居場所を求めて 5
突然に聞こえてきた謎の声と、目の前に現れた光り輝く、箱。
「裁縫箱ってなんですか?」
質問受付中のようなので、質問してみた。
『裁縫箱は裁縫箱です。それ以上でもそれ以下でもありません』
それは……言ってることは間違ってないんだけど、そうじゃなくて!
私が聞きたいのはそういうことじゃなくて!
答える気がないのかな。
それとも私の質問の仕方が悪いのかな。
う~~~ん……ざっくりいってみたらどうなるかな。
「裁縫箱の機能と使い方を教えてもらえますか」
『裁縫箱は手芸に使用する道具と材料が保管されている箱です。欲しい道具や材料を裁縫箱に望むと、望んだものが裁縫箱から出てきます。道具と材料は裁縫箱の上に置けば裁縫箱の中に自動で仕分けられて片付けられます。また、裁縫箱から取り出した道具と材料のみで作られたものは、裁縫箱の中に片付けることができます』
あ、ちゃんと答えてくれた。
「どんな道具や材料が中に入っていますか」
『手芸に使う道具と材料すべてです』
「え…………すべて?」
聞き間違い?
すべてって、全部って意味だよ?
なんでも入ってるってことだよ?
『裁縫箱の主である者の前世と今世の世界に存在する、手芸に使う道具と材料すべてです。但し大きさには制限があります。裁縫箱の大きさと形は自在に変えられますが、顕現している裁縫箱の大きさより大きい物は、取り出すことも片付けることもできません』
(最初から裁縫箱の中にたくさん物が入ってるってこと?これにすべてが入り切るってありえるの?……もしかして、裁縫箱って容量の大きい収納の……なんだっけ。聞いたことある気がする。とても便利なヤツ)
「私が作った物以外は片付けられますか」
『その説明は既にしました』
(怖っ)
できたらいいなって思って聞いてみただけなのに、答えも言い方も怖いよ。
1度で完璧に理解しろってことなんだろうけど、子どもの私にそれを要求されても難しいと思うよ。
それに、さっきから圧が凄い。
空気に圧迫されてる感があって、息苦しさがだんだん酷くなってきてる気がする。
「えっと、最初の手芸をする前に、どんなものが取り出せるか試してみてもいいですか?」
『取り出す行為は手芸の準備であり、最初の手芸と認識されます』
(怖いよ……あれ?なんで使う前提で話してるんだろ。別に無理して使わなくてもいいんじゃない?元々持ってたものじゃないし。それより、なんかだんだん苦しくなってきた……解放されたい……)
「じゃあ……最後に……この裁縫箱がどこまで大きくなるか、どうすれば大きさや形を変えられるか、教えてもらえますか」
『どこまでも大きくなります。望む大きさや形の裁縫箱を思い浮かべるだけで顕現します。最後にと言われたので、これで質問の受付を終了します』
謎の声が質問タイムの終了宣言をした途端、何事もなかったように圧が霧散して、部屋の中に音が戻ってきた。
光り輝く箱は、ベッドの上に鎮まったままだった。
「あ、望むってどうやるか聞いてない。ああっ、道具や材料を他人にあげたら使えるか聞いてない」
苦しくて怖くて、逃げたくて。
思わず「最後に」って言っちゃったけど、聞かなきゃいけないこと、まだまだいっぱいあった。
そもそもなんでコレが私の前に現れたのかだけは、聞いておくべきだった……
大きなため息を一つついて、裁縫箱と呼ばれた箱に欲しいものを伝えてみることにした。
「フェイスタオルが作れるくらいの大きさのパイル生地と、針と糸が欲しいです」
私が望むものを裁縫箱に向かって言い終わると、すぐに箱の上に光の粒が舞い始めた。
光の粒は次々に形を作っていって、空中に展開された。
「・・・・・・」
言葉を失う。
なにこれ……
私にどうしろと?
