第90章 ジャングルの狩人
無数の歪みねじれた樹幹に覆われたこのジャングルに、リンはすでに二昼夜を過ごし、ここの環境についてもいくらか研究を深めていた。
暗夜といえど、ここは白昼のごとく明るく輝き、無数の苔蘚の上の発光する晶塵が、このジャングルに真の暗黒を決して訪れさせはしなかった。ここで生きる多くの生物はすでに昼夜の観念を失い、どのようなときも光の下で生活している。
この森のなかを、幅わずか二メートルの小さな河が一本、流れている。不思議なことに、河の向こう側は、また一変した別の光景だった。
おそらく地質のせいだろう。こちらの土地には点々と苔蘚があるだけで、星のようにちらばる光は広々とした林地を照らしきれず、光の届かぬ場所には、歪みねじれた複雑な影だけがあった。ここはまた、捕食者たちの世界でもあった。やつらは暗黒のなかに身を潜め、獲物が近づくのを待つ。光に満ちたもう半分の区域へと足を踏み入れる捕食者は、ごく少数しかいなかった。
暗黒のその半分を、リンは「暗黒の原」と呼び、発光する苔蘚のある側を「閃光林地」と呼んだ。河が、それらを分かつ境界線だった。
十匹の、姿は蠍のごとく、細長い脚と刃のような前肢を生やした奇怪な節足生物が、暗黒の原のなかから飛び出し、素早く河を駆け渡り、四方に飛沫く水しぶきとともに、きらめく光を放つこの林地へと這い上がった。
これらの節足類は一匹一匹の体長が三十センチあり、その名を「狩殺者」という。リンがここへ来てから創造した初の小型部隊だった。
リンは今、以前の方案を変更していた。リヴァイアサン自身を探索に出すのは面白かったが、周辺の種の急速な進化を目の当たりにした後では、かつてのあの単独探索の方法はすでに通用しなくなっているとリンは考えた。未知の強力な脅威に出くわせば、逃れ出ることも難しい。
そこでリンは、個体に拘泥しない方案を採用することに決めた。すなわち一支の軍隊を製造し、周辺の地区を探索させ、さらに緑の絨毯で占領させる。リヴァイアサン本体は通例出動させず、可動基地としての存在とするのだ。
狩殺者たちは身を低く伏せ、発光する苔蘚の地面をゆっくりと移動していった。
暗夜には、閃光林地のなかの捕食者は白昼よりもなお少ない。なにしろ光は地面から放たれており、捕食者がその身を隠すのは難しいのだ……この変色能力のある狩殺者たちを除いては。
部隊を急速に拡充する必要があるなら、緑の絨毯の養分だけではあまりに遅すぎる。リンは他の生物を狩り殺して養分を得ねばならなかった。
狩殺者たちは前方の遠くない場所で苔蘚を食んでいる一匹の生物に狙いを定めた。この丸々と太った節足類は体長が一メートルあまりあり、全身を堅固な鎧甲で覆っている。
そいつには呼び名があった。「甲虫」という。しかし甲虫は総称であり、リンはこの森のなかで多くの甲虫類の生物を発見していた。それらを見分けるために、一匹残らず甲虫と呼ぶわけにはいかない。こいつは特別に「食苔甲」と名づけることにした。
食苔甲は中型のなかでも小さめの甲虫で、標的とするのにたいそうふさわしかった。
狩殺者たちの全身は苔蘚と寸分違わぬ輝きを放っている。やつらは変色できるだけでなく、リンがことさらに水晶塵を集めて全身に振り撒かせていた。そうすることで、やつらは周囲の環境と融け合い、食苔甲はまったくその接近に気づかなかった。
食苔甲に一定の距離まで近づくと、狩殺者たちはたちまち一斉に飛び出した。食苔甲の反応は素早く、そいつは瞬時に背後から甲羅を開け放ち、四枚の巨大な翅をそのなかから展開した。
そいつが飛び上がるより前に、一匹の狩殺者がすでに食苔甲の背に躍りかかっていた。鋭利な前肢が、瞬時に翅の上に数条の裂け目を切り刻む。
食苔甲は猛然と翅を羽搏かせたが、傷と裂け目のためにまったく浮き上がれなかった。そのとき、他の狩殺者たちもそれにつづいて飛びかかり、前肢を食苔甲の胴体や脚の関節のなかへと突き刺した。
この甲虫はいとも容易く狩殺者たちに討ち崩され、刺し傷を負った関節からは緑色の液体が湧き出し、全躯もまた地面に倒れ伏した。
狩殺者はリヴァイアサンが普段造る臨時の兵種とは異なり、体内に完全な一揃いの器官と循環系を備えている。だから、その場で甲虫を食らい、養分を腹部に蓄えて持ち帰ることができた。
狩殺者のうち三匹は食苔甲の流れ出す血液を食らう任に当たり、残りはそいつの硬い甲羅を切り開く役目を負った。このものはきわめて硬く、だからかなりの手間を消耗せねばならなかった。
何匹かの小型の爬行類が血の匂いに誘われてここへ近づいてきた。やつらは屍体の周りをうろつき、近寄って血液を少しでも食べようと企てる。リンは二匹の狩殺者を分離してやつらを追い払わせた。リンには分け前を与える考えなどみじんもなかった。
魚類は海のなかで最強の生物だったが、魚類の進化型である爬行類は、陸の上ではきわめて弱小だった。やつらの大半は食植者か食腐者だ。リンは気づいていた。ここのなかでは、そのほとんどが巨大な節足類を主としている。もっとも、リンが探索したのはこの歪みのジャングルのごく小さな範囲にすぎず、あるいは別の場所にはもっと多くの奇抜な種がいるのかもしれない。
