第13話 下級坑道2・カーバンクル
キメラにシルフを合成して空気清浄機にした後、何事もなく下級坑道の先へと進んでいた。
彼女は紅白キノコの柄を伸ばし、日傘みたいにして俺の先を歩いている。シルフの力を吸収したお陰で常に新鮮な空気が出ていて気分がいい。
俺が、新しい家電を買った時のような世界が変わった感覚を享受していると、キメラの足が突然止まった。
現れたのはスライム。巨人の汗ぐらい大きい水玉型魔獣だ。無害どころか、むしろ益獣であり、糞尿やゴミを処理してくれる異世界人間社会にかかせない存在となっている。
キメラに合成したウンディーネとスライムの違いは、前者が上水道、後者が下水道と考えると分かりやすいだろう。
「一応、処理しとく?」
「ああ」
スライムが脇の水道に詰まりかけていたのでキメラが踏みつけて粉砕した。怪獣が人間界を蹂躙するようなその行為に一部の者は興奮を覚えそうではあるが、全肯定を望む俺には残念ながら刺さらない。
「小さい頃に虫を殺して遊んでいたタイプか?」
「まさか。小鳥を体に乗せてお喋りしながら、花冠を作って遊んでいた純粋な乙女よ」
「糞まみれになってそうだな」
銀の突風が頬を撫でた。少し暑かったから助かる。
何事もなかったように、さらに奥へ進むと、サッカーボールより大きい、どデカいネズミが姿を現した。
「これがネズミ魔獣コロコロね。街にも出たりする厄介な魔獣よ」
実験体として連れて帰りたいが嵩張るし、辞めておこう。
「チチチ」
コロコロがネズミと同じく高めの声で鳴く。ただ、少し邪悪さを含んでいて愛おしい。
「ネズミって尻尾がフワフワしてたら可愛げがあるのに惜しい動物よね」
「いや、評価は変わらないだろう。病原体を持ち込む哺乳類の一種であるし、どんな姿でも汚物を見る視線になる。むしろ尻尾に埃やカスが付いて嫌悪感が増す可能性があるぞ」
「はいはい。全肯定して欲しいなら、まず自分からすべきね」
キメラは俺に論破させないかのように走り出してコロコロの頭をシルフの風を使って切断していく。
俺は他にも出てきたネズミを石ころと合成して首を切り離す。生命が物理法則を無視して崩壊する音は、いつ聞いても美しい。
数分も経たず、キメラの美貌を残して静けさが支配した頃。合成で作った手袋をして、討伐証明に必要なコロコロの頭を袋に入れていく。
「ネズミの死骸を持ち帰るなんて衛生的に最悪だな」
「誰でも稼げる仕事なんてそんなものでしょ。下級坑道だし」
やはり坑道掃除なんて底辺向けの仕事というわけか。
そこでふと浮かんだ疑問を口にする。
「下級坑道と上級坑道の違いってなんだ?」
「下級坑道は山の裾野の方にあって、手続きしたら誰でも入れるけど、上級坑道は山の上の方にあって金区からしか入れないわ。つまり、王侯貴族に認められた選ばれし坑夫や衛兵しか入れないってわけ」
下にあるから下級、と見せかけて下級国民とのダブルミーニングだろうな。名前は貧乏人を見下している金持ちが付けたに違いない。
「なるほどな。だから上級坑道で行われるカーバンクル狩りは上の許可がいるわけか」
「そゆこと」
世知辛さを痛感しつつ、入り組んだ道を進む。曲がって一歩で行き止まり。次はドーナツ型の道で同じ所へ戻る。さらに滑り台のような坂を登ってすぐ降りる。そんな奇妙な隘路ばかりだった。
「人が掘ったにしては合理性のない坑道だな」
「このエルドラド鉱山はマッピングアリっていうアリ型魔獣が掘ったのが基礎らしいわ」
「初耳だな。割と重要な情報だと思うのだが、教えるのが遅いぞ」
「聞くのが遅いのよ」
「アリが出るという情報は斡旋所でも聞いていないが、どこかに巣はないのか?」
「大昔に絶滅したらしいわ。そもそも希少種らしいからまず個体が少なかったみたいだけどね。ま、そうじゃないと今頃この国は陥没しているか、むしろ建国すらされていないでしょ」
確かにこんな大穴を掘る大きなアリが何匹もいたら、アリ帝国ができていてもおかしくない。
「マッピングアリの掘った穴からは金が出てきたらしいから、後発の出稼ぎ民は絶滅していることに軒並み落胆していたみたいね」
金の匂いを嗅ぎ分けられるアリか。欲しいな。キメラに合成してトリュフを探す豚のように働かせたい。
俺が、あらゆる犯罪で遊び尽くした後に世界平和を謳う狂人のように夢を描いていると、道の先にコロコロとは違う気配を感じた。
ネズミかリスみたいな齧歯類顔に額に赤く光る宝石。茶色の艶やかな毛並み。左頬には縦に入った傷。
「……まさか、カーバンクルか!?」
「え、嘘でしょ? どうしてここに……!?」
刹那、宝石獣が通路の壁を蹴り、縦横無尽に跳ねる。
「下がって!」
動体視力に優れるキメラが標的を的確に捉えて蹴る。だが浅い。ネズミは空中でクルクルと滑車のように回って勢いを殺し、無傷で地面に着地した。
「チッ」
舌打ちのように一声鳴いて逃げるカーバンクル。
「待ちなさい!」
「逃すかっ!」
俺は瞬時に敵の進路を予測して合成針を投げる。だが。
直撃したものの、金属音を立てて額の宝石に弾かれる。
「なんだと……!」
そのまま小さな穴に消えるカーバンクル。
「最悪ね」
合成針は無傷で手元に戻った。俺は食べ終わったアイスの棒を眺めるみたいに針を見る。
「おかしい……合成針は何でも刺せるはずだ。本にも書いてないルールがあるのか……?」
「使えない神具ね。持ち主に似たんじゃない?」
俺は嫌味な合成獣の言葉を無視した。
それから答えの出ない疑問を抱えたまま、俺達は巡回を続けた。




