第27話 カーバンクル狩り3・智歯
俺達は鎧魔獣リビングアーマーの残骸を背に、さらに坑道の奥へ進んだ。勝利の余韻というのは湿った空気の中では長持ちしないようで、歩く度に靴底からじわじわ剥がれ落ちていた。
「ここから先は地図に描いてない道だぞ。だから、より一層警戒するんだぜ?」
ルエガの声は軽いが、その軽さは氷の上を歩く時の慎重さに似ていた。
「ああ」
俺は短く返す。
しばらく進むと、坑道はふいに腹を見せた。天井が高く、横にも広い、開けた空間だ。閉所に慣れた目には妙に落ち着かない。
「敵影なし。つまんないねぇ」
ルエガが怠けた炭鉱のカナリアのようにアクビ混じりで発した。
直後、キメラが一番後ろにいたトカゲ顔の男へ振り返る。
「ちょっと待って。あなた、大丈夫?」
まるで温度計を見るような目だった。俺も彼女の視線をたどる。男の顔色は鉱石を削りすぎた壁みたいに灰色だ。
「さっきから胸の辺りが痛んでな。でも大丈夫だ。気にせず進もう」
無理をする人間ほど大丈夫を過剰に使う。死神に対する牽制のつもりなのだろう。
「調子が悪いなら帰ってもいいんだぜ? 見送りはできねぇけどさ。命は大事にだ、親友」
ルエガのデスゲーム主催者みたいな慮った声が反響した。
「……いや、金が掛かってんだ。行くよ」
金はいつだって人間の寿命を担保にする。哀れだな。
「ならせめて少し休憩しましょうか」
キメラの提案に誰も反対しなかった。
俺は腰を下ろして手持ちの紙束を取り出し、それに筆を走らせる。
そこへルエガが死にかけのヒマワリのように顔を覗かせてきた。
「何書いてんだ?」
「この坑道の地図だ」
「複製して売るのかい?」
「いや、ただの趣味だよ」
本当は合成魔法のイメージトレーニングだ。合成は想像から始まり、創造で終わる。曖昧な線は、曖昧な結果しか生まない。だから常に訓練する。ヒモ男になるためなら努力は怠らない。それが常識。
「ふぅん。いい趣味じゃん。ついでに売ったらいいのに」
「小銭に興味はない。それより聞きたいんだが上級坑道と下級坑道は繋がっているのか?」
ルエガの動きがカラスに睨まれた小鳥のように一瞬止まる。
「……いや、そんなはずはないが。どうしてそう思った?」
「下級坑道でカーバンクルの目撃情報があっただろう。俺も行ったことがあるが、小さな抜け穴のようなものもあった」
「あーそんな情報あったなぁ……カーバンクルだけ抜けられる穴はあるのかもな。でも人間が通れるような大きな道は聞いたことねぇなぁ。ま、俺様もそんなに詳しいわけじゃないけどさ」
使えない博士だな、と優しい言葉が頭をよぎった刹那。
「チチチチ」
音は来た道とは逆の通路から聞こえた。ネズミの笑い声を宝石で濾したような音。
左頬に傷のあるカーバンクルがそこにいた。
「あ、またでやがった!」
ルエガが立ち上がる。俺達も続く。空気が一斉に前傾した。
カーバンクルは反転して逃げる。
「舐めるな」
俺は棒手裏剣を投げた。進行方向を塞ぐように。
「チチッ!」
ネズミは驚いて止まる、その一瞬。
「鬼ごっこは終わりよ」
キメラが尻尾を掴む。
「やるねぇ」
感嘆しながらルエガはカーバンクルの頭に手を伸ばす。どうやら石に変えるらしい。素晴らしい判断の速さだ。しかし。
「ん? 変わらない!?」
確かに彼の神具“神腕”は、額の宝石に触れているが作動していない。
動揺が考察へと色を変える間際、いきなりカーバンクルの宝石が発光を始めた。
「まずいわ!」
キメラがカーバンクルを誰も居ない方へぶん投げる。玉響、ルビー色の光線が壁と天井を焼いた。世界が溶ける音を立てる。
「マジかよ!?」
カーバンクルは体操選手のように華麗な着地を決めて小さな穴へ消えた。希望はまたしても現実から逃走した。
「くそ、穴に逃げられたら終わりだねぇ。無駄だろうけど塞いどくか」
ルエガは腕を大きく回して壁を殴った。豆腐のように崩れて小さな穴は塞がれる。
そこで俺は思いついた疑問を口にした。
「聞きたいんだが、神具は他の神具を壊せるか?」
「いや、無理だねぇ。神具が壊れたという事例は一つもない……あ!」
「お前も気づいたか。さっきの宝石は恐らく神具だ」
下級坑道で俺の合成針が刺さらなかった理由と、ルエガの神腕が起動しなかった理由が音を立てて繋がる。
「だとしたら一つだけ心当たりのある神具がある。“神の智歯”だ。契約者に知恵を与えるとされている神具。王立魔法研究所の初代所長が持っていたと聞いたことがある。ただ、所長が亡くなったことで神具は行方不明になったはず」
ルエガが神妙な面持ちで答えた。
「ねぇ」
キメラが首を傾げる。
「さっきのカーバンクルの鳴き声って、ネズミ型魔獣のコロコロに似てなかった? もしかしたらアイツって、コロコロが智歯を得て進化したものなんじゃない?」
ルエガが、鱗粉をまとった黄色いカーネーションのような金髪を揺らしながら顎に手を当てる。
「可能性は否定できない。神具には解明されていないことが多いからね。それと神具は“求める者の元に集まる”といわれているし、知恵を求めたコロコロの願いを感じとって現れたのかもね」
各々納得したような表情を浮かべた。
沈黙と呼べない時間が経過する前に、俺は追加で疑問を投げかける。
「もう一つ聞きたいんだが、“智歯”といったな? ということは——」
言い終わる前に怒声が空気を裂く。
「カーバンクルがいたぞ!」
俺達四人は顔を見合わせて頷くと、話を中断して走り出した。
声に導かれた先には、またしても大広間があった。
そこにいたのは十数人の狩人。
それとカーバンクル。ただし数は“三匹”。右頬に傷、左頬に傷、無傷の三体。
「やはりか」
智歯——別名、親知らず。つまり一本とは限らない。
俺の思考が終わる前に地面が唸った。
「な、なんの音だ!?」
誰も答えを得ないままに背後の通路が崩れる。退路は過去形になった。
「チチチ、チチチ」
三匹のカーバンクルが笑っているように見える。
「まさか……一網打尽にする気か?」
誰かがつぶやいた。
神の智歯。知恵を与えるといわれる神具。どうやら追い込んでいたつもりが、こちらが実験台にされていたようだ。
「ふむ、面白い」
思わず俺の口から漏れた研究者らしい言葉。
しかし一方で、緊張が血管を緩やかに締め上げていた。




