古き者の監視者⑦
「ここが学生寮よ。部屋は人気の無い最上階の角部屋しか空きが無かったけれど、大丈夫?」
「プライベートな空間が確保できるならどこでもいい。さすがにスプリアの部屋をずっと間借りしてるのも悪いしな」
スプリアの案内で、学生寮内を歩く。
昼食の際に食堂に来ていたので、全く知らないという事は無いのだが、居住スペースの方には来た事が無かったので、存外新鮮だ。
授業を終えたであろう学生たちがあちこちにいるが、スプリアを見ると一様にみんなが頭を下げたり、挨拶をしたりしている。
ちゃんと学院長として認知されてるんだな、と彼女の表の顔に納得してしまう。
なお、俺は珍獣のような目で見られていたが、そりゃ見た事ないヤツを学院長が連れ歩いていたら、注目も集めるだろうな。
「こっちの入口が男子用、反対側が女子用ね。フレデリック、いるかしら?」
出入口から寮に入り、正面を真っ直ぐ進めば食堂なのだが、向かって左側へ行けば男子フロア、右側に行けば女子フロアと分けられているらしい。
左の男子フロアの方に向かい、途中にある部屋をゴンゴンとノックしつつ、スプリアが中へと呼びかける。
すると、程なくして部屋の扉が開き、1人の人物が姿を現した。
線の細い、すらりとした長身。
艶のある長い金髪に、色白の肌。
極め付けはえらく整った顔立ちに、尖った長い耳。
コテコテのエルフだった。
両目を閉じており、前が見えているのかわからないが、動きに迷いは感じられない。
「学院長、何か御用ですか?」
穏やかな声だが、その声の低さからして、男性だろう。
そして、目が開いていないにも関わらず、正確にスプリアの方を向いている辺り、何かしら目の代替となる視界を持っているっぽい。
「この子を今日から寮に入れるわ。まだ正確にいつにするかは決まってないけれど、そのうちどこかのクラスに編入させるから、そのつもりでね」
スプリアが俺を示すと、両目を閉じたエルフの男が顔を正確にこちらへ向けた。
やはり、動作に迷いは感じられない。
そして、改めて見ると少しばかり年を召しているように見えるな。
見た目の年齢は、40になるかどうかくらい、だろうか。
もし、エルフが長寿なのだとしたら、老いの様子が見えるこの男は、どれほどの年齢なのだろう?
「初めまして、だね。僕はフレデリック・エルドラント。いくつかの授業担当と、男子寮の監督を担当しているよ。よろしくね、新入生くん」
こちらに軽く会釈し、自己紹介をしてくれている辺り、人当たりは良さそうに見える。
これが、スプリアがいなくなった途端に傲慢エルフに変わったら面倒だな。
まあ、わざわざそんな問題あるヤツを寮の監督なんかにゃしないだろうが。
横目で普通に話していいのかを確認してみれば、普通にしていいとスプリアから目線で返ってきたので、俺も自己紹介を返す。
「どーも。これから世話になるカイト・エツオだ。なるべく迷惑はかけないようにする」
なるべく、であって絶対ではないけどな。
主に喧嘩を売られた場合とかは、内容次第じゃ相手を泣かすまでやるかもしれん。
「カイトくんだね。元気のありそうな編入生だ。ちょっとくらいはいいけれど、あまり暴れないでほしいな」
そう言って、フレデリック寮監は右手を差し出す。
握手なのだろう、と俺も右手を出せば、彼は俺の手を思いの外、力強く取る。
右手に固い感触が伝わってくる辺り、剣辺りの武芸者っぽい感じがするな。
少なくとも、ただの穏やかなエルフ、って感じではなさそうだ。
「それじゃ、君の事を登録しておくから、学生証を出してくれるかな? あるよね?」
握手を終えると、学生証の提示を要求されたので、スプリアに貰った学生証をブレザーのポケットから取り出し、手渡す。
すると、彼は部屋の中からキーホルダーのようなものが紐で付けられた鍵を持って来て、俺の学生証をキーホルダーのようなものに当てた。
数秒ほどそれを続けると、フレデリック寮監は、俺に学生証と鍵を手渡してくる。
「これで良し、と。部屋の鍵に君の魔力を紐付けておいたから、無くしても魔力を追えば見つけられるよ。それに、部屋にも魔力が登録されたから、君の許可が無い者は部屋に入れない。僕や学院長のように、強制解錠権限を持っている人は通しちゃうけれどね」
「ん、ありがとな」
なかなかどうして、魔力を使った警備システムのようなあるとは思わなかった。
とはいえ、シオンの事など、秘密事の多い立場である俺にとっては、こういったセキュリティはありがたい。
「それじゃ、部屋までは私が連れていくから、あとは大丈夫よ」
「かしこまりました。それでは」
用事を済ませると、フレデリック寮監は部屋に戻った。
スプリアも忙しいだろうに、わざわざ部屋まで案内してくれるなんてな。
「いいのか? 別に最後までスプリアが案内しなくてもいいだろうに」
「一応ね。あなたの事だから、適当な因縁を吹っ掛けられたら問答無用で殴り掛かりそうだし」
あ、なるほど。
俺の心配じゃなくて生徒の心配をしていたと。
狂犬か何かだと思ってらっしゃる?
まあ、喧嘩を売られたら買うのは否定しねーけど。
とはいえ、何でも無条件に買うワケじゃねえ。
ムカつくヤツは問答無用で叩き潰すけどな。
「へいへい、そりゃどーも」
心の籠もっていない礼を述べながら、先導してくれるスプリアの案内に従って、歩く事10分程度。
最上階となる6階の1番奥に、俺の部屋はあった。
「ここね。入口から遠いせいで、この部屋人気無いのよね」
「だろうな。階段も1つしかないし、こんだけ遠いと敬遠もされるだろうぜ」
エレベーターも無いしな。
ただただ階段を上るだけなら、奥の部屋ほど嫌われるのは当然だ。
まあ、俺はあんま気にしないけど。
最悪、出る時は窓から飛び降りていけば早そうだし。
「部屋は広くていい所よ。あまり人も入ってないから、全然傷んでいないし」
スプリアに促され、俺は鍵で部屋の扉を開く。
中に入ると、そこには立派な1LDKの部屋があった。
リビングに当たる場所には風呂トイレ等が完備されていて、来客等も考慮しているのか、4人掛けのテーブルとイスもある。
学生の寮、と考えるとなかなかにオーバースペックな気がするぞ。
「……もしかして、寮の部屋って全部これか?」
「そうよ? そこそこ高い授業料を取っているんだもの。それに見合う生活空間は提供しないとね」
なるほど、これはこの魔術学院、とてもブルジョワたちの通う場所だ。
一応、古き者たちの監視者に協力する見返りに、ここに住まわせてもらうわけだが、万が一にも家賃を請求されたら払える気がしないな。
「……なるほどな。とりあえず、案内してくれて助かった」
「それじゃ、また明日ね」
用事を終えたスプリアは、内心で戦慄を覚えていた俺の事など露知らず、魔術による燐光を残して一瞬で姿を消したのだった。
ふう、とりあえず粗相をしすぎて見限られないように充分注意しないとな。




