第28話 カーバンクル狩り4・崩落
カーバンクルの罠により大広間に閉じ込められた狩人達は瓶詰めのハエみたいに壁際へ寄り集まっていた。天井は高いが希望は低い。むしろ地面と同じ高さで横たわっている。
「チチチチチ」
三匹のカーバンクルが額の宝石をきらめかせながら鳴いていた。あれは笑い声だ。間違いない。知恵を得た魔獣ほど性格が悪くなるという学説を論文にまとめて学会で発表したいくらいだ。
「来るぞ!」
誰かが叫んだ、直後。
額の宝石が光る。ルビー色の光線が一直線に空気を焼いて狩人の一人を貫いた。音はなかった。あるのは人がこの世から消えるという事実だけだ。
「うわあああ!」
誰かの悲鳴が反射して戻ってくる前に次の光。カーバンクルはすばしっこく移動し、撃っては跳ね、跳ねては撃つ。まるで広間全体が射撃場で人間だけが的だった。
「くそっ……くそぉ!」
剣を振り回す狩人が突っ込む。結果。壁に焼き付いた影が一つ増えただけだった。芸術性は高いが評価はしたくない。
数が減っていく。悲鳴が間引かれていく。希望はもう絶滅危惧種だった。
「……う、うぷっ」
さっきから顔色が悪かった男が膝をついた。全員が思ったはずだ。今吐くな、と。
だが、彼は期待を裏切って盛大に吐いた。ただし内容物が違う。
「ごはぁっ!」
プロレスラーが毒霧を吐くように、いや、ゲロみたいに“炎”を吐いた。
「ほう」
俺は感心した一言を吐いた。
「チチチチィ!?」
炎はカーバンクルを直撃し、宝石以外を黒焦げにする。知恵を得た魔獣も火には弱いらしい。
「魔法……!? まさか、お前——魔女フランのアメを食べたのか?」
誰かが訊ねた。件の男は頭を掻いて気まずそうに笑う。
「だはは。魔法が使えるって言われたら、そら食うだろ。まぁいいじゃねぇか。カーバンクル倒せたんだし」
いいわけがあるか。だが、今は評価しよう。結果オーライ学会名誉会員だ。
しかし。残り二匹のカーバンクルがこちらを睨む。
「チチッ!」
「上手くやりなさいよ!」
キメラが叫び、銀狼の地団駄のごとく地面を殴った。衝撃と同時に砂煙が舞い上がる。視界ゼロ。だが、これは味方から隠すためのゼロだ。
上手い。これで心置きなく合成できる。
俺は踏み込んで合成針を一本カーバンクルに刺した。神具の宝石を避けて肉体部分だけを合成崩壊させる。
「チ——」
短い断末魔。俺は死体に対して、希望を失ったラットを見るように優しい視線を向けた。
「ヒュー、やるねぇ」
少しして砂煙から出てきたルエガが、ムクドリのように口を尖らせて口笛を吹いた。手にはカーバンクルの死骸。どうやらもう一匹はルエガが仕留めたようだ。
「ひゃっほー! これで大金持ちだぜぇ!」
誰かが叫ぶ。バカほどなぜか生き残りやすい。
「油断するな。まだ通路を崩落させたやつがいるはずだ」
智歯は別名、親知らず。神がどれほどの歯を持つか知らないが、最低四つはあると考えていた方がいい。
「あん? うるせ——」
バカが文句を唱え終わる前に地面が震えた。
来る。俺は前後左右上下全てに気を配り、敵の襲来に備える。だが。
「——ッ!」
足元が浮遊する感覚。世界が落ちた。
床が崩れて狩人全員が奈落へと吸い込まれる。
「うわあああ!」
「な、たすけ——」
「ちきしょうッ!」
悲鳴と崩落の不協和音が奏でられる中、俺は落ち切る前に銀眼の女神に抱えられた。
「ふむ、助かる」
もちろん正体はキメラだった。彼女は俺を抱えて崩れる岩を平然と渡り、上手く着地した。ほどなく土煙と轟音が薄まっていく。
「俺を優先して救助するとは、さすが俺の嫁だな」
「ふん。あんたに死なれたら元に戻れなくなって困るからよ」
「ツンデレ一族のデレ期はいつなんだかな」
それともこれがデレなのか。
「黙りなさい。地面に叩きつけるわよ」
そう言いながら丁寧に下ろされる。優しさが口より行動に出るタイプだ。型通りのツンデレ。型抜きの型にして切り抜きたいくらい愛おしい。
俺は無事だった荷物から明かりを取り出して周囲を見回す。土砂だらけ。誰もいない。八方塞がり。地下水の流れる音だけがやけに大きい。
「で、どうすんの? まさか、あんたと一生ここで暮らすしかないわけ?」
「水も食料も空気もキミから貰えるから不可能ではないが、間取りは悪いし、ベッドもない。俺のパーフェクトな頭脳をしっかり休ませられないようだから辞めておこう」
「真顔で言うな」
「だから地下水を吸い上げてくれ」
「……は?」
「ウンディーネの力を使えばできるはずだ」
キメラが半信半疑で地下水に手を伸ばす。すると。
「えええ!?」
水が吸い上げられていく。あっという間に地下水は干上がり、手のひらにバスケットボールくらいの圧縮された水の塊が浮かんでいた。
「成功だな。こんな時のために強力そうなウンディーネを合成しておいてよかった」
「ああ……どんどん人でなくなっていくわ」
「キミは人なんてカテゴリに納まる器じゃない。自信を持ちたまえ」
「うるさい」
釣り上げられた魚みたいにプリプリと怒るキメラを先頭に地下水道を進む。
出口はあるのかと不安がよぎり始める寸前。道の先で光が見えて、広い空間に出る。
「なんだ、これは……!」
見ると、複数の実験動物がいた。ガラの悪そうな男、子供や老人、果ては魔獣などが鎖に繋がれて動けなくされている。
さらにそこにいるはずのない男が立っていた。小綺麗な服、疲れた犬みたいな顔。鎖には繋がれていない。そいつがこちらに気づく。
「お前達、なぜここに……!?」
俺は目を細める。
「ほう、“コボルド商会長”じゃないですか」
その男はエルドラド鉱山の管理者にして、商いを牛耳る金の国エルドラドの影の支配者であった。




