第15話 青銅区2・調理屋クック
ニワトリ男の家は青銅区のやや中央寄りにあった。外観はくたびれているが中は意外に広い。
「オレの名前はクック。よろしくな、シュタインとキメラ」
名前まで知られているとは情報という怪物は本当に足が速い。
俺は動揺をカケラも見せずに話を繋ぐ。
「仕事は何をしている?」
「街の警備と調理屋さ。持ち込まれた食材を料理して振る舞うだけの簡単な仕事だ。青銅区は治安は悪いが胃袋を掴めば命までは取られない」
キメラのお腹が鳴る。音は小さな雷みたいだった。
「ねぇ、何か作ってくれない? お金なら払うわ」
余計なことを。交渉とはまず無料を引き出すのが基本だぞ。
「美女のお願いなら喜んで」
クックは笑って厨房に立つ。調理場は目の前にあり、カウンターを挟んで客席とでもいうべき場所から覗ける。場末の路地にある小料理屋みたいな作りだ。
クックは塩漬け肉をフライパンで炒め、油が染み出た頃に、別で混ぜておいた溶き卵を投入した。マリアージュできたところでネギとパセリっぽい緑を足す。
最後に別で小皿に盛ったものを俺達に見せるように味見した。
なるほど、毒が入っていないことの証明か。調理場と客席が一体化している理由の一つだろう。逆に客がクレーム発生物質を入れないように監視できるし、至極合理的と言える。
素晴らしい。調理場一つ抜き出してみてもロジカルで興味をそそる。合成で料理を作るのも楽しそうだな。
感心で脳の快楽物質が溢れる中、やがて目の前に出てきたのはオムレツ。ただし、見た目は現代のものっぽくない。外食店や冷凍食品のような綺麗なアーモンド型ではなく、卵の上に調理した具材を乗せただけのものだ。一人暮らしの男の料理という表現がしっくりくる。
食事は補給、見た目は度外視、速度と値段重視の俺としては手放しでレビューサイトに満点をつけるだろう。
キメラはというと、銀河のように瞳を輝かせて喉を鳴らしている。こいつ、俺に対しては見た目で文句を言う癖に今回は何もなしか。猫を被るのが得意なのか、食欲が盲目にさせるのか、要観察だな。
彼女は俺の軽蔑の目に気付くことなく、木製スプーンでオムレツを掬って口に運ぶ。
「美味しい!」
瞳を天の川のように輝かせながら食べ続ける。
クックは無事に巣立った我が子を見る親鳥のような満足げな表情でキメラを眺めていた。
「お気に召したようでよかった。本当は牡蠣があればもっと美味いんだがな。鉱山の土砂で水が汚れて獲れなくなっちまった」
「これ以上に美味しいの!? 食べたい!!」
キメラは初めてレストランを知った子供のような目をしていた。
「また今度な。巡り合わせが良ければ食材も手に入るだろう」
キメラは意気消沈した。食べ物のことになるとリアクションが激しいやつだな。寿命が来て明滅する電球のようで愛おしい。
「話は変わるが……あんたら、魔女フランを捜してるんじゃないか?」
空気が止まった。食事の音が消え、夜の呼吸だけが聞こえた。
静寂を切り裂くのは俺の一声。
「なぜそう思う?」
「さっきあんたらが倒したあいつさ、フランのアメを食って魔法を使えるようになっていたんだが、あんたらの動きは“知ってる側”の動きだった」
そこまで観察されているなら隠す意味はないか。
「よく見ているな。その通りだ。フランについて何か知っているか?」
「住処は知らない。ただ、最近エルドラド内で目撃情報が増えてる。丁度カーバンクルの出現時期と重なるのが気になるところだ」
「カーバンクルか。頭の片隅に留意しておく。もうひとつ聞きたい。フランがアメを渡す人間の特徴はわかるか?」
「いい着眼点だな。……フランは心身ともに強い人間の元には現れない。アメを渡すのは地べたで燻っている弱者だけだ。理由は定かじゃない。救済する神か義賊のつもりか、愉快犯か、なにか大きなことを成すための実験か。噂は絶えねぇな」
実験だとしたら是非議論を交わしたいところだ。もちろん、脳みそは弄らせてもらうがね。
「なら、弱者を囮に使っておびき寄せてみるか」
「そんな簡単なら、もう誰か捕まえてる。フランはずる賢い。包囲網をいとも簡単に抜けるようなやつだ」
思考が泳ぐ時間。別名、沈黙。
「……なら、尻尾を出すまで待つしかないか」
「もうすぐ有志を集めたカーバンクル狩りが始まる。それに参加できたらいいんだがな。金も稼げるし、フランと無関係とも言い切れない」
またカーバンクルか。宝石を嵌めただけのネズミの何がいいんだか。光り物が好きな貴族達の前世はきっとサメだろうな。
「カーバンクル狩りの参加条件は?」
「腕が立ち、金と信用がある者だな。腕だけならお前達は余裕だろうが他がな。金なら少しは援助してやれるが、信用は貴族と繋がりのないオレじゃ厳しい」
また金か。新参者ではやはり成り上がるのは難しいシステムだ。ただ、俺には合成魔法がある。一手で盤面をひっくり返す力。しかしそれを活用するには天啓がいる。
「少し方法を考えてみよう。情報、感謝する」
「あんた、お礼言えたんだ」
キメラが言葉の横槍を刺してくる。
「常識人だからな」
考え事をしたい俺はそれだけ返答して、オムレツにスプーンを入れた。
その後、食事を終えて寝室に案内される。ベッドは二つ。素晴らしい。良質な睡眠がとれそうだ。
クックが扉を叩いて、キツツキの控えめなドラミングみたいな音を鳴らし、俺達の視線を集める。
「ひとつ注意点だ。ここは壁が薄い。愛を語るには向いてないぞ」
「心得ている」
俺は言葉の裏を読んで短く返した。
「??? どういうこと???」
キメラが疑問符を浮かべる。
やれやれ、これだから世間知らずのお嬢さんは困る。
「近所迷惑だからお喋りするなってことだ」
俺のマイルドな言い回しに、キメラは初めて火縄銃を見た雉のように小首を傾げて、やがて思いついたように一言。
「なるほどね! なるべく声を抑えるから安心して!」
あまりにも天然なセリフにクックは鳩が大砲の弾を食ったような顔をした後で苦笑いを浮かべた。




