居場所を求めて 3
馬車に乗る前に、寒くないようにって、おじさんが深い緑色のフード付きのローブを羽織らせてくれた。
寒さは感じてないつもりだったけど、ローブがあったかくて、体が冷えていたことに気がついた。
みすぼらしい格好してたから、ボロボロの服が見えなくなって、ちょっと嬉しかった。
あ、だからローブを貸してくれたのかも。
おじさん上等な生地の服着てるもんね。
馬車の御者台のおじさんの隣に乗せてもらって数時間。
馬車が道から逸れて、草が少なくて土が見えてるところに止まった。
こういう馬車の休憩所は、街道沿いにぽつぽつあるらしい。
ここは違うけど、休憩所の多くは水場の近くにあって、そこで馬さんの世話をするんだって。
おじさんは荷台から水の入った桶と馬さんのごはんが入った桶を持ち出して、馬さんの前に置いた。
(馬さん、馬車から外さないんだ。なんか窮屈そうだなぁ)
その後、馬車に積んであった持ち運びができる小型の簡易竈でおじさんが具だくさんのスープを作ってくれて、一緒に食べた。
「こんなものしか作れなくて申し訳ない。料理は苦手なんです」と言われたけど、美味しかったよ?
私が少ししか食べなかったから、気に入らないと思われたのかな。
少し食べたらお腹がいっぱいになっただけで、おじさんの料理は優しい味がして、温かくて、とても美味しかった。
だから、ちゃんと私のお腹の状態とスープが美味しかったことを伝えた。
おじさんは本当に嬉しそうに笑ってくれた。
おじさんも食べ終わると、火の後始末をして簡易竈と鍋や食器、桶を片づけを始めた。
お手伝いしようと思ったんだけど、断られてしまった。
御者台に座ると「ここから先は1回だけ馬のために水場のある休憩所に寄って、夕方まで馬車を走らせますよ」って言われた。
おじさんは私の過去についてなにも触れてこなかった。
記憶を失うほどショックを受けた出来事を思い出すことがないよう、配慮してくれてるんだと感じた。
配慮って……10歳らしくないんじゃないかな。
アリサな私の言葉遣いなのかな。
おじさんによると、私は今年の雪の降る季節に10歳になったそうだ。
なんでたくさんいる村の子どもの1人でしかない私の誕生日を覚えてるかというと、この世界では神様からスキルが授けられるのが10歳の誕生日で、たまたま私の誕生日の数日後に村を訪れたおじさんに、私がスキルを授からなかった、可哀想にと、何人もの村の人たちが教えてくれたからなんだって。
(スキルは神様から授けられるものなんだ。ファンタジーチックだね)
村の人たちからはスキルがなくて可哀想だと言われたみたいだけど、おじさんによるとスキルを授からない人は多いんだって。
おじさんはスキルを授かったんですかって聞いたら、内緒って言われちゃった。
今は前世でいうところの春かな。
だから私が10歳になってから、2ヶ月から4ヶ月くらい経ってると思う。
今の私の誕生日を知ることは、もうないんだろうな。
前世を思い出した今日を新しい誕生日にしようかな。
うん、いいかも。
ねぇおじさん、今日は何月何日なの?
2回目の休憩所は1回目に休憩した場所と違って、休憩所らしく人の手が入って少しだけ整えられていた。
小さな川が休憩所の街道反対側に沿うように流れていて、誰もいないからとおじさんが馬さんを馬車から外して、小川近くで自由行動をさせた。
賢い馬さんで、おじさんの言葉を理解して、言われた範囲内でしか動き回らなかった。
馬さんは川で水を飲んだり新鮮な草を食んだりしていたので、ここではおじさんが馬さんに用意したものはなかった。
私は少し硬いビスケットのような甘さ控えめなお菓子とちょっと癖のあるみかんのような味がする果実水をもらって、なんとかビスケットを1枚だけ食べ切った。
ビスケットだけでお腹がぱんちくりんだ。
果実水は移動しながら飲ませてもらうことにした。
あれ?
ぱんちくりんて、なんだろう?
休憩に満足した馬さんは、自分から停めてある馬車に戻ってきた。
賢すぎない?
