居場所を求めて 4
その村にたどり着いたのは夕方で、まだ明るかった。
遠くに見える山に太陽が半分くらい隠れていて、空には甘くて美味しそうな雲が浮かんでいて、夕焼けになったら綺麗だろうなって思った。
雲って食べられるんだっけ?
訪れたのは町と呼んでいいの?ってくらい小さな集落だった。
おじさんにここは本当に町ですかって聞いたら、住んでいる人が町と言えば町なんですよって苦笑いしながら答えてくれた。
宿は町に1軒しかないんですって言われたけど、私はこの小さな集落に宿があることに驚いた。
宿は木造の2階建てで、そこそこの大きさだった。
ちゃんと宿らしい宿で、意外だった。
おじさんは何度も泊まっているのか、馬車に乗ったまま宿の脇の小道に入って行って、小道に面している建物の小窓に向かって声をかけた。
部屋と馬車を止めるスペースが空いていることを確認して、宿の人に指定された場所に馬車を停めて、私を御者台から降ろしてから馬さんを馬車から外した。
馬車から外された馬さんは、おじさんに誘導されて厩舎の馬房に大人しく収まった。
やっぱり賢い。
馬さん可愛いなぁ。
おじさんの相棒って感じで、心がほかほかする。
「ここの一番下の子どもが、お駄賃をあげると丁寧に馬の世話をしてくれるんですよ。さあ、私たちは宿に入りましょう」
荷台から取り出した小さな袋を背負ったおじさんは、少し屈んで私の手を取ると、手を繋いで宿の入り口に向かって歩き始めた。
「あの、荷物は馬車の中に置いたままで大丈夫なんですか?」
「ええ。馬車にも馬にも防犯の魔道具を展開しましたから。魔導具を破壊してまで問題を起こそうとする人はいないでしょう」
いつの間にそんな高度なことをしたの?
気付かなかったよ?
ひょっとして、おじさん凄い魔法使いだったりする?
宿の入り口の扉を開けると、良い匂いがしてきた。
受付の奥から聞こえる話し声で、そこに食堂があることが分かった。
私が匂いに気を取られている内におじさんは2部屋分の料金の支払いを済ませ、私が1人で1つの部屋を使えるようにしてくれていた。
一緒でいいのに。
他人がいると眠れないタイプ?
受付のお兄さん(この宿の息子さんかな?)から鍵を受け取ったおじさんが、私の手を引いて歩き始めたと思ったら、階段の手前で止まった。
「トイレはこの扉の中です。部屋は2階なので、夜中にトイレに行く時は階段に気をつけてくださいね」
私がコクコクと頷くと、おじさんは私の手を引いたまま階段を昇って行く。
部屋は2階の突き当りの部屋とその隣の部屋だった。
「わたしは隣の部屋ですから、なにかあったらすぐに声を出してくださいね。壁が薄いのでちょっと大きめの声を出してくれれば聞こえますからね」
私が頷くと、おじさんは私に鍵を渡して開け方を教えてくれた。
私が1人で鍵を開けてドアを開いてみせると、「中に入ったら、必ず鍵を閉めるのですよ」と念を押してから、自分も鍵を開けて隣の部屋に入って行った。
私も部屋の中に入って鍵を閉めて、肩から下げていた巾着袋をベッド脇の床に置いた。
部屋は4畳半くらいだった。
部屋の右手の壁際にベッド、正面の窓の側に小さな机と丸椅子があるだけだった。
と思ったら、部屋の左側の壁に引き戸らしきものがある。
棚かな?押入かな?なんて想像しながら引き戸を開けたら、中にはベッドの三分の一ほどの見たことのない空間があった。
なにこれ。
引き戸の中の右側には窓があって、目の前には写真でしか見たことのない、ポンプにしか見えない物体が鎮座していた。
中に入って恐る恐るポンプのレバーに見える部分を掴むと、それだけでレバーが少し動いた。
そのまま上下に動かしてみると、レバーは小さな私の手の力でも簡単に動いてくれて、10往復ほど上下に動かしたところで、細い金属製の管から水が出てきた。
これ水道だ!
嬉しい!
ポンプの下には石で作られた四角い仕切りがあって、出てきた水が部屋の中に流れることなく仕切りの中の排水用の穴に流れるようになっている。
水の流れを見ていて、仕切りの脇に木桶が置かれているのに気付いた。
(部屋の中に水道があるのにトイレが共同ってなんか変な感じ。排水と汚物じゃ処理の仕方が違うからかな)
久しぶりの豊富なお水。
なんか感動する。
レバーを手放してもまだ管から流れ出ている水にそっと触れてみる。
温かくはないけど、冷たくもない。
顔と手足を洗って、体が拭ける。
私は部屋に戻ってローブを脱いで椅子の上に置いてから、体を拭くための布がないか、持ってきた巾着袋の口を開けた。
一番上に使い古して穴が開いたボロボロの布が入っていた。
(私は服も靴も、持ち物もボロボロだ。きっと見た目も……)
無意識に触った視界に映らない自分の髪は、私の知ってる髪の感触じゃなかった。
(酷いんだろうな)
私はそのボロボロの布で体を拭くことにした。
布は着られなくなった服を切っただけのもののようだった。
その手触りの悪さに、無意識の内に言葉が口から零れ出た。
「タオルかせめて手拭があればいいのに」
私の頭の中に、いつも当たり前に使っていた日用品の映像が浮かび、名称が口をついて出ていた。
その刹那、部屋の中の空気が変わった。
張り詰めたような空気の中、一瞬呼吸の仕方が分からなくなる。
『タオル、または手拭を作りますか?』
「はゐぇ?」
なんか聞こえた。
変な声出た。
「い……いやいやいやいや、作りますかって言われても材料がないし」
『材料も道具も裁縫箱の中にあります。裁縫箱を顕現させますか?』
「裁縫箱を顕現?」
意味が分からない。
頭の中が疑問符でいっぱいになる。
いや、裁縫箱の意味は分かるよ。
でも私は裁縫箱なんて贅沢品は持ってない。
それを顕現させるってなに?
思わず質問に質問で答えてしまったのを、謎の声は肯定と捉えたみたいで、突然目の前に光の粒が現れた。
なにがどうなってるのか、何が起きてるのか、まったく分からない。
「え?なにこれ?!」
光の粒はどんどん増えて、その密度を増していって……
「大きい大きい大きい、大きすぎるよ!ベッドが潰れる!!」
ベッドを圧し潰しそうな質量にまで膨らんだ大きな裁縫箱らしきものに、慌てふためく。
私がアワアワしていると、一度形を持った裁縫箱らしきものがシュルシュルと小さくなっていき、みかん箱ほどの大きさになってベッドの上に鎮まった。
「…………箱だ」
素材はなんだろう。
ちょっと眩しくて素材がなんなのか見えない。
ただの四角い、箱。
蓋も引き出しもない、箱。
光り輝いて激しく自己主張してるけど。
「裁縫箱って……」
『ガイドは初回使用前まで有効です。質問は最初の手芸を行う前にさっさと済ませてください』
「ええっ?!」
ちょっとこの非現実的な状況について考える時間もらえませんか?




