第67章 河の果て
リンはさほど迷うこともなく、リヴァイアサンを甲冑魚の群れに続かせて河口へと進入させた。
リヴァイアサンにとって、塩分などというものは無論、気にするに値しない。他の生物は遊泳する際、体内の器官が絶えず外部の水とさまざまな元素や養分を交換しているため、水に何か奇妙な変化が起きれば忽ち耐えられなくなるのだ。
だが、リヴァイアサンには水と直接物質や養分を交換する系統はない。吸水と放水の能力こそあるものの、それらの水が自身の血液や他の循環系を通過することは決してない。リヴァイアサンは、ある小型兵種に頼って水中の養分や餌を収集しているのだ。それは収集者の進化型で、水中に含まれるさまざまな有害物と無害物を詳細に分離でき、さらにはリヴァイアサン本体が今、どの物質をどれほど必要としているかをも判断できた。
つまり……川に入るときは、収集者たちに塩を多めに集めさせ、水は控えめに集めさせればよいということだ。
リヴァイアサンは甲冑魚の群れと共に川の奥へと泳いでいった。川の中の生物はごく少なく、川底の泥砂の上に何種類かの小型生物がいるだけだ。ここにはすでに、この甲冑魚の群れを脅かせるような捕食者は一匹もいなかった。
リンを除いては……
甲冑魚がいつまで泳ぎ続けるのか見当もつかなかったため、リンはリヴァイアサンの背中に眼球を一つ作り出し、リヴァイアサンを水面に浮上させて、陸地の変化を観察することにした。
リヴァイアサンは、自力で生活していたこの期間中、眼球を作ったことが一度もなかった。どうやら嗅覚と触覚だけに頼って生きてきたらしい。リンには、この点がまったくもって不思議に思えた。
かつての灼けつくような紫外線は、今ではもう、ほとんど害を成さないらしい。白昼の光はいまなお明るいというのに、リヴァイアサンが水面近くまで浮上しても、何の感覚もないのだ。
河の両側に広がる陸地には、四角い大きな岩ばかりが並んで見え、リンの視界を遮っていた。だが、それらの岩の上に、いくつかの緑色のものが立っている。それはまるで、硬くて細長い触手のようであり、その先端には枝分かれがあった。
やつらはもう、正式に陸へと這い上がったらしい。海藻と同じく、これらはみな、光食細胞の進化型なのだ。やつらは一般的な生物とはまったく異なる進化の道筋をたどっている。血管に似た系統こそあるが、心臓や筋肉、脳といった器官を進化させようとは決してしなかった。やつらには筋肉がないために移動はできず、繁殖用の細胞を水流に乗せて拡散させることしかできない。周囲の環境への反応速度はきわめて遅い。にもかかわらず、やつらは脳を持つ他の生物たちに決して引けを取らずに生き延びている。
酸素の製造は、ほぼすべてこいつらの功績によるものだった。反応は遅いというのに、俊敏で好んで自分たちを捕食する脳を持つ生物たちに対抗し、さまざまな戦略を生み出している。これはじつに妙なることだ。陸へ這い上がったのも、捕食者から逃れるための戦略の一つであるはずだった。
これらの生物には、もはや別の言葉で形容できるものがある……「植物」だ。普段すばやく動き回る「動物」とは、かなり大きな違いがある。
ただし、リン自身は、植物と動物の両方の特性を同時に備えている。その感覚は、じつに滑稽だった。
リヴァイアサンは甲冑魚についていき続け、ついに、ある特別な水域へと到達した。
前方の水路が、巨大な岩の積み重なりでできた石の壁に遮られている。しかし、ここは河の終わりではなかった。巨大な岩の隙間から、河はなおも上流へと続いていることがわかる。ただ、これらの岩がいつのまにか河の中央に落ちてきて、河を分断してしまったのだ。
そして、甲冑魚たちの目的地は明らかにここではなかった。ただ、やつらの巨体では岩の隙間をすり抜けられない。そこで甲冑魚たちは水面を泳ぎ、勢いよく跳び上がると、水面に露出した巨岩の頂きへと身を躍らせた。
甲冑魚たちは鰭と、不格好で重い頭部を振り動かし、河を堰き止めるこれらの巨岩を這い越えようとしていた。
なぜこいつらは、さっさとここで産卵を済ませてしまわないのか? わざわざ這い越えようとは?