箱の上部を中心に広がっていった光の粒は、色とりどりのパイル生地と、数えることができないほどの数の針と、多彩で多種多様の糸になってぷかぷかと浮いていた。
天井がほとんど見えないほどの夥しい量だった。
私は放心状態で大量の針と糸とパイル生地が浮いているのを眺めていた。
光の粒が増殖を止める気配がないのが見えているのに、どうすればいいのか分からず、動けずにいた。
コンコン コン コンコンコン
「アリーちゃん、わたしです。食事の用意ができたそうなので、食べに行きましょう」
おじさんのドアをノックする音と声で我に返り、片付けなきゃと考えた次の瞬間には、箱と空中に浮いていたすべてが消えていた。
「やば、手も洗ってない。すみません、すぐに行くので、先に1階に降りていてください。教えてくれてありがとうございます」
「急がなくていいですが、あまり遅くならないようにね。せっかくの食事が冷めてしまいますから。食堂への行き方は受付で聞いてくださいね」
「はい。手を洗うだけなので、すぐに行けます」
私は慌てて手を洗ってボロボロの布で拭いてから、ローブを着て部屋の鍵をしっかり閉めて1階に降りた。
受付でお兄さんに食事をする場所を聞くと、おじさんは食事を頼んだ宿泊者の優先席にいるからと、食堂への行き方と大体の場所を教えてくれた、
町に宿屋が1軒しかないだけあって飲食店も少ないのか、町の人のための食事処としてだけでなく酒場としても営業しているようで、1階の席はほぼ埋まっていて賑やかだった。
(ローブを着てきて正解だ。みんな穴が開いたり擦り切れたボロなんて着てない。そんなに貧しかった記憶はないように思うんだけど、なんで私はこんなにボロボロの服を着てるんだろう?)
食堂に入ってキョロキョロしていると、他の席とは少し様子の違うテーブルと椅子が並んでいる少し奥まった席から、おじさんが立ち上がって手を振ってくれた。
お客さんたちを避けながら歩いておじさんの前の椅子に座ると、すぐに料理が運ばれてきた。
野菜たっぷりのスープとそら豆に似てる鮮やかなオレンジ色のお豆さんと黒パンとお水だった。
質素だけど、私が育った環境で食べていたものに比べたら御馳走だと感じる。
目が、舌が、鼻が、喜んでるのが分かる。
「最近肉も魚も手に入らなくて野菜と豆とパンだけだけど、美味しい野菜使ってるからね」
料理を運んできてくれた女の人が、申し訳なさそうに私に話しかけてきた。
「そうなんですか?十分御馳走ですよ」
私がそう言うと、女の人は笑顔になって厨房の中に消えて行った。
「芽吹きの季節は動物も魚も痩せているし、実りの季節に蓄えた食料が半分以上減ってきていますからね。豆以外の食料の調達は今頃が一番難しいのですよ」
「え?あ、そう、なんですか」
(今は4月か5月だよね。この時期って春野菜がいっぱい穫れるんじゃなかったっけ)
塩だけで味をつけたスープだったけど、野菜は口に入れると溶けるように形がなくなって食べやすくて、野菜の甘さが溶けていて、美味しかった。
お豆さんは茹でただけで味付けされてなかったけど、ほくほくしていて、これもほんのり甘くて美味しかった。
でも私の胃はとても小さいみたいで、この美味しいごはんも、おじさんの10分の1もない量のスープとお豆さん2粒だけでお腹がいっぱいになってしまって、パンは一口も食べられなかった。
「パンは持って帰っていいんですよ。持って帰りますか?」
そう言いながら、おじさんが紙のようなものを差し出してきた。
「よかったらこれに包んで持って行ってください。明日の昼までに食べきれなかったら、残ったパンを使った料理を作って昼ごはんの一品にしてしまいましょう」
「はい。ありがとうございます」
私は紙を受け取って、明日のお昼ごはんの材料になることが決まったパンを包んだ。
紙は厚くてゴワゴワして見えたけど、手に取ると想像していたよりもずっと柔らかくて、ちゃんとパンを包むことができた。