狩殺者たちが甲虫の腹部を切り開くと、みな素早く一塊に集まって食べはじめた。リンはこの屍体が小さな爬行類ばかりか、何匹かの強力な生物までも惹き寄せることを知っていた。
たとえば……「ゴキブリ」と呼ばれる生物だ。
この種の生物は姿が大きく、速度は超高速で、あたかも鋭利な刃物のような口器が素早く標的を切り刻む。リンが以前に放った何匹かの飛行者は、みなこのゴキブリと呼ばれる生物に食われてしまった。
ゴキブリもまた、閃光林地で活動する捕食者の一つであり、速度が極めて速いため、獲物が事前にそれを発見していても逃げ切れない。
幸い、狩殺者たちの食事は迅速で、食苔甲はすぐに空っぽの殻になるまで食われた。そのあいだ、何か別の生物を惹き寄せることはなく、狩殺者たちが一たび立ち去ると、小さな爬行類たちが群がり寄り、食苔甲の殻のなかへ潜り込んで残り滓を探った。
狩殺者たちは素早く帰還し、河を渡り、暗黒の原の洞穴の入口へと戻ってきた。
リンはもともと掘り出していた洞穴を大きく拡張していた。ここは基地として用いるのにたいそう適しているように感じられ、今ではすでに深さ十数メートル、幅三メートルあまりの洞穴となっていた。内層の泥土はみなリンが甲質物を混ぜ込んで補強してあり、洞穴の崩壊を防いでいる。
狩殺者たちが戻ると、得た養分を小型の球体に凝結させて吐き出した。やつら自身が必要とする分を吸収する以外、余った養分はすべてリヴァイアサンへと持ち帰られる。
リヴァイアサンが収集者を使って養分の球を食べはじめたとき、もともと洞穴の奥深くに身を寄せて眠りこけていたあの小さな砂漠蠍たちが、餌の匂いを嗅ぎつけたかのように猛然と飛び出してきて、小さな鋏で養分の球を挟み取って食べはじめた。
リンはやつらを阻止しなかった。どうやらこれらの蠍を育てて大きくするのはなかなか面白そうだった。これらの生物は比較的賢く、リン自身の製造した兵種と他の種とを見分けられるから、リンの収集者を攻撃してはいけないことを知っているのだった。
蠍たちは一匹あたりわずか一粒か二粒を食べるともう食べず、食量はかなり少なかった。しかし実のところ、やつらはとても速く育ち、すでに何匹かは殻を脱ぎ終えており、体つきもいくぶん大きくなっていた。どうやら今の節足類はみな脱皮の方法で成長するらしい。なかなか無駄が多い気がするし、そのうえ脱皮のときは危険だった。
リンは普段はリヴァイアサンの体格を増やしたりはせず、ある種の特別なときにのみそれを溶解し、それから全体をあらためて組み換えるのだった。
リンはすべての養分の球を集めて消化し終えると、それにつれてさらに多くの部隊の製造を開始した。リンは今、狩殺者の部隊のなかに三匹の砲撃者を加え入れることにした。この生物もまた蠍に似た形で、体長は三十センチ、尾部に彎曲して生えているのは毒針ではなく砲口だった。溶甲炸裂弾を発射するためのもので、今の標的はほとんどが節足類だから、甲羅を穿つ能力は欠かせなかった。
リンは蠍の体型が、今のところ目にしたなかで最も完璧な形態だと感じていた。攻撃にも防御にもたいそう適し、しかも速度にも影響しない。まったくもって実用的すぎると思えた。
リンはリヴァイアサンにさらにいくつかの掘削用の兵種を製造させて洞穴を大きく掘るのを補助させ、一方、狩殺者の小隊はさらに外へ出て狩りを続けさせた。
まさに最初の狩殺者が洞口を踏み出したそのとき、リンはそいつが何かに掴まえられ、瞬時に高みの空へと引きずり去られるのを感じ取った。何かを見極める間もなく、この狩殺者の頭部は噛み砕かれてしまった。
残った狩殺者たちが洞穴を出て、上を向いて見上げても、かろうじて暗黒のなかに包まれた大面積の歪みねじれた樹幹がぼんやりと見えるだけで、ついさっき狩殺者を襲ったのがいったい何の生物なのかはまったく見て取れなかった。
この森はじつに怪物だらけだ……
二昼夜を過ごしたとはいえ、リンもごく少数の生物を目にしてきたにすぎない。ついさっきのああした生物は、まるでまったく見知らぬものだった。リンの洞穴は光と暗黒の境界線――あの河のそばに位置しており、しかも暗い側にあった。あの生物はおそらく暗黒の原からやって来たのだろう。リンはこれまでそこをあまり探索しておらず、狩りの場をこのところずっと発光する苔蘚のある閃光ジャングルに集中させていた。
ならば、追うべきだろうか? リンはあの掴まえられた狩殺者が、いまだ何かに絶えず噛みしだかれているのを感じ取れたが、当分は食い尽くされはしないだろう。
たった一匹の狩殺者のために危険な暗黒の原へ深く分け入るのは、どうも割に合わないように思えた。しかし、これから先の自身の安全を確保するためには、やはりこの巣穴の門口で不意打ちをかけてくる生物を、どうあっても息の根を止めねばならなかった。
だが、リンは部隊を出動させて標的を討伐しに行こうとは思わなかった。なにしろ危険の度合いが大きすぎ、全滅の可能性がある。リンは別の方法を一つ、考え出さねばならなかった……
そう考え、リンはリヴァイアサンに一匹の発光する飛行者を製造させ、歪み樹のジャングルの上空へと飛ばせた。




