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魔族の将軍に捧げられた人間の少女のお話  作者: るいす
十六章 少女、千年を遡る(後編)
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36.エトヴァス


「トールお兄様、すごい!」

「こうやって捌くんだぜ」


 トールが慣れた手際で魔物を解体していく。アリスはそれをしゃがみ込んでキラキラした紫色の瞳で見ている。そしてエトヴァスはそんな二人を少し遠くから見守っていたが、ふと隣に立つバルドルを見ると彼の顔色は良くない。腰も引けている。


「おまえ、大丈夫か?」

「僕、あぁいうの苦手なんだよね」

「知ってる」


 エトヴァスは気のない様子で答えた。別にバルドル自身に興味はないが、彼のそういうところを知ってはいる。

 幼い頃から、バルドルはグロ系を基本的に避ける傾向にあった。

 バルドルは昔から魔物にかんしては比較的綺麗に殺すことが多く、しかも極力綺麗な形で、綺麗な部分だけ食べようとする傾向にあり、足だけ切り取ったりなど、かなり贅沢な食べ方をしていた。それでも生き残ってこられたのは、彼が幼い頃から賢く、魔力量にも魔術の腕にも恵まれていたからだろう。

 当然、トールのように魔物を解体する姿は見たくもないし、やりたくもない。

 もちろんバルドルも魔族で、しかも将軍なので、相手を殺すことに躊躇いがあるとかそういうわけではない。だが、気持ち悪いという感情が先立つのが、感情豊かな人間との混血の魔族らしいと感情の起伏に乏しく、気持ち悪いという感覚のわからないエトヴァスは思う。


「バルドル。おまえ、まだだめなのかよ。なよい奴だなぁ」


 げらげらとオーディンが自分の息子のバルドルを笑えば、バルドルは表情を変えなかったが思い切り眉を寄せた。だが、オーディンはバルドルが「気分を害した」ことに気づかないのか、笑い続けている。

 それを眺めながら、エトヴァスは心底オーディンを不思議に思う。

 エトヴァスは純血の魔族で感情の起伏に乏しく、「気分を害する」というのが自分の感情としてはほとんどよくわからない。だが、バルドルの表情を見れば彼がオーディンの発言で「気分を害した」のはわかる。だから他人が「気分を害する」行為を避ける。

 オーディンは混血の魔族なので、「気分を害する」という感情を、自分でも理解できるだろう。なのに、バルドルが自分の発言で「気分を害した」ことが理解できない。だから、いつまでたっても他人をおもんぱかれない。


「オーディン、おまえは千年たっても馬鹿なままだな」

「あぁ!?」

「ひとまず今はアリスに近づくな。やっと少し安定してきたところだ」


 エトヴァスが言うと、いきり立っていたオーディンが途端に沈む。

 明るいトールにつられてか、アリスは母を亡くしたショックから立ち直り、少しずつだが元に戻りつつある。

 アリスが鏡の光に飲まれ、戻ってきたと同時に、エトヴァスたちは千年前にアリスと過ごした記憶を取り戻した。だが過ぎ去った遠い日の記憶の忘れ去られた頁を取り戻しただけで、過去がすでにある程度整理のついたものであることに変わりはない。

 ただ、過去で三ヶ月を過ごし、元の世界に戻ってきたという感覚のアリスは落ち込んだ。

 とくにバルドルの母であり、養母でもあるフリカの死を目の当たりにしたアリスのショックは大きく、夜に何度も母親を呼んで飛び起きるようになっていた。フリカを自分を捨てた実母以上に慕っていたから、仕方がないだろう。

 それでも明るいトールがやってきて、アリスの沈んでいた気持ちも少しずつ上向いてきた。今、オーディンにいらないことを言われ、また落ち込んでもらっては困る。


「オーディン、返事は?」


 黙り込んだオーディンに、バルドルが追い打ちをかける。


「ぐっ、そこまで言う必要があるか!?」


 オーディンが叫んだが、バルドルの琥珀色の瞳は冷たい。だが恐らくエトヴァス自身も冷たい眼をしていたのだろう。オーディンは「わ、わかった!」と呻くように叫んだ。エトヴァスとバルドルは顔を見合わせ、ため息をつく。

