第25話 カーバンクル狩り1・初見殺し
カーバンクル狩り当日。
金区南西にある上級坑道前の広場は人間という名の獣が群れる肉の市場だった。五十人ほどの冒険者、傭兵、ならず者、夢追い人。欲望と金臭さが混ざった空気は湿った鉱石の匂いのように肺に絡みつく。
見たことある顔もあった。錬金魔導士ルエガは当然として、青銅区で絡まれた輩の一人、魔女フランのアメを食べて魔法が使えるようになったやつがいた。薬物中毒者が麻薬捜査官の群れに混ざっているようなものだが大丈夫なのだろうか。
ともかく、そいつらに混ざって立つ俺とキメラはどう見ても異物だった。
乾いた土に置かれたガラス細工と、泥の中に落ちた真珠。調和という言葉が泣いて逃げ出す配置だ。
案の定というべきか、筋肉で出来た岩石みたいな男が吠えた。
「おいおい、ミミズみてぇなヒョロい男と高級娼婦が混ざってんぞぉ? どういうこったぁ?」
視線が刺さる。好奇心と侮蔑が混ざった針の雨。
俺は静かに言葉を落とす。
「ここにいる時点で只者ではないと分かりそうなものだが……質の低い雑兵もいるんだな」
言葉は刃物だ。使い方次第で肉も空気も切れる。
「んだてめぇ!」
筋肉岩が動く。地殻変動の予兆。いやコイツには無理か。
そこに割って入ったのが、太陽に近づき過ぎた黄色いバラのように輝く金髪のルエガだった。
「まぁまぁ、落ち着いてよー。二人も俺様の親友で実力は折り紙つきだよ」
軽い口調で筋肉の塊を宥めた。
「ルエガさん、ホントっすか?」
「ホントホント」
岩は黙った。筋肉は知性よりも肩書きに弱い。
こうして場は沈静化した。
やがてルエガが猛者達の前に出て、箱で作った簡易壇上に立つ。
「さて、カーバンクル狩りの説明すっぞ」
空気が変わる。雑音が消えて欲望が一点に収束する。
「ルールは簡単。誰がカーバンクルを倒しても賞金は山分けな。揉めないための措置だ。それと怪我人が出ても続行、死人が出ても続行する。大金が動いてるからね」
冷たい現実。命が経費として扱われる世界。
「わかりやすいだろ? 死にたくなけりゃ、今すぐ帰りな」
ルエガの厳しい言葉。異論は出なかった。沈黙とは同意の別名だ。
「うん、優秀な人間しかいなくて助かるよ」
ルエガは続けて魔獣の説明を始める。
上級坑道では、粘液型魔獣スライム、ネズミ型魔獣コロコロ、木箱型魔獣ミミックが出没するらしい。ミミック以外は特に危険はなさそうだ。
それらの雑魚の羅列が終わり、次の説明へと移る。
「んじゃ、賞金首の説明もしとくぞ。もし出くわして、倒したらさすがに賞金はそいつのもんだ。後で調査するから横取りしようとしても無駄だからな。仲間割れすんなよ」
笑いが起きる。ルエガも笑いながら馬を宥めるような仕草をして話を再開する。
「出くわす可能性があるのは二体。まずマッピングアリ。山と地面を縦横無尽に掘り進むアリ型魔獣だ。その掘った先には必ず金があるといわれている夢のような賞金首さ。大昔に絶滅したらしいが、俺様はまだ現存していると信じてる」
この国エルドラドが発展したのも人間がマッピングアリの労働成果を横取りしたからだ。掘った穴を元に金を掘り、人を呼び、国ができたというわけである。
「もう一人の賞金首は魔女フラン。みんなご存知の大量殺人鬼だ。最近、エルドラドに出没しているらしい。神具持ちの可能性が高いから注意な」
キメラの肩がわずかに動き、花の香りが漂う。フランの名を聞く度に分かりやすい反応をする愛らしいやつだ。
「こんなもんかな。何が起きても柔軟に対応できないと死ぬから、ある程度の緊張感と余裕を持って事に当たれよ。んじゃ事前に決めておいた組に別れて出発すっぞ」
ようやく出発だ。
五人一組、十組に分かれて別々の入口から上級坑道へ。
