休息日のお出かけ②
「最大討伐魔物が刃角鹿、ですか」
俺が書き込んだ書類を見て、受付嬢は書類と俺の顔を交互に見比べる。
刃角鹿は、俺としては比較的狩り慣れた魔物だ。
依頼で結構狩ったし、装鎧でも生身でも普通に狩れた。
あいつ、肉も結構美味いんだよな。
「……ユイさん、あなたから見てカイトさんはどの程度の実力に見えますか?」
少しの間迷った素振りを見せて、受付嬢はユイへと疑問を投げる。
水を向けられたユイは、腕を組んで少し試案の構え。
「……そうだな。正確に実力の程を測れているかはわからないが、少なくとも私が気を抜ける実力ではない、とだけ言っておこう」
ユイの言葉を聞き、しばしの思案を挟んだ受付嬢が取った行動は……。
「私の一存では判断ができませんので、少々お待ち下さい」
軽く頭を下げ、裏の方に小走りで引っ込む事だった。
奥の方でギルドマスター、と彼女が呼ぶ声が聞こえる。
なるほど、上司に丸投げするってわけね。
「なんだなんだ、わざわざ俺を呼び出すほどの事かよ」
先ほどの受付嬢から背中を押されるようにして、奥から姿を現したのは、長身で筋肉モリモリのおっさん。
あまりにもムキムキすぎて衣服が悲鳴を上げてる。
力んだら筋肉膨張して服が弾け飛びそうだ。
多分、この人がギルドマスターなんだろう。
「なんだ、ユイじゃねえか。お前さんの推薦だってな」
「ご無沙汰しています」
不承不承、といった感じではあるものの、カウンターに出てきたからには仕事をしよう、という感じのギルドマスターは、ユイの姿を見て相好を崩す。
声をかけられたからか、ユイも綺麗なお辞儀を返している。
「で、お前さんがユイの推薦する新規ハンター申し込み者か」
ユイの隣で腕を組んでいた俺を見て、ギルドマスターはてっぺんから爪先まで眺めるように目線を動かす。
まあ、別に見られて困るわけでもないが、野郎にジロジロ見られて嬉しいわけでもない。
「こっちとしちゃあ登録さえしてくれれば別にいいんだけどな。一応推薦は出してもらってっけど、特別扱いしてもらいたいわけでもねーし、入会さえできればそれでいい」
一応事情を説明してみたら、ギルドマスターは顔をしかめつつ受付嬢へ振り返る。
じゃあ何で呼んだんだよ、とでも言いたげだ。
「どうやらこちらのカイト様は、刃角鹿の討伐経験がおありのようでして。もし事実なら、最下級ランクからのスタートは意味が無いかと思ったので……」
受付嬢が少し泣きそうな表情で、ギルドマスターを見上げる。
受付嬢側の事情を聞いたギルドマスターも、考えるように瞑目して腕を組む。
「……刃角鹿をソロで狩れるって事ぁ、少なくともCランク相当の実力はあるって事だ。そりゃ確かに下っ端っからスタートさせんのは勿体ねえわな。よしわかった。試験をしよう。それで実力を測って、ランク決めりゃいいだろ。坊主、ちょいと面ぁ貸しな」
即断即決、といった感じでカウンターを出たギルドマスターは、顎をしゃくってついてこい、と示す。
しかし、俺はそれに乗らずに首を横に振る。
「悪いけど、俺今日1日激しい運動を禁止されてんだわ。試験をするのは構わねえけど、後日にしてくんね?」
次の稽古の時にティナへ事情を説明しておけば、日程の調整はしてくれるだろう。
「おい、俺の予定がある程度空いてる日は直近でいつだ!?」
ギルドマスターが、カウンター奥の方に大声で確認を取ると、1週間後です、と返事が返ってくる。
「よし、1週間後に試験をやるから、お前さんの都合のいい時間にまた来い。1人で来ても構わないし、ユイを連れて来ても構わない」
「お、話がわかるじゃん。助かるわ」
とりあえず入会はさせてもらえて、細かい事は試験やってから決めよう、という事で一旦の解決になったので、俺とユイは狩猟ギルドを後にするのだった。
「何やら、最初から躓いたような気もするが、まあいいだろう」
まだ昼前なのもあって、これからどうするか、と考えていると、ユイは迷いなく先を歩いていくので、俺もそのまま後についていく。
今度はどこに行くつもりなのだろう、と思いつつ彼女についていく事およそ10分程度。
辿り着いた先は、ヴァイゼの西門だった。
どうやら、都市外に出るらしい。
「外に出るのか?」
「ああ。西門を出てすぐの所に湖がある。そこで釣りをしてそのまま昼食だ」
ようやく明かされた次の予定は、釣りをしてそれを食う、という事らしい。
確かにお財布に優しいし、釣りなら激しく運動はしないので好都合だ。
とはいえ、道具なんてものは無さそうだが大丈夫だろうか?
