトカゲ型の魔獣が飛び出してきた。赤く焼けた鱗、歪な顎。そして、身体の一部に見覚えのある布切れが巻かれている。
「……あれは」
俺が言い切る前にキメラは動いた。
「死んでろッ!」
一切の躊躇なく、かかと落としでトカゲの頭蓋を割る。
魔獣は断末魔の叫びすら上げずに崩れ落ちた。
その一瞬の隙をフランは逃さなかった。通路の奥へと影のように走り去る。
「待ちなさい!」
キメラが追う。俺も続く。
フランがいくつかの曲がり角を曲がった、刹那。
「——お前はフランか!?」
聞き覚えのある軽い男の声。恐らくルエガだ。
玉響、轟音。地面が跳ね、天井が泣き、砂煙が通路を覆い尽くす。
「チッ!」
キメラが即座にシルフの力を使用する。風が唸り、砂煙を吹き飛ばした。
視界が明瞭になった先に立っていたのは——ルエガだけ。
「フランは!?」
「残念だが逃げたよ」
ルエガは親指で背後を指す。そこは土砂で完全に塞がれていた。隙間にローブの一部が挟まっている。
「杖で天井を破壊して逃げやがった」
……なるほど。下手に壊せば、こちらが生き埋めだ。殺るのは不可能。
「最悪……」
キメラが吐き捨てる。
「仕方ない。コボルドに捕まっていた人達を助けるか」
俺は息を整えつつ進言した。
「コボルド? どういうこったぁ?」
ルエガが黄色いクチバシのように口を尖らせながら眉をひそめる。
俺達は戻りながら今までの経緯を簡潔に話した。落盤により下へ落ちた後、進んだ先にフランのお菓子工房とでもいうべき実験場があったこと、そこにコボルドがいたこと、フランが現れて追いかけてきたことなどだ。
「——あらましはこんなものだな。ところで、他の狩人達はどうした?」
俺が問うとルエガは暗い顔をした。
「全員確認できたわけじゃないが、俺様以外は落盤の時に死んだよ」
ルエガが歯噛みする。
「……そうか」
貴重な労働力が。せめて脳みそを回収しといて欲しかった。
俺は、ヤギに足裏を舐められている罪人のような複雑な顔を浮かべた。
そんな会話をしながら歩いていると、キメラとフランが交戦していた通路へと戻ってきていた。
俺は赤いトカゲの死体を指差す。
「ルエガ、見てくれ」
「これは……!」
キメラのかかと落としで死んだトカゲ型の魔獣。そいつの体には見覚えのある服がくっついていた。
「俺達と一緒にいた狩り仲間の服だ。奴はフランの菓子を食べて火の魔法を使っていた。つまりこの死体は“魔獣化した人間”だ」
少し前に戦った鎧型魔獣リビングアーマーも同じく魔獣化した人間だろう。俺とキメラが初めて青銅区に行った時に喧嘩を売ってきた男。鉄のように硬くなる魔法を使っていた。
「菓子の副作用、か?」
「多分な。これがあるからコボルドは公に実験できなかったんだろう」
「なんてこった……悪魔の所業じゃねぇか」
ルエガは嘆きながら立ち上がる。
そして先にいる人間を解放するため奥へ進もうとした、瞬間。
地鳴り。巨大なドリルで掘削しているような音が近づいてくる。
「な、なんの音!?」
「んだぁ!?」
考察する間もなく、横の壁が爆ぜてルエガの身体が吹き飛ばされた。
「ガハッ!」
壁に叩きつけられて、そのまま気絶。
穴の向こうに立っているのは二足歩行の何か。
額には妖しく光る紅色の石。恐らく神具、神の智歯だ。しかし、カーバンクルではない。全身金色。顔はアリ。
嫌な予感が確信に変わる。
「……マッピングアリか」
絶滅したはずの魔獣。山も地面もただ掘り進める存在。地形を壊し、逃げ道を奪う最悪の相手。
俺とキメラへ同時に緊張が走った。
「来るわよ……!」
「ああ」
これ以上この地下で道を壊されるわけにはいかない。帰還が面倒になるからな。
俺は、荒武者が人の生首をなくさないよう大事に持つように、合成針をしっかりと握りしめた。