俺とキメラはルエガと同じ組。他に二人。トカゲ顔とセミ顔の男。
俺は調理屋クックから借りた兜を被る。汗臭かったので事前に花を合成しといた。だから、いい香りだ。他にも肘当てと脛当てをつけている。鎧はいざとなった時に合成針を投げづらいので装着していない。
「ダサい格好ね。絶対旦那にしたくないわ」
「俺の貴重な脳に傷が入るよりいい」
キメラは布の服のみ。さすがにそれもどうかと思う。
それを見たルエガが口を挟んでくる。
「キメラちゃん、本当にそんな服装でいいのかい?」
「大丈夫よ。兜は髪が乱れるし、視界も狭まるからつけたくないの。動体視力がいいから落石くらい避けてみせるわ。それにいざとなったらステキな旦那様が守ってくれるしね」
俺に銀色の流し目を向けてくる。
「ああ、キミは俺が必ず守るよ」
俺は地平線より平坦な声音でいった。
「あはは、男女の恋愛模様はたくさんみてきたつもりだけど、キミ達のようなのは初めてだ。付かず離れず、信頼しているのか、いないのか。裏でどんな睦言を交わしているのか全く想像がつかないよ」
ルエガが死んだ金目鯛のような瞳で苦笑した。
「知らない方がいいわ。闇しかないから」
「そうだな。深淵は覗くべきではない」
俺とキメラは睨み“愛”をしながら、大金を盗んでいつ裏切るか画策するコンビ強盗のように笑い合った。
それを見たルエガ含む他の三人は殺人現場を見た新人警官のようにドン引きしていた。
その後。
俺達五人は支給された地図を見ながら上級坑道へと進入した。中は死刑囚の未来よりは明るい。
「地図は参考程度に留めとけよぉ?」
地図は途中までしか描かれていない。まるで人生設計書のようだ。
ルエガの言葉に俺が口を開く。
「全員いる時に言うべきだったな」
「知らないのはシュタインだけじゃないか?」
なに? みんな知っていたのか。……常識人の俺がなんたる不覚。
平静を装いながら歩いていると広い空間に出た。
坑夫の道具が隅に積まれている。放置された鉄と木。労働の死骸。
その中央に石の棺。不自然なほどに堂々と置いてある。
「なんだこの石の棺? 真ん中に置くなよ」
同行していたセミ顔の男が近づく。
「よせ! 離れろ!」
ルエガが叫ぶ。
「え?」
次の瞬間。セミ男の体が消えた。
「う、うわあああ!!」
叫び声だけが残り、肉体は石の棺に吸い込まれていた。棺には無数の牙。スイカを咀嚼するような小気味いい音が響く。
さらに棺を観察すると、無数の目玉がくっついていた。まるでホタテのようだ。
「ミミックだ! どいてろ!」
ルエガが声を張り上げながら右手を棺に触れさせる。
刹那、石の棺が紐のように崩れ、渦を描きながら右手のひらへ吸い込まれていく。まるで空間そのものが巻き取られていくようだった。
最後にルエガが手を握る。消滅。再び開いた掌の上には金色に光る石。これが神具、神腕の力か。
「石の棺型ミミックとは驚いたねぇ。大体、木箱なんだが……固定観念ってのは恐ろしいぜ」
知識とは鎧だが同時に盲目の布でもある。
「キメラちゃん、人が死んでも動揺しないんだねぇ」
「人の死には慣れてるわ。魔獣に殺される人なんて珍しくないし。……悲しいけれどね」
俺も何も感じなかった。普段、合成で命を弄んでいるからだ。死は現象でしかない。
それよりもルエガの神具、“神腕”の方が気になる。
一撃で魔獣を屠る錬金魔法。触れるだけで存在を分解し、石ころに再構築する力。まるで賢者の石を作るように。
欲しい。純粋な研究者としての欲望が静かに疼いた。手に入れれば俺の世界は一段階進化する。
……ちょっとだけ脳を弄らせてくれないかな。
ルエガのほぼ金色しか覗かない玉虫色の瞳を観察しつつ、俺達は先へ進んだ。