続けざまに巨岩へ跳び上がっていく甲冑魚を眺めながら、リンはいくぶん腑に落ちない思いだった。だがこれで、紫外線がたしかに、もはや大した殺傷力を持っていないことも証明されたわけだ。
ならばリンは? 自身も跳び上がってついていくべきか? リンはリヴァイアサンの生活記録をざっと調べてみた。今のところ、こいつは何の陸上能力も持ち合わせていないようだった。一億年に及ぶ生活のなかで、一度も陸に近づいたことはない。
だがリヴァイアサンには、偶然の状況で陸に打ち上げられ、這って海に戻ったという経験があった。おそらく、上がって試してみることはできるだろう。鰭だけで這い移動する甲冑魚でさえ越えられるものを、リヴァイアサンに越えられない道理はない。
そう考え、リンはリヴァイアサンを水面まで浮上させ、勢いよく噴水口を開放して飛び出し、岩の上に着地させた。
リヴァイアサンは今や二本の触手しか持っていなかったが、その上の吸盤はきわめて強力な力を発揮する。三メートルもの巨体を陸上で引きずって移動しても、何の支障もなかった。
リヴァイアサンの傍らでは、甲冑魚たちが這い進もうと必死に藻掻いている。再び水に入れる場所までは、まだ十メートルある。リヴァイアサンは巨体でありながら、吸盤の助力があるため、これらの甲冑魚よりもずっと速く這うことができた。だが、半分ほど這ったところで、前方にいくつかの怪物が現れた……
平たく細長い体は一メートルあまりもあり、前肢の先端には鋸歯のある巨大な鋏がついている。尾部は湾曲し、その先には鋭利な湾曲した鉤がついていた。どう見ても肉食者だった。この生物は、どこにでもいる目立たない小型節足類に端を発している。リンはかつてそいつらを見たことがあり、まさか今ではもう陸に這い上がっているとは思いもよらなかった。
やつらにもまた、独自の名があった。「ブロントスコルピオ」。
じつに異様な呼び名だな。この蠍は全部で三匹おり、どうやら相当以前からここで待ち伏せし、甲冑魚を狙っていたらしい。
これは厄介かもしれない……
ブロントスコルピオの頭部には、全部で八つの眼球がある。視力がどの程度かはリンにはわからなかったが、明らかに全員がリヴァイアサンを凝視していた。
面倒なことになりそうだ……
リヴァイアサンの巨体に、蠍どもはいくらか忌避感を抱いているようで、やたらに飛びかかってはこなかった。しかし、実に巧みに連携して散開し、三方向からリヴァイアサンを包囲する。
リヴァイアサンに陸上戦用の新型兵種はなかったが、リンは相変わらず古い方法で戦うことができる。リヴァイアサンの出兵口は、胴体の両側面と頭部のすべてにあり、尾部以外には死角がない。
発射!
強酸を帯びた炸裂弾が、リヴァイアサンの真正面にいた一匹の蠍に直撃した。苦痛に襲われたそいつは身をよじって後退する。一方、脇の二匹はリヴァイアサンを迂回し、近くにいた甲冑魚を捕まえに行ってしまった。
連中、別に連携して包囲していたわけではなく、はじめから別行動だったのか?
リンは深く考え込まず、この隙に素早く水中へと這り落ちた。仮に、かつてのように炸裂弾を放つ方法を使うにしても、三匹を同時に相手にするのはやはり非常に面倒だっただろう。
こここそが、甲冑魚の産卵地であった。広く円形に広がる水域であり、「湖泊」と呼ぶべきものだ。
リヴァイアサンの後を追うように、多くの甲冑魚もまた次々と湖へと飛び込んでくる。あの数匹のブロントスコルピオとて、せいぜい数匹を捕まえるのが関の山で、甲冑魚たちがここへやって来て産卵するのを阻止することなどできはしない。
甲冑魚の群れは、湖底の泥砂の上へと泳いで行った。彼らはまず、ここで頭甲を使って小さな穴を掘る。一対の魚のつがいごとに、自分たちだけの小さな穴を持っていた。そしてその後、大量の細胞を放出しはじめる。
一つは丸く、きわめて大きく、一センチほどもある。もう一方はごく小さく、触手のような小さな尾を持っていて、普通の単細胞ほどの大きさしかなかった。この二つを区別するには「雌雄」という二つの字がありそうだった。
丸い細胞を放出するのが雌で、小さな細胞を放つのが雄。雌雄が合わされば、双方の長所を併せ持つ子孫を創り出すことができるのだ。
甲冑魚たちは細胞を放出し終えると、死に絶える。これは扁魚とそっくり同じだった。リンは、大半の生物に寿命が設定されているのを見出していた。だが、連中のそれは、リンがたまに古い細胞を分解するだけのものとは違う。連中の寿命は、その個体の全細胞を終わらせる。まず脳から始まり、徐々に全身の細胞がひとりでに死滅していくのだ。
攻撃を受けたわけでも、ウイルスに感染したわけでもない。これは全て、やつら自身の細胞が自分で決めたことなのだ。一つの生物は、決められた時間までしか生きることができず、その後は必ず死に、自らの居場所を子孫に譲らねばならない。
一匹の扁魚の寿命設定は十年程度だ。ウイルスや寄生虫などでもっと早く死ぬことはあっても、いずれにせよ絶対に十年以上は生きられない。体内の細胞が、その時に必ず死ぬよう定められているからだ。一方、甲冑魚は比較的珍妙で、産卵を終えた後でしか死なないという設定で、それまでは死ぬことはなかった。
これらの甲冑魚の死体は無駄にはならない。それらは生まれたばかりの稚魚たちの餌となるのだ。
リンがここに来たのも、何もやつらの繁殖を眺めるためだけではない。ここに基地を一つ設け、様子を見ようと考えていた。そうすれば、ここが海水とどう異なるのかを研究するのにも都合がいい。
リンが今、製造しようとしている基地は、かつてのものとは大きく異なっていた。中心となるのは主に直径三十センチの球形の基点で、そこから周囲へと緑の絨毯を拡張し、最終的に一帯すべてを覆い尽くす。
緑の絨毯の構造もずっと簡素で、主に二層の透明な殻から成り、その内側には光合成細胞と、防御用の若干の小型部隊が含まれている。
緑の絨毯は甲冑魚に何の影響も与えないだろう。リンは今では、他の生物を攻撃することなど滅多になくなっていた。やつらを観察するほうが、喰らうよりも遥かに価値があるのだ。
基地の種を投下した、まさにそのとき、リンはふと、ある種特別な感覚を覚えた……
これは……
基地の種の内部には、きわめて強力な触覚能力を備えた触手が数本、備わっている。それはリンが周辺環境の変化を計算するために特別に製造したものだ。海底の振動や水温などの情報を収集することで、この先、環境にどのような大きな変化が起きるかを計算し、それによって事前に備えをすることができる。
リンはつい今しがた、基地の種を下ろしたその一瞬、何か……異様な感覚を抱いたのだ。




