居場所を求めて 6
紙で包んだ黒パンを胸に抱えて階段を昇った。
部屋の鍵を開けてから、おじさんに「おやすみなさい」と挨拶をして部屋に入った。
この黒パンが明日のお昼にどんなごはんになるのか楽しみで、そのまま机の手前まで歩いてしまったところで気が付いた。
「いけない。鍵閉めなきゃ」
黒パンを机の上に置いてから、鍵を閉めに戻った。
しっかり鍵を閉めてから、脱いだローブを畳んで机の上の黒パンの横に置いた。
「まずはタオル」
さっき箱が鎮まったベッドの前に立って、心の中で「裁縫箱」と言ってみたけど、なんにも起こらない。
(あれ?さっきのが最初で最後のチャンスだった?)
出てこないなら出てこないで、別にいいけど。
強がりじゃなくて。
まだ、あれば便利かもしれないって、ほんのり思い始めてるだけだし。
そう、あれば便利だから、なの。
できれば体を拭くのに使えるタオルが欲しい。
私の持ってるボロボロの布で体を拭いたら、痛い気がするから。
声に出して言ってみようかな。
「裁縫箱よ、顕現せよ!」
言ってしまってから、顔が熱くなる。
なんでこんな言い方しちゃったんだろ。
なんか無性に恥ずかしい。
でも目の前に光の粒が散り始めた。
成功したみたい。
さっきのは夢じゃなかったんだ。
私がみかん箱を思い浮かべると、ベッドの上に光の粒が集まってミカン箱の大きさに近付いていった。
形状変化は思い浮かべるだけっていうのは、本当みたい、なんだけど。
あれだけの説明じゃ、使い方がぜんぜん分かんない。
この現象がなんなのかも分かんない。
取扱説明書プリーズ。
ベッドの上に鎮座した裁縫箱は、やっぱり眩しかった。
「眩しいから光るのやめてくれないかな?」
思わず心の声が零れると、光が消えて木製のようなプラスチック製のような素材不明のツルっとした表面の白っぽい箱になった。
使用説明書プリーズ。
ごはん前と同じように、裁縫箱に話しかける。
「フェイスタオルが作れるくらいの大きさのパイル生地と針と糸が欲しいです。あ、あとハサミも!」
言ってから、やっちゃったと思った。
光の粒が部屋の中を埋め尽くさんばかりに増えていく。
「待って待って、さっきみたくたくさんは要らないの!」
光の粒が次々に形を作っていって、大量の色とりどりのパイル生地と、数えることができないほどの数の針と、多彩で多種多様な糸と、いろんな形と大きさのハサミが、空中にぷかぷかと浮かんだ。
大量だけど、さっきよりは、かなり控えめ。
天井が見えてる。
「えっと、ベッドの上に下ろしてもらえるかな」
私がお願いすると、空中に浮いていたすべてがベッドの上に落ちて、山を作った。
たくさんだけど、ベッドの上になんとか載り切る量でほっとした。
一気にベッドの上に落ちたのはびっくりしたけど、考えてはくれたようで、山が4つできてる。
パイル生地の山、針の山、糸の山にハサミの山。
(毎回これじゃ不便かも。よく使う裁縫道具だけでも小さな裁縫箱に入れて持ち歩きたいな)
「あの、よく使う裁縫道具を入れておける裁縫箱が欲しいです。これくらいの大きさの。出してもらえますか?」
私は両手で欲しい裁縫箱の大きさを表現してみた。
裁縫箱が手芸に使用する道具と認められることを願いながら。
「毎回これやるの?」って言いたくなる光の粒によるイリュージョンのようなエフェクトの後、空中に私が希望した大きさのいろいろなタイプの裁縫箱が浮かんだ。
その数100超え。
(これでも控えめにしてくれたんだろうな)
可愛い柄付きや木彫りの模様のもの、布が張られてるお洒落なもの、引き出しのあるもの、蓋が付いているだけのシンプルなもの。
色や形がいっぱいあって、見るだけで楽しい。
ただ量が多すぎてベッドの上に載り切らないから、このまま選ばなきゃだ。
(引き出しのあるチェスト型が便利そうだけど、この世界にこの裁縫箱あるかな?)
怖い声は、私とアリサの世界に存在する手芸に使う道具と材料すべて、って言ってた。
アリサの世界のものは、私の世界じゃ目立つかもしれない。
(アリサの座右の銘は「打たれる出る杭にはならない」だった。好きだからで選んじゃだめだ)
日常的に使うことになる裁縫箱なので、誰に見られても違和感のなさそうなのがいい。
蔦で編んだ籠があるのは確実なので、細めの藤を編んで作られた、取っ手と蓋と布の飾り付のバスケット型の裁縫箱を手に取った。
「これ以外の裁縫箱はお片付けしてください」
空中に浮いていた裁縫箱が、光の粒に戻って裁縫箱の中に消えていった。
(お片付けはエフェクト少な目で、あっという間なんだ)
私は手に取った裁縫箱をベッドの上のかろうじて開いているスペースに置いて、上部にある蓋の2つの取っ手を持ち上げて、左右に開いてみた。
「あ、中にいろいろ入ってる」
中には裁ちばさみと糸切りばさみ、手縫い針とまち針が刺さった針山に指ぬき、白と黒の手縫い糸、紐通しにメジャー、白と黒と茶のバイアステープが入っていた。
「あの、針とハサミは裁縫箱に入っていたので、お片付けお願いします」
・・・・・・
「あの、お片付け・・・」
・・・・・・
「あっ!」
(裁縫箱の上に置けば自動で片付けてくれるって、怖い声に言われなかったっけ?裁縫箱の上に置くのは、私?)
あれ?
「さっきはお願いしたら、お片付けしてくれたよね」
裁縫箱は、なにも答えてくれない。
ただ静かにベッドの上に存在しているだけだった。
(裁縫箱からは3回、道具や材料を出してもらった)
共通点……
相違点……
規則性……
空中に浮いていた道具や材料は、私が片付けなくてもお片付けしてくれた。
道具や材料が空中に浮いてる間は、私が取り出したと認識されなくて、自動で、お片付け、してくれる……?
空中から下ろすと取り出したことになって、私が自分で片付けなきゃいけない……?
説明書プリ~ズ!!




