お願いと告白
助けてほしい、と言ったものの、まずは確認しないといけないことがある。と気付いた。
川田くんの答えによっては、お願いの内容を伝えることすらできない。
まずは、前にも聞いたことがあるけど念のための質問。
「川田くんって、今彼女いる?」
「えっ…………いませんけど」
きょとんとして首を傾げられた。
よし、じゃあ次の質問。これはまだ聞いたことがない。
「好きな人はいる?」
さすがに他に好きな人がいるのに、彼氏のフリなんて頼めない。川田くんの好きな人に誤解されたら申し訳ない。
さっきみたいにすぐに答えてくれると思っていたのに、なぜか川田くんは口をぎゅっと結んだ。目が泳いでいるのは何を考えているからだろう。
というよりも、沈黙が答えなのかもしれない。
好きな人、いるのか……。そしたらやっぱり川田くんには頼めないよね……。
川田くんが好きな人って、どんな人なんだろう。
話を有耶無耶にしちゃうためにも好きなタイプを聞いてみようかと考えていると、疑り深い声がした。
「なんでそんなこといきなり聞くんですか」
仲のいい友達同士でもないのに、いきなり好きな人はいる? なんて答え辛いよね。
肩を竦めて答える。もう半ば、川田くんにお願いするのは諦めようかと思っていた。
「彼女とか好きな人とかいるなら、お願いするのやめようと思ったから……」
「じゃあいません。どっちもいません。だから何でも頼んでください」
さっきまでの嫌そうな雰囲気が嘘みたいに、川田くんはきっぱりとそう宣言した。
「なにそれ……」
「いませんから。遠慮せずに言ってください」
明らかに嘘を吐かれているような気もする、けど、そこまで言うなら騙されておこう。どっちにしろ、私には川田くん以外に当てがない。
そこまで言ってくれるなら、藁にもすがる気持ちだし、甘えてしまってもいいだろうか。
それにしても、どうしてこんなに協力的なんだろう。これも日頃の先輩としての行いがよかったからかな。
だとしたら、私と川田くんって随分いい先輩後輩になっていたらしい。知らない間に。
急に全部が上手くいくような気がして、口元がほころぶ。
やっぱり川田くんはいい後輩だなあ。
「あのね、じゃあ言うけど」
「はい」
「彼氏になってくれる人を探しているので、川田くんにお願いしてもいい?」
直前に調子に乗ったのが悪かったのか。
言い方がまずかったことは、川田くんの反応を見てすぐに気付いた。
これじゃあ告白……ちがう、ちがうの川田くん。そうじゃないの。そんなふうに真っ赤になられると私の方が恥ずかしいよ!
「ごめん、言い直す! 彼氏のフリをしてくれる人を探してるの! えっと、一ヶ月くらい? ……あれでも、卒業までは続けてもらった方がいいのかな……さすがにそんな長期間お願いするのは申し訳ないよね。やっぱりとりあえず一ヶ月くらいで、その頃に別れたことにして、傷心なので誰とも付き合いたくないみたいな方向に持っていけばいいのかも。川田くん、お願いします」
真剣にお願いしているのに、当の川田くんは両手で顔を覆って俯いていた。
両手の隙間から、か細い声が漏れ聞こえる。
「先輩、怖い、本当に怖い。どうして、こう……」
「怖いって何が? 話聞いてくれてた?」
「聞いてました。……もう少しわかりやすい説明を要求します」
心臓が痛い、と言って川田くんがソファの上に蹲った。こんなに姿勢を崩すなんて、珍しい反応だ。
もしかして川田くんは恋愛話が苦手なんだろうか。私も得意な方ではないけれど、この前からこの手の話になると反応が変だ。
でも今更逃がすわけにはいかない。
わかりやすい説明……わかりやすく、と言われてもどこまで話せばいいのだろう。
事の発端は、長瀬先輩に告白されて私がちゃんと断ることができなかったこと。
そのせいで諦めないというような宣言をされて、地道にアピールされて。
だんだん肩身が狭くなったというか、全くそんな気がないのに私のような一般生徒に構い続ける先輩が怖くなったというか。言葉を選ばなければすごくストレスで。
先輩のファンクラブにいつ目をつけられるかと思うと気が気じゃなくて。
完全に先輩に諦めてもらうには、私が彼氏を作って先輩に見せびらかすのがいいんじゃないかという結論になって。
でも頼めそうな男子には川田くん以外に心当たりがない、のでお願いしたい、と。
「いう、感じなんですが、お願いしてもいいでしょうか」
結局何をぼかしていいものかわからず、正直に説明した。
長瀬先輩という学校のスターが私なんかに告白して、あまつさえ玉砕したという禁断の秘密を知る人をまた一人増やしてしまった。
長瀬先輩と私の問題のはずなのに、えいちゃんと川田くんの二人も巻き込んだことになる。
私がもっとちゃんとして、長瀬先輩に納得してもらえるように話せばいいだけなのに。
やっぱり、後輩に頼るべきではなかったかもしれない……。改めて考えると、私ってなんて情けない。
それに、今の話を聞いて川田くんはどう思ったんだろう。
長瀬先輩をフるなんて、信じられないとか言われるのかもしれない。そこまで言われるなら、付き合ってみたらいいんじゃないか、なんて言われたら、私は……。
「そういえば前に言ってましたよね、長瀬先輩はしつこいって」
ぷっと川田くんが吹き出した。
彼は私を責めることも窘めることもしなかった。それどころではなく、ひたすら笑いをかみ殺していた。
「もしかしたら僕は勘違いしてたのかもしれません。というか、勘違いしてました」
「勘違いって?」
「こっちの話です。先輩、それよりもさっきのお願いですけど、やります。先輩が偽物でも僕を彼氏にしていいっていうなら、喜んで」
そして右手を差し出してきた。
「とりあえず一ヶ月、でした?」
確認されて大きく頷く。
こんな風に、すぐに引き受けてくれるとは思わなかった。
だって、偽物とは言え一ヶ月も彼氏のフリをしてもらうんだよ? そんなすぐに決めちゃってもいいの?
「本当に、いいの? 嘘でも私が彼女って思われるの、嫌じゃない? 無理してない?」
「言ったでしょう。僕は先輩の助けになりたいんです」
川田くんの答えは変わらないみたいだ。目を覗きこんでも迷いがない。じっと私のことを見つめ返す瞳には、何かを決めたような強さがあった。
「……川田くんは優しいね。話のわかる後輩を持って、私は本当に幸せだ」
「僕を優しいなんて言うのは先輩くらいです」
くすくす笑い出した川田くんと握手をする。
「よろしくお願いします」
「契約成立ですね」
にやりと笑う川田くんは、どことなく人の悪い雰囲気を醸し出していた。契約成立という言葉も相まって、秘密の取引でもしたような気分になる。
いや、実際これは秘密の取引なのか。
秘密、という言葉に他人事のようにわくわくしている自分がいる。
ずっと一人で逃げ回ってきた先輩に、一矢報いるときがきたのだ。
と、川田くんが不思議そうに呟いた。
「なんだかこれってリレー小説で書いたみたいな展開ですね」
「あれ、本当だ。なんだか予言の書みたいでちょっと怖いね」
「……ゆっくり…………いいですよ」
「ん? 今何て言ったの?」
「何でもないですよ? そんなことより、明日の土曜日、僕とデートしましょう」
川田くんはにこにこ笑っていた。笑っていたけど、やっぱりなんだか不穏な空気を纏っている。
え、何で? ……なんで?




