第74章 岩登り
大波が猛然と押し寄せてくるのを見て、リンはもはや止まれないことを悟った。ならば……正面から迎え撃つのみ!
リンはリヴァイアサンに、触手の吸盤で岩壁にしっかりとへばりつかせ、さらに逆棘のついた長い鉤を何本も作り出して岩壁の裂け目に突き刺させ、リヴァイアサンを安定して固定した。それと同時に、津波のなかにいるすべての輸送者にも、外殻を再度補強させた。
リンが準備を整え終えるころには、津波はすでに北の陸へと迫っており、最も高い波の峰は陸の絶壁よりもなお十数メートルも高かった。
来る……
ゴオオ——ン!!
百メートルを超える水の壁が岩壁に激突し、それはまるで世界全体が揺れ動いているかのようだった。途方もない震動感がリンの知覚細胞を絶え間なく刺戟し、強烈な水流が岩壁に固定されたリヴァイアサンを激しく洗い流し、今にもそれをむりやり八つ裂きにせんばかりだ。
この状況では、リンの眼球は何一つはっきりと見ることができない。だが、リンは触覚を通じて、何が起きているかを依然として判断できた。
ほとんどの輸送者から激しい痛みの感覚が伝わってくる。甲羅を被っていたにもかかわらず、やつらの体躯は激しい衝撃の下で瞬時に押し潰されてしまった。やつらは間違いなく絶壁に衝突したのだ。
さらに幾体かの輸送者は比較的高い位置にいて、やつらは絶壁に激突することこそなかったが、津波によって直接、空中へと放り投げられ、宙でしばらく転がったあと、重く陸地へと叩きつけられた。強烈な痛みが、やつらがもうずたずたの肉塊と化したことをリンに知らせた。
このすべては一瞬のあいだだけ続いた。すぐに、陸地に激突した津波は衝撃のエネルギーを失い、海中へと退きはじめる。リヴァイアサンは、さきほどまで猛然と上へと突き上げていた水流が、今度は急速に引き返していくのを感じることができた。ほどなくして、海と陸は再び平静を取り戻し、まるで何も起こらなかったかのようだった。
リヴァイアサンはあいかわらず岩壁にしっかと取りついている。吸盤と逆棘がこいつを救ったのだ。だが、輸送者たちはそうはいかなかった……
あの岩壁に激突した輸送者たちは、一匹残らず消息を絶った。たとえ何個かの細胞がまだ生きていたとしても、もはや何の役にも立つまい。
あの異様な火球たちはこちら側には現れなかったが、水中の温度は遠方から伝わってきている。あの細胞たちも、すぐに高温に殺されてしまうだろう。
唯一の望みは、陸地にあった……
何体か、津波によって陸地に投げ上げられた輸送者が生き延びていた。やつらはみな絶壁にほど近い陸地の縁におり、その総数はわずかに……31体。
生き残った輸送者は31体だけなのか? まったくもって恐ろしい災厄だ。一億年の養分が、かくも水泡に帰してしまった。
だが、リンは生き残った。進化の情報すべて、他の生物の資料すべてを、リンは完璧に保ち続けている。過ぎゆくままにさえすれば、リンはすぐにでも復活できるのだ!
今は、危機はまだ退いていない。リンはできるだけ速く行動せねばならない。海中の温度は依然として高まり続けており、リヴァイアサン本体でさえこの高温に抗うのは難しい。リンはどうしても、この絶壁をリヴァイアサンに攀じ登らせなければならない。
陸の上を這い進むときと同じように、リヴァイアサンは触手の吸盤でしっかりと絶壁に吸いついた。しかし、それだけでは三メートルの巨体を水面から引き離すには足りない。
リンはさらに、先ほど固定に使った逆棘を、六本の可動式の逆棘つき節足脚に作り変えた。リンはその内部に、水力機構にも似た系統を構築した。それが生み出す力は、陸地の上でリヴァイアサンを推し進めるに足りる。
これらの新しい能力に頼って、リヴァイアサンはすでに絶壁を攀じ登れるようになっていた。
陸の上の輸送者たちは今、甲羅を被っているせいで、もとからあった眼球も覆われてしまって物が見えない。もしリンが眼球を製造すれば、なかの水が漏れ出てしまう怖れがある。だから、リヴァイアサンが陸地に到達してはじめて、やつらの状況を確認できるのだった。
リンは急がねばならないと知っていた。だが、リヴァイアサンが三メートルの巨体を引きずって、あれほど高い岩壁を攀じ登るのも、容易なことではない。リンにも、器官をいくつかか、あるいは水などを取り外そうかという考えはあったが、陸の上で何が起こるかはまだわからないから、すべてこのままにしておいたほうがいい。
幸いにも、リヴァイアサンの養分は足りている。運動で損傷した細胞を完璧に滞りなく修復し、養分を補充できるから、リンには「疲労」というもの自体がない。リヴァイアサンはいずれは、必ず這い登れる。
だが問題は……攀じ登っているのがリヴァイアサンだけではないということだった。
リヴァイアサンは今、三割強といったところまで攀じ登っていた。リンはリヴァイアサンの背中に何本かの眼球触手を組み立て、四方を観察した。そして、何匹かの生物が海の中から這い出してきたのを見る……
ブロントスコルピオだ。
妙だな。こいつらはどうして海から出てくるのだ? まさか同じく津波に乗ってここまで来たというのか? それとも、ここの海底にブロントスコルピオがもともといて、水温の上昇に耐えかねて這い出してきたのか?
