第21話 調理実験
青銅区にある家に戻るとニワトリ風人間が歩いていた。もちろんクックのことである。
「おかえり」
「クック、突然で悪いが頼みがある。——料理屋を開かないか?」
「なんだよ急に」
「カーバンクル狩りに必要な資金と人脈を得る方法を思いついてね。それにはクックの協力が必要なんだ」
「なんだそれ。胡散臭ぇな。まさか非合法なやり方か?」
「いや、クックも得をする話だ。ただ、店の治安が悪くなるかも知れないという懸念はあるが」
「もう少し詳しく聞こうか」
俺は計画の全容を話した。飾りすぎず飾らなすぎず、プレゼンのように。
聞き終わったクックはフクロウのような凛々しい顔で考える。
「……いいぜ。損はなさそうだし、オレには料理屋を開くって夢があったしな」
「キミにぴったりの夢だ。その足掛かりになれて光栄に思う」
失敗しても手からチキンナゲットを出せる体にしてやるからな。もしくは首なしニワトリのように頭が無くてもしばらく生きられるようにする。
俺は、人を百人殺してから殺人は良くないと気づいた殺人鬼のような正義感の溢れる顔でクックと握手をして結束を強めた。
翌日の朝。
空は全財産を賭けた万馬券を外した時の顔くらい青く、清々しい気持ちが溢れてくる。
俺とキメラは材料集めのために露店市へ。昨日よりは向けられる視線は減ったが、それでもキメラへ自然と集まってくる。しかし彼女は虫の声を聞き流すように周囲を気に留めず、俺へ話しかけてくる。
「ねぇ、私のキノコをオムレツに入れるのはどうかしら?」
「何度も言わせるな。NTR感があるからダメだ」
「変なとこ合理性に欠くわね」
「男の夢は時に遠回りすることもある」
「バカみたい」
「夢のない男よりはいいだろう?」
「それが悪夢なら意味ないでしょ」
そんな逃避行中の殺人鬼カップルのような楽しい会話を交わしながら材料を集めた。
忙しなく足を動かしているうちに昼になっていた。青銅区にあるクックの家は太陽に干された鉄鍋みたいに温かい。
朝の用事を済ませた俺達は再び集結し、三人揃って調理場に立つ。
「よし、全員集まったな。じゃあ調理実験を始める」
机の上には、卵、塩漬け肉、花の根、香草、エルドラドトマト。まるで錬金術の素材表だ。
調理人はもちろんクック。指示は俺。
「で、シュタインよ、まずはどうするんだい?」
「オムレツを作ってくれ。ただし、形と具材は変更だ」
卵、塩漬け肉、“花の根”でオムレツを作る。
クックは以前に牡蠣があればオムレツがもっと美味くなると発言していた。そこで俺が目をつけたのは、サルシファイもどきの花の根。牡蠣の香りがすると言われている根っこだ。孤児院跡の花畑からもらってきた代物である。
花畑は移転した孤児院が管理していて、事情を話したらあっさりくれた。売り上げの一部を寄付するつもりだと伝えると、話は嵐の海でばらばらに漂っていた破船の板が気づけば一基の棺桶になっていたかのごとく簡単にまとまった。
その寄付という行為がクックを懐柔するのに一役買った。彼は人情に厚い。俺達から輩を助けたことや、俺達に宿を提供してくれたことからも明らかだ。
俺は、その人の良さにつけ込んだ。まさに常識人だ。
「あらよっと」
俺の指示通りに作っていたクックが最後にフライパンを返すと、見事に楕円形のオムレツが完成していた。
クックが仕上げにオムレツの形を整える。料理は味だけではないという思想を皿の上で具現化する。
彼のオムレツはこれまで卵の上に具材を乗せるだけの坑夫仕様だった。栄養、量、速さ重視。
だが俺の狙う客は富裕層だ。彼らは胃袋だけではなく、視覚でも食事をする。ゆえに形も重要なのだ。
「こんなもんでいいかい?」
「ああ完璧だ。後はトマトソースと香草を振れば完成」
現代人の誰もが想像する美麗なオムレツにトマトソースと刻んだ香草をかける。
「いい見た目だな」
クックが、初めて卵を食うニワトリのように恍惚とした表情になった。
「見るだけで食欲が湧くってのは大切だ。いいスパイスになる」
いよいよ実食だ。まずクックが木製スプーンで掬い、ゆっくりと口へ近づける。そして。
「……美味い。本物の牡蠣には劣るが花の根も悪くない。食感も程よい弾力で食べ応えがあって飽きが来にくい。何度も食べたくなる味だ。初めて作ってこれなら、さらに美味くできるはず」
それは助かる。料理はクックに任せるつもりだった。彼はいずれ料理屋を開きたいと言っていたし、利害は完全に一致している。
その後、三人で食べたオムレツは、希望ある未来の味がした。
「二人には秘密にしていたが、もう一品ある」
オムレツを食べ終えた後に俺がそう発言した。
「え! ほんと!?」
食いしん坊キメラは、月を望む銀狼のように瞳を輝かせる。
俺は桶を取ってきて、中の青いゲル状物体に小さなカップを突っ込んで掬う。それを皿の上でひっくり返して山型に盛った。
「なんだこれ?」
クックが焼き鳥を見るニワトリのように疑問符を浮かべた。
「“スライムゼリー”だ」
「待て、スライムは食えないだろ?」
「これは新種だ。最近見つけた隠し球だよ」
ま、嘘だけどな。合成魔法産オリジナル魔獣だ。魔獣と動物の境界が曖昧なこの世界ではこのハッタリは効く。
二人は訝しみながらも揺れるゼリーにスプーンを入れる。
「おいしー!」
「美味いな。味は単調だが、冷たさと喉越しがそれを補ってくれている」
二匹の反応に俺は口角を上げる。
「よし、メニューに追加し——」
言いかけた俺をキメラが止めた。
「残念だけど、この料理には問題があるわ」
「オレも思った」
クックも同調した。
問題だと? バカな。この常識を擬人化したような俺が、そんなことに気づかないはずはないんだが。
「スライムって“ゴミ処理”に使われるのよ。それを食べるのは抵抗があるわ。特に貴族は美を重んじる人種よ。絶対、口にしてくれないでしょうね」
……なるほど。食文化とは味覚だけでなくイメージでできているというわけか。しかし。
「食べられたらなんでもいいと思うのだが……」
「人の心がないあんたには難しい問題だったわね」
バカな。人を更生してきた俺に心がないわけが……。
とにかくスライムゼリーは静かに歴史の闇に葬られた。
残ったのはオムレツ。これだけでは弱いな。何かさらに策を考えないと。




