第14話 青銅区1・鉄人
下級坑道を抜けた頃には、夜はすでに完全武装して待ち構えていた。闇は湿ったマントのように街を覆い、ランタンの灯りは穴だらけのチーズみたいに点在している。
その日、俺達はコロコロを三十体ほど狩った。数だけ見れば大成果だが、実情は小銭を拾い集めた程度の稼ぎで、人生の流れを変えるほどの質量はない。
カーバンクルと出会ったことは俺とキメラだけの秘密にした。情報は株のようなもの。懐に隠しておき、時流を見ていざとなった時に換金すればいい。当然ゴミ屑になる可能性も高いが。
斡旋所で受け取った報酬は、安宿に数日泊まれる程度の額だった。この国で言えば、それは生き延びる権利ではなく、少し長く死なない権利だ。その日暮らしという名の綱渡りを今日もまた一歩進んだだけに過ぎない。
次に向かったのは金の国エルドラドの西側にある青銅区。名前だけは金属だが、実態は錆と汗と諦観で鋳造された貧民街。空気は鉄臭く、希望は希釈された酒のように薄い。人々の視線は鋭利で夜そのものが剣を隠し持っているような場所だ。
「ひゅー、いい姉ちゃん連れてんねぇ! オレ達にも貸してくれよぉ!」
案の定、五人の輩に絡まれた。この区画では挨拶代わりに脅しが飛び、会話代わりに拳が来るらしい。
合成魔法は使えない。となれば選択肢はひとつ。
「手加減してやれよ」
俺がそう言うと、キメラは猫が伸びをするような軽い足取りで前に出た。
「美人って損ね」
難しい命題だな、と返す前に彼女は走り出した。彼我の距離を圧縮したのかと思うほど一瞬で距離を詰める。
「ひ」
輩の一人は、それ以上の言葉を発することなくキメラのデコピンで倒れて気絶した。
他の四人は生まれたてのブルドッグのごとく無垢な表情を一瞬だけ浮かべるが、すぐに醜悪な雑巾みたいな顔に戻る。
「てめ——」
吠える前にキメラの足技で三人が転がる。音は、古い空き缶を階段から落としたような響きだった。輩は倒れる音も不細工だな。
だが、一人だけ耐えた男がいた。
「硬いわね」
「下半身はもっと硬くなるぜぇ?」
下品な冗談だけは舌が回るな。この才能を何かにいかせたら良かったが残念ながら天才の俺でも思いつかない。
俺の憐れんだ視線を意に介さず、男の手が鉄のように変化する。
それを見たキメラの視線が鋭利になる。
「まさか……魔法!?」
「その通りぃ!」
男はクイズ司会者のようなセリフを吐いて突進してきた。
「舐めんなっ!」
キメラは一回転し、風車のように脚を振り抜いた。
「ぐぎぇ」
腰を蹴り飛ばされた男は、ブリキ缶のような音を立てながら二転三転し、地面に吸い込まれるように沈んだ。
俺は勇者一行を皆殺しにした魔物使いのように満足げな笑顔を浮かべてキメラへ近づく。
「力加減が上手くなったな」
「いいからコイツを“更生”させて情報を抜きなさいよ」
怖いことを言うやつだな。誰に似たんだか。
俺はガンマンがホルスターから銃を抜くように合成針を取り出す。その瞬間。
「ソイツを殺さないでくれ」
背後から男の声。夜に混ざった低音。恐怖と理性の中間色の声だった。振り返ると、ニワトリ頭の成人男がいた。他の用語でいうと赤いモヒカン。
俺はこいつを風見鶏にしてやろうかと考えつつ口を開く。
「なぜだ? 友人か?」
「友人ってほどじゃない」
コケコッコー顔の男はさらに続けて話す。
「それより宿を探してるんだろ?」
「なぜ分かる」
「そんな珍しい髪色の美人の動きなんて、すぐに広まるさ。キョロキョロ街を歩いてたのも、坑道で日銭を稼いでいたのも筒抜けだ」
キメラが俺を見て苦笑する。
「ですって。美人のお嫁さん連れてると大変ね。婚約解消した方がいいんじゃない?」
「自慢できていいじゃないか」
俺達のいつもの夫婦漫才に対してチキン男は笑った。
「その肝の据わり具合、やはり只者じゃないな。そいつを見逃してくれるならオレの家にタダで泊めてやる。どうだ?」
悪くない。この街で無料という言葉は罠と同義だが、最強の嫁という罠解除装置がいる俺には無意味だ。
「いいだろう。案内してくれ」
即決。それに驚いたのか、男は腹を押すと音が鳴るニワトリのおもちゃみたいな顔をした。