 

「見てみて、くまさん」


 アリスは引き剥がされた毛皮をかぶって笑う。だが、重たい毛皮を持っているのはトールで、百四十センチとまだまだ小柄なアリスは、毛皮に埋もれてしまいそうだった。


「やめろ。まだなめしていない毛皮は、脂がつくぞ」


 エトヴァスが言えば、アリスは「はーい」と言って、熊の毛皮の下から出てくる。


「そういえばラウフェイお母様も魔物を取るのも、毛皮を剥がすの上手だったね」

「千年前は狩猟が生活の普通だったから、俺もできる」


 エトヴァスの母ラウフェイも魔物を狩り、アリスに獲物の毛皮を引き剥がすところを見せたことがあったが、千年前ならば食事の大半は魔物の狩猟に頼っていた。現在は家畜を食するのが一般的だが、だいたい八百歳を超す魔族は、狩猟ができ、その動物を解体できるのが普通だった。

 

「そうなの?」

「あぁ。今では軍隊が魔物を討伐するが、別に大きいものなら俺も狩るしな」


 千年前と異なり、魔族が家畜を食するのが中心となると同時に定住化が進み、将軍たちの軍隊の組織化も進んだ。現在は魔物を討伐するのは軍隊だが、そうした魔物は今でも領民に振る舞われるし、軍隊の手に余るような魔物の場合、領民への安全のために将軍自らが狩ることもある。

 ただ頻度は減っているし、エトヴァスの軍隊は将軍のそれのなかでも極めて優秀なので、エトヴァスが出る幕がないだけだ。


「そっか。わたしも上手にできるかな」

「別にできる必要はない」

「だって、ラウフェイお母様はとても強かったもの。わたしもあんな風にできたら良いな」


 アリスは、エトヴァスの母であるラウフェイにも懐いていた。ラウフェイもラウフェイでアリスが人間で感情豊かな生きものだということを考慮し、アリスを抱きしめたりと配慮を見せていた。感情の起伏に乏しい魔族としては、かなりよくできた配慮だった。

 魔族は親族関係を重視しない。昨今は混血化し、親子間で丁重な子育てをするようになったが、千年前なら少数派だ。当然、千年前に生きていたエトヴァスも、母親に大層な世話をされたことはないし、思い入れもない。

 それなのにラウフェイはアリスがエトヴァスの血筋を残す優秀な器だと考え、息子の嫁に極めて細やかな配慮を見せた。純血の魔族らしい情ではなく合理性にそった配慮だったが、純血の魔族であるエトヴァスに添い、感情より自分を大切にする行動を重視するアリスにとって十分だったのだろう。

 おかげでアリスは過去にいた数ヶ月で、ラウフェイにがっつり懐いてしまった。しかもきらきらしたアリスの紫色の瞳の奥にあるのは、多分ラウフェイにたいする憧れだろう。


「だからって何故ラウフェイ・・・」


 穏健派で有数の将軍だったラウフェイは、確かに莫大な魔力と遠距離戦闘なら魔族随一の魔術の腕を持つ、賢い女だった。だが、エトヴァスにとって面倒な相手だったという印象しかない。

 ただ、アリスは「だって」と続ける。


「だって、フリカお母様は素敵だけど美人過ぎるし、わたしやっぱり、人から綺麗に見えるとか、所作とか、細かいことは気にできないと思うの」


 アリスのあっさりとした答えに、バルドルがふきだした。


『せっかくの娘だもの。せめて貴方には幸せな結婚をして、夫に愛されて、周りから大事にされて、穏やかに生きて欲しいのよ。そのために綺麗で、美しくいなさい』


 過去の世界で、フリカはアリスに一生懸命女性としての振る舞いを説いたり、周囲から美しいと見える所作をしろと求めていた。だが、アリスはフリカが生まれながらに美人なことと、自分にそうした細かい神経がないことを考慮し、その路線は無理だと早々に諦めたらしい。

