本領発揮
駅前で十時の待ち合わせ。わたしが到着したときには、既に川田くんが待っていた。
「あ、香澄先輩! おはようございます」
「おはよう…………昌悟くん」
偽彼氏のお願いを了解した川田くんからは、昨日のうちにいくつか条件を出されていた。その一つが今日のデートである。
川田くん曰く、本物のカップルに見えるように練習が必要なのだそうだ。それっぽい雰囲気を出すために、もっとお互いのことを知り合いましょうと力説された。
明日から僕のことは名前で呼んでくださいね、とも言われた。そこまでしなくてもいいと何度も辞退したのに、川田くんは譲らなかった。
昨日一日でわかったことが一つ。川田くんは今まで私に猫を被っていた。
『あのね、川田くん、さっきも言ったけど長瀬先輩の前でちょっと彼氏っぽい感じでいてくれればいいだけだから』
『そんなこと言って、長瀬先輩は結構手ごわくてしつこいんでしょう? だから先輩、そんなに困ってるんじゃないですか。中途半端なことをしたら疑われて、もっとややこしい事態になりますよ』
『……そんなことないと思うよ?』
『今、間がありましたね? ほら、先輩だってわかってるじゃないですか。どうせやるなら、長瀬先輩の心がぽっきり折れるくらいのことをしましょうよ』
『川田くんは長瀬先輩に何か恨みでもあるの?』
『いいえ? 僕は香澄先輩の役に立ちたいだけです』
夕陽に染まる部室で、川田くんは逆光の中にいた。にやりと笑うその顔は、マンガやアニメのワンシーンみたいに決まっていた。もちろん悪役、という意味で。
にっこり笑っているのに、有無を言わせない雰囲気があった。今まで可愛がっていた後輩の姿なんて微塵もなかった。そうだ、昨日の川田くんは本当にらしくなく強引だった。助けてくれると言いながら、実は何か企んでいるのではないだろうか。いや、助けを頼んでおいて疑うなんてよくないけどさ!
「香澄先輩? どうしました?」
昨日を思い返してぼんやりしてしまっていた。はっとして顔を上げると、川田くんに心配そうな表情で覗き込まれていた。慌てて首を振る。
「……な、なんでもないよ川田くん!」
「先輩?」
咎めるトーンで返されて、一瞬何のことかと思った。目の色が怖い。なまえ、と彼の唇が動いた。
「そうじゃないでしょう」
これはもう一度呼び直せという要求なのだろう、きっと。
「な、なんでもないよ、昌悟くん……」
「そうですか」
にこにこしながら、川田くんはちらっと腕時計を確認した。つられて私も自分の時計に目を落とす。これから映画を見に行く予定だ。
「行きましょうか。はい、どうぞ」
「……この手は」
差し出された左手を前に戸惑っていると、おかまいなしに指をからめられた。
「香澄先輩の手、小さいですね」
ぎゅっと握りこまれて引っ張られる。川田くんはさっきからずっとにこにこしてとても楽しそうだ。とても、楽しそうだ。
そうか! わかった、そういうことか!
「か、からかおうとしたって、無駄なんだからね!」
「何がですか?」
「手くらいつないだことある!」
小学生のときの遠足で、だけど。
わざわざそんな宣言をしたからか、川田くんは全部お見通しとばかりに鼻で笑った。あの川田くんが、わたしのこと鼻で笑った!
「それなら緊張した顔しないで、もっと笑って?」
「……!!」
にやっと笑ったかと思うと、髪の毛をぐしゃぐしゃにされる。今日の川田くんは意地悪だ。この猫かぶりめ!
つないでいない方の手で一生懸命手櫛で直す。せっかく早起きしてちゃんと整えてきたのに何てことだ。仮にもデートだから、それっぽくしたつもりなのに……。もしや、似合わないということを暗に言いたかったんだろうか。慣れないことはするな、とか。
負けるもんか!
そうだ、川田くんになんか負けない。せいぜい利用して、彼女らしくいろんなものを奢ってもらって、全部片付いたら上から目線で振ってやるんだから!
なんて、そうやって自分を励まさないと恥ずかしかったり緊張したりでとてもやっていられない。男の子と二人で出掛けるなんて初めてだ。
決意表明のつもりで、どうしたらいいかわからなかった自分の指を、川田くんのようにぎゅっと絡めてみる。別に、男子が苦手と言うわけじゃないし、わたしだってやればできるんだから!
そのまま手をひいて先に一歩を踏み出す。が、川田くんは動かなかった。繋いだ手を軽く引っ張られてわたしは振り返った。
「何?」
「いいえ、何でも?」
「何、気になるよ」
川田くんが隣に並ぶ。
「いつか教えます」
映画はちょっと前に公開が始まったアクションものを見た。というか、川田くんが既にチケットを予約してくれていた。
なんて準備がいいんだろう、と思うと同時に、どうしてわたしの見たい物がわかったんだろう、と不思議だった。
「え? 先輩前に見たいって言ってませんでした?」
そんなことを言った覚えは全くなかった。
「ほら、予告が流れて気になった映画があるって、教えてくれましたよ」
「よく覚えてたね。自分のことなのに忘れてたよ」
「見逃さなくてよかったですね」
「うん! あ、でも川田く……昌悟くんは見たいのなかったの?」
「香澄先輩の見たい映画が、僕の見たい映画です」
「へえ、映画の趣味があうのってなんか嬉しいね! 他にはどんなのが好きだった?」
「先輩ってどういう感受性してるんでしょうね」
「なに、どういうこと? 映画、面白くなかった!?」
「面白かったです。特に主人公がハンバーガー作りながら犯人を天井に吹っ飛ばしたところとか。あ、お昼あそこで食べませんか?」
映画館を出てそのまま遅めのお昼を食べることになり、わたし達は駅前に戻っていた。ちょうど目についたハンバーガーショップへ入る。
わたしも映画を見てからチーズバーガーが食べたくて仕方なかったところなので、川田くんも同じだとわかって嬉しかった。
店内はそこそこ混んでいた。天気もいいので、外に出されているテーブルに席を取った。
「どうぞ、香澄先輩」
「ありがとう」
注文した品を、川田くんがテーブルに並べてくれる。川田くんがポテトに手をつけ、わたしがチーズバーガーの包みを開けたそのとき。
「あれ? 山村さん?」
聞こえた声に、あっ、と間抜けな声が出た。
「長瀬せんぱい……」
どうしてあなたがここにいるのでしょう……。