おじさんはまた馬さんを馬車に繋いで、私たちは休憩所を出発した。
おじさんは私が一般常識をまるっと忘れていることを心配して、馬車を走らせながらいろいろなことを教えてくれた。
この国の名前はアルカトラスト王国。
アルカイト大陸にある小規模な国だけど、実りが多くて資源も豊富だから、近隣の国が国土を狙って度々侵略してくる。
だからこの国の軍隊は少数精鋭で、物凄く強い。
真っ先に教えてくれたこの情報の後半、10歳児に必要ですか?
1年は360日で12月。
1月は30日。
3の月から5の月が芽吹きの季節、6の月から8の月が成長の季節、9の月から11の月が実りの季節、12の月から2の月がこの1年に感謝して次の季節の準備をする安らぎの季節。
春夏秋冬かな。
分かりやすくていいね。
お金には鉄貨から白金貨まであるけど、平民として暮らしていると、金貨以上の貨幣を目にすることは滅多にない。
平民が普段食べることの多い黒パン1個が鉄貨2枚から10枚で買える。
値段は黒パンの大きさや地域で変わる。
うんうん、こういう日常生活に必要な情報を教えて欲しいのよ。
普段使いで持ち歩くような時計は存在しないっぽい。
時を刻む魔道具があるにはあるけど、数が少なくてとんでもなく高価で、貴族でも持っている人は多くなくて、平民だと目にする機会すらないらしい。
各町や村の教会に日時計と砂時計があって、毎日鐘を鳴らしてだいたいの時間を知らせてくれるんだって。
鐘は早朝、朝と昼の間、昼、昼と夕方の間、夕方、夜と6回鳴らされる。
だいたい3時間おきかな。
夜の鐘だけは大きな鐘じゃなくて、眠っている人が吃驚して起きないような音を出す鐘が鳴らされるんだって。
どんな音なのか聞くのが楽しみ。
鐘の鳴らし方と前世を思い出してから今まで過ごしてみた体感から、1日24時間と考えて生活して問題なさそうかも。
そろそろお仕事のお話が聞きたいなと思っていたら、おじさんに行く当てはありますかと聞かれた。
おじいちゃんとおばあちゃんの家に行くつもりですと答えたら、住所は分かりますかって聞かれたから、首から下げていたおじいちゃんとおばあちゃんの住所を記した木札を見せたら、木札の住所まで送ってあげますって言ってくれた。
とても助かります。
ありがとうございます。
私は字が読めないし失くしてしまうのが怖いから木札を預かって欲しいってお願いしたら、以前の私は字が読めたからまたすぐに読めるようになりますよって言って、木札を預かってくれた。
でもその後、仕事の話はおじいさんとおばあさんの許可が出てからにしましょうねって言われてしまった。
……大丈夫かな。
おじいちゃんとおばあちゃんがお母さんを大切に思っていたら、お母さんと駆け落ちしたお父さんのこと嫌ってるんじゃないかな。
嫌いなお父さんの子どもの私に、許可なんかくれるかな。
あ、嫌われてたら追い出されるよね?
そしたらお仕事できるよね?
おじいちゃんとおばあちゃんのお家があるのは、アルカトラスト王国の王都なんだって。
大きな町だと思ってたのが王都だと聞いて吃驚した。
そう言えば、おじさん、最初から私が王都に行こうとしてるって分かってなかった?
お父さんかお母さんがおじさんに話したのかな。
「アリーちゃん。そろそろ町に到着しますよ。今日はそこの宿に泊まりましょうね」
「え?あ、あの、私お金持ってないので、その辺で野宿します。明日の朝、町の入り口で待ち合わせでいいですか?」
「いけません!攫われて売られてしまいます!今日まで無事だったのは奇跡ですよ!!」
初めておじさんの大声を聞いた。
吃驚して固まってしまった私に、おじさんは可哀そうになるくらい謝ってきた。
「アリーちゃんの才能を買ってるんです。おじさんの商会の仕事をして欲しいんです。だからこれは先行投資です。そうでなくても子どもは大人に甘えていいんです」
引く気のないおじさんに、私が折れた。