 

「母親像が過激な二者択一だよね」


 バルドルがぼそりと呟くがまさにその通りだ。

 アリスは実母に捨てられているため、母親像が姑にあたるラウフェイと、養母にあたるフリカらしい。

 ただ両者の生き方は性別は同じだが種族も違うし、正反対だ。ラウフェイは強さでその将軍の地位を勝ち取ってきた魔族の典型だ。それに対してフリカは脆弱な人間で美しさ故にオーディンの妃になった。

 アリスは同族ながら、後者は無理だと思ったらしい。


「・・・」


 エトヴァスはアリスを見下ろしながら、複雑な気分になった。

 エトヴァスはラウフェイにもフリカにも興味がなかったが、どちらがより嫌かといわれればラウフェイの方だ。ラウフェイは今のエトヴァスであっても生きていれば排除に困っただろう。しかも頭が良いのが厄介だ。実力もあり、頭も良い。この組み合わせが一番まずい。

 どちらがましかと言われればフリカをまねして欲しいところだが、だからといってフリカのようにひたすら美しく装い、夫を待つような生活をアリスにして欲しいわけではない。

 エトヴァスがどう伝えるのがいいのかと考えていると、オーディンが口を開いた。


「は?ラウフェイは魔族だぜ?おまえの魔力はラウフェイに匹敵するものになるかもしんねぇけど、人間で短命のおまえがラウフェイみたいに強くなるなんて無理に決まってんじゃん」


 それは悪気なく出た発言だった。だが、途端にアリスの表情が曇る。


「オーディン・・・」


 バルドルが驚くほど厳しい声音でオーディンを呼ぶ。先ほど注意されたばかりだというのに、彼はエトヴァスとバルドルの忠告をもう忘れたようだ。

 

「っ、あ、えっと、」


 オーディンもまずいことを言ったと気づいたらしいが、もう口から出てしまった言葉は取り戻せない。


「あはは、オーディンの言うことは気にする必要ねぇけど、安心しろよ。数千年生きてる俺だって、今でもラウフェイなんてぜってー無理だぜ」


 トールがアリスの前に膝をつき、にかっと笑ってそのアリスの頭を覆ってしまいそうなほど大きな手でアリスの頭を撫でる。


「・・・本当?」

「ほんとほんと。そもそもさ。オーディンだって、まともにラウフェイとやり合って勝てるかなんてわかんねぇのに、数千年生きてきても本当に価値ねぇよな」


 トールの言葉は軽いが正論だった。

 オーディンとラウフェイの実力は似通ったものであり、当時の魔王ファールバウティですら将軍で妃でもあるラウフェイには腰が引けていた。その強さがあったにもかかわらず彼女が魔王にならなかった最大の原因は、間違いなく彼女にその意欲がなかったことだ。

 

「う、うっせぇなっ!」

「オーディン」


 息子から言葉にいきり立つオーディンに、バルドルの冷たい制止の声が割り込む。オーディンはぐっと奥歯をかみしめた。だが、結局抑えきれなかったのだろう。


「アリスが強さ求めるなんて間違ってんだろ!?俺達は数千年も生きてて強いんだし、俺達が守るんだから、アリスが強くなる必要なんてねぇだろ!」


 自分たちは長命の魔族で、強さでアリスを守るのだから、アリスが強くなる必要はない。だからアリスがラウフェイのように強さを求める必要などない。そう思ったから言ったという、言い訳だろうか。

 エトヴァスとバルドルは顔を見合わせて首を傾げたが、オーディンが言葉を続ける。


「だいたいそもそもラウフェイみたいな化けものが娘とか嫁とか、妹とかってよりも、今のちっこくて可愛いアリスの方がいいだろ!?おまえらだって今のままでいいって思ってんじゃねぇの!?」


 オーディンの止まらない言葉がエトヴァスやバルドル、トールにも向けられる。

 