どちらの理由にせよ、やつらは厄介ごとだった。
ブロントスコルピオの節足にも逆棘があり、やつらは明らかに絶壁の上で体を支えながら攀じ登ることができる。今は攻撃の意志こそないが、もし上で危険が去ったと悟れば、やつらが真っ先にすることは、災厄のなかで消耗した体力を補うための食べ物を探すことだ。
陸地にはおそらく、津波に乗って打ち上げられた何らかの魚などがいるだろう。しかし、最も目につく食べ物はリンの輸送者だった。
リンはやつらに先に陸地へ到達させるわけにはいかなかった。
これがいわゆる「競走」というものか? 面白い言葉だな。
リヴァイアサンは力を込めて絶壁を攀じ登る。だがその体は重く、何匹かのブロントスコルピオがすでにリヴァイアサンの下方数メートルにまで迫っていた。そいつは上方のリヴァイアサンを見ると、鉤のように曲がった尾と巨大な一対の鋏を持ち上げ、攻撃の構えを見せる。
やつらは陸地にすら着かぬうちに、もう餌を漁ろうというのか?
発射!
一発の炸裂弾が、リンによってリヴァイアサンの背後から射出され、この鋏を振りかざし尾を振る蠍に直撃した。蠍の頭部にある複数の眼球に強酸が飛沫し、激しい痛みがそいつをして、岩石に引っかけていた節足を一気に緩めさせ、絶壁から熱を帯びた海水のなかへと転落させた。
おそらく、そいつはもう二度と這い上がれまい。だが、今は勝利を祝っている場合ではない。
墜落したブロントスコルピオのわきには、なお三匹の蠍がいる。やつらは仲間の墜落がどういうことなのか、あまりよくわかっていないらしく、そのままリヴァイアサンの方へと這い進み、尾を持ち上げて攻撃しようと構える。
脳が小さすぎる生物はこの点が面倒だ……もし鮫なら、一匹でも死ねば周りのやつらはきっとみな雲散霧消しただろうに。
リンは再び炸裂弾を噴水口へと圧送すると、今度は三連発をお見舞いし、一匹あたり三発ずつの炸裂弾を続けざまに発射した。
三度ともすべて完璧に命中した。ブロントスコルピオは脳こそ小さいが、反応はやはり速い。一匹は鋏で防ぎ、ほかの二匹はやつらの「先輩」さながらに落っこちていった。
あの防いだ蠍も、苦痛を感じると向きを変えて這い去っていった。どうやら、学習してこそ危険を悟るということらしい。
一度の小さき勝利はあったが、あたりにはすでにリヴァイアサンを追い越した蠍も数匹おり、しかもそのほとんどは距離が遠すぎて、リンには打ち当てることができない。
どうにもできないなら、攀じ続けるしかなかった。やつらが這い上がったときに、他の死魚に惹きつけられて、輸送者を襲わないことを願おう。
今のリヴァイアサンの進捗は……五割。リンは何匹かの蠍がすでに陸の上へ這い上がったのを見た。そして蠍ばかりではなく、何匹かの三葉虫も海から這い上がってきている。これらの三葉虫は一種の小型種で、わずか十センチほどしかない。その這う速さはかなりのもので、いくらも経たぬうちにもうリヴァイアサンに追いつきそうだ。
陸の上では、体が軽いことこそ良いということなのか?
だが、あの蠍どもより、リンがさらに懸念したのは、火球だの津波だのといった現象が再び現れはしないかということだった。しかし、ここは終始きわめて平静で、何事も起こらなかった。
そして、まさにリンがそう考えたとき、空中に突然、いくつかの丸い影が現れた。
火球か? 違う……
あの幾つかの浮かぶものは、ゆっくりとリヴァイアサンと蠍たちのいる絶壁へと近づいてくる。それは、リンが以前見かけたあの生物、空気中を漂う水母だった!
やつらが水母かどうかもかなり怪しいが、ただひどくよく似ているだけなのだ。
空水母は一匹一匹の体の直径が一メートルほどで、目こそなかったが、絶壁を攀じるリンのこれらの生物を観察しているかのようだった。リンもこれほどつぶさにこれらの水母を観察できたのは初めてだった。リンは水母の体の周囲に、放水孔にも似た「噴気孔」がいくつかあるのを見つけた。どうやらやつらはこれで移動するらしい。
水母たちはしばらく宙をふらついていたが、ついには、目標をあの小さな三葉虫たちに定めた。
水母は空に漂える以上、その体はきっと軽いに違いない。やつらはリヴァイアサンやブロントスコルピオにはどうやっても敵わないことを知っているのだ。だが、三葉虫は体が小さく、やつらがいいように苛めるのにうってつけだった。
空水母は身の下の触手で三葉虫を捕まえ、毒で殺す。これは水のなかの水母とよく似ている。リンは、リヴァイアサンの背後遠くないところに、一匹の小さな三葉虫がいるのに気づいた。そして、一匹の水母もまた、その三葉虫に近づいている。
好機……
水母が近づいてきたとき、リンはある特別な組立品を噴水孔へと送り込んだ。それは長さ数メートルに及ぶ触手で、きわめて細いが柔靭性には富み、しかも末端には大量の逆棘がついた尖刺を持っている。リンはこれを「鉤刺」と名づけた。
射撃!
水母が射程内に近づいたとき、リンは突然、鉤刺を猛然と発射した。鉤刺は水母の空気を満たした球嚢のなかへと突き刺さり、その内側にしっかりと引っかかった。
掴まえた! これでこいつがどうやって空に浮かんでいるのかを研究できる!
しかしリンがまさに喜んだそのとき、水母の周囲の噴気口が突然、絶え間なくぶるぶると震動しはじめ、大量の空気を吸い込んでいるかのようだった。それと同時に、水母も空気の吸い込みにつれてますます脹れ上がっていき、ついには……
「パンッ」。
水母は弾けてしまった。