「釣りに行くのはいいけどよ、道具とかはどうすんだ?」
「湖のほとりに行けば材料はいくらでもある。この先、外で食料を調達する事もあるだろうし、覚えてといて損は無い」
なるほど、サバイバル訓練も兼ねてると。
そういやこの世界に来てすぐの時、食料に困って川で魚獲ったっけ。
あの時は気合で素手で魚獲ってたな。
まだそんな時間経ってないけど、ちょっと懐かしいわ。
「なるほどな。そんじゃ、頑張ってみっかね」
ユイの言っていた通り、西門を出てから10分ほど歩いた先に、大きな湖が広がっていた。
周辺に森などは無く、丈の短い草原に湖がポツンとある感じ。
大きい、とは言っても肉眼で向こう岸は見えるし、1時間程度歩けば1週できそうだ。
「それでは釣り竿作りといこう。とはいえ、材料はこんなので充分だ」
ユイはおもむろに湖のほとりに転がっていた大きめの枝を1本拾う。
1メートルくらいの大き目の枝だ。
大物がかかったら、すぐにへし折れそうに見える。
「本当はしなりのある植物が近場にあればいいのだが、生憎とここにはただの草しかないからな」
地球では竹なんかがよく釣り竿に使われてたっけ。
しなりもあって頑丈っていう理由で。
「糸はこれを使う」
続いて、ユイは水辺に生えている草をむんずと掴み、勢い良く引っ張り上げる。
蔓のように水辺に生えている草だったので、水飛沫が派手に舞う。
糸、にしてはぶっといが、まあ他に代用品も無さそうか。
「針は、これを加工する」
枝に蔓を縛り付けてから、ユイはたまたま湖のほとりで白骨化している小動物の骨の一部を拾い上げた。
恐らくは肋骨なのだろう、大きく湾曲した骨だ。
それの先端を刀で器用に削って尖らせると、立派な釣り針となった。
さすがに返しは無いが、それほど大きいサイズの魚でなければ充分に釣り上げられそうか。
「エサは……これだな」
骨で作った即席の針を蔓に固定し、ユイはその場にしゃがみ込む。
少し地面を見ながら視線を動かし、シュッと素早く右手を動かすと、その手にはバッタのような虫が捕らえられている。
まあ、釣り餌となれば虫とかミミズとかだよな、と思っていたので、驚きは無い。
ユイの性格からして虫を怖がらない、嫌がらないのも容易に想像が付くし。
「作ってみろ。餌はこの辺りの虫を使えばいいし、材料には困らん」
「何だか子供に戻った気分だな」
ユイに色々と指導してもらいながら、10分ほどかけて釣り竿を完成させ、近くにいた虫を取って針に付け、いよいよ釣り開始だ。
果たして、どんな魚が釣れるのだろうか。
童心に還ってワクワクしながら、俺は湖に釣り糸を垂らすのだった。




