第17話 銅区2・コカトリス
銅区の露店をまわりつつキメラの火照った顔を見つめていたら鳥の声が聞こえた。甲高く、しかし金属質で、どこか不自然な鳴き声。
音源には紫色のニワトリがいた。羽は妖しく光り、目は宝石みたいに冷たい。
「……毒々しいな。しかし魅力的だ」
「紫のニワトリって初めて見たわ」
タコ顔をした露店の主がこちらに気づく。
「お、噂の美女と凡人じゃないか」
キメラが吹き出す。その振動が繋いだ手を通して伝わってきた。糸電話になった気分だ。
「そいつはニワトリじゃねぇ。魔獣だ。コカトリスっていうんだぜ」
コカトリス。ファンタジー作品では割と定番の名前だな。
キメラがエサに興味津々なスズメのように近づく。
「意外とかわいいわね。売り物なの?」
「もちろん。卵は孵化しないが食えるし高く売れる。ゲロも薬になる。肉も食える。全身金になる最高の魔獣だ」
「なら自分で飼った方がいいんじゃない?」
「ちょいと凶暴でね。油断するとすぐ血まみれにされちまう」
タコ店主は手足や腹に巻かれた包帯を見せる。
「だから多めに捕獲したら売るようにしてんのさ。エサにしようとしたらエサになってたなんて笑えねぇだろ? あとは魔獣を飼うなら一匹ごとに国の許可と税金が必要でよ。飼育の面倒臭さと収入を天秤にかけて諸々考えた結果、今の商売形式ってわけだ」
「勉強になるわ。意外と考えてるのね」
「どうだいお姫様、一匹。手続きは無償で手伝うよ」
「高いから辞めとくわ」
「そっちの王子様におねだりしても無理かい?」
俺に視線が向く。
「一手遅い。キングが倒れてからでは王子は生まれない」
「お、おう?」
銛で突かれたタコみたいな顔になる店主。
キメラは口を牛の鳴き声を出しそうな形に変えて、俺の手を強めに握ってくる。
「気にしないで。この人は自分が頭いいと思い込んでいる変人なの。わかりにくい言い回しで周囲を困らせることで悦にいるのよ」
ふん、俺の天才的な言い回しが理解できないとは所詮は実験動物か。
冷笑していると、タコ店主がキメラに奇特な視線を送る。
「そんな奴と一緒にいるお嬢さんも変わり者ってことかい?」
キメラの握力が一段上がる。
「……あなたは交渉術を学んだほうがいいかもね」
皮肉を言いながら、シルフの力でただの突風と勘違いする程度の空気を放出する。
タコ店主は目を眇めた。そのまま風を浴び続けたらタコの乾き物になるだろう。
店主が顔を拭いているうちにコカトリスの鳴き声を聞きながらその場を後にした。
人々の喧騒の中で俺は考える。
「魔獣と動物の違いってなんだろうな」
「闇から湧いて魔法じみた力を使うのが魔獣でしょ」
キメラが教科書からそのまま引用したような回答を述べる。
「それはそうだが、こうして食べられたりするなら境界線が曖昧じゃないか?」
「細かいわね。人間に無害ならそれでいいじゃない」
正解ではあるが、議論を放棄しているな。こういうところからアイデアが生まれるというのに。
俺は使えない討論相手を無視して思考を続ける。
魔獣と動物の違い。危険でも金になれば資源になる。役に立たなければ災害になる。発酵と腐敗の違いみたいなものかもな。俺はそう結論付けて納得した。
それからも露店市を一通り回る。手を繋ぐ握力が安定した頃にキメラが話しかけてきた。
「ねぇ、思ったんだけど私のキノコを売ったらどう? 無限に出せるし、それで当面の資金は稼げるでしょ?」
「ダメだ」
「なんで?」
「寝取られ感があるからだ」
「……はぁ?」
「嫁の体の一部を与える。これは俺からしたらNTR判定だ。オタク文化に造詣が深ければ理解できるものもいるだろう。髪の毛一本渡したくないという心理をな」
俺が漫画、アニメ、ゲームなどに理解があるのはそこにしか“火を吐けるヒロイン”が居なかったからである。そのお陰でサブカル世界をわずかだが知れた。
「それに合成魔法で作成したものを売るのは市場破壊に繋がる。単純にそれ一つで栄養が取れて、無限に増やせるキノコだからな。一瞬で噂が広がり、最悪の場合は賞金をかけられて命を狙われることになる。そうなると金稼ぎもフラン捜しも失敗に終わるぞ」
「なるほどね。あんたが気持ち悪いってことだけ分かったわ」
キメラが手を離そうとするのを握り直した。磁石でも合成していつでも引き寄せられるようにするのもいいな。
それから最後に立ち寄ったのはアクセサリー屋だった。金属と石と紐とガラス。光の墓場みたいな露店。
キメラがピンクのリボンを手に取る。淡い色の細い布。
銀髪に寄せてこちらに視線を向けた。
「私の銀髪に合いそうじゃない?」
「キメラならなんでも似合うよ」
「中身のない答えね」
「言葉に出すだけマシだろう」
沈黙よりは空虚な言葉の方がまだ誠実だ。
キメラは呆れたように鼻で笑ってリボンを戻す。
それから異世界太陽が天動説を否定するように頂点で自己主張を始めた頃に露店市を抜けた。
銅区の喧騒が背中に遠ざかり、思考が静かになる。
「そろそろ銀区へ行ってみようか」
俺が言うと、キメラは一瞬だけ視線を俺に送り、すぐに前を向いた。
「何かお金を稼ぐ方法思いついた?」
「少し輪郭が描けるようになったくらいだ」
頭の中には完璧な絵があるが、いざアウトプットしてみるとうまく描けない。そんな感じだ。
「そっか。でもすぐに思いつくでしょ。あんたは思考が常人じゃないし」
常識人だぞ。
文句を喉奥の関所で足止めして俺達は歩き出した。
エルドラドという巨大な迷宮の次の階層へ向かって。
もちろん、手を繋いだまま。