「それは、そうだが」

「まぁねぇ」

「そりゃな」


 アリスはアリスだ。誰もラウフェイやフリカに似ていて欲しいとは思わない。アリスはそのままで良いと思っている。ただアリスがラウフェイかフリカかという話を持ち出してきて、オーディンが変なことを言うから、どう声をかけるべきかを考えていただけだ。

 

「だから、このままでアリスはいい!」


 オーディンが言い切った。途端にぽんっとアリスがオーディンの腰に抱きつく。


「ありがとう。お父様は優しいね」


 アリスは純粋にオーディンの言葉が嬉しかったのか、明るく笑う。オーディンは戸惑いながらもアリスの小さな体を抱きしめた。


「お母様も言ってたよ。お父様は馬鹿だけど、好きだって」

「・・・お、おぅ」


 それは褒め言葉だったのだろうか。

 オーディンの引きつる顔を眺めながらエトヴァスはそう思ったが、アリスはフリカから直接聞き、それを褒め言葉と受け取ったのだろう。オーディンもそれがわかるから、悪い気はしなかったらしい。

 

「・・・悪かったな」

 

 アリスの頭を撫でながら、こぼすように謝る。するとアリスは首を傾げた。


「なにが悪いの?」

「いや、あの・・・いろいろ、全部、その怒鳴ったりとか、いらないこと言ったりとか、その・・・」


 千年前の記憶とはいえ、怒鳴りつけたことや冷たくあしらったこと、オーディンも彼なりに後悔があるのだろう。エトヴァスからしてみればそれを後悔するなら言動に気をつけろと思うが、それがまさにオーディンの変えられない性格だ。それでも謝るだけフリカの死をへてましになったのかも知れない。

 アリスはというと、オーディンをその大きな紫色の瞳で映す。そして現実的な言葉を口にした。


「うん。・・・そのことを考えても、やっぱりわたし、ラウフェイお母様みたいにお父様にも負けないように頑張るよ」

「は?」

「だって、フリカお母様のことだって、わたしが強くてお父様を止められたらもっといろいろなことができたと思うんだ。だから強いことってすっごく必要だと思うの」


 アリスが小さな手を拳にし、おっとりとしたいつもの口調ながら力説する。オーディンの口の端がひくっと動いた。

 アリスが強くならなければならない原因は、オーディンを打倒しなければならないかららしい。オーディンの息子であるバルドルとトールの眼が絶対零度の冷たさを帯びる。

 エトヴァスは腕を組んだまま、口を開いた。


「安心しろ。次にフリカのような一件があるなら、俺がオーディンの息の根を止める。あぁ、ファールバウティもか。おまえを含め、今の俺には使える手札が多いから下準備があれば問題ない」


 千年前、エトヴァスには何の力もなかった。だが、今のエトヴァスには将軍としての地位と、優秀な魔術の腕がある。アリスを泣かせ、悩ませるなら、間違いなくオーディンも、自分の父親であるファールバウティも排除する。

 魔王であるオーディンに単独での実力は敵わないかも知れないが、実力だけが勝負を決めるのではない。

 その点、エトヴァスは少なくともオーディンより極めて頭が良かったし、下準備を整えれば、十分オーディンを殺せる。今ではアリスも極めて有効な手札だ。アリスの障害はすべて力でなぎ倒していく。それが今のエトヴァスだ。

 ただ、千年で強くなったのはエトヴァスだけではない。


「もちろん僕もエトヴァスに協力するよ」

「俺もー!オーディンに協力するなんて絶対ねぇわ!!」


 バルドルとトールも大きく頷いてエトヴァスに同意する。アリスは少し考えるように視線を宙に向けたが、「そうだね」と笑う。


「そうだね。だからお父様は、今度は絶対にわたしのお話を聞いてね」


 アリスが真剣な眼差しをオーディンに向ける。この話の帰結は無意識だろうか、故意だろうか。エトヴァスはアリスが賢いのを知っているので疑いの目を向けたくなる。バルドルも目を丸くしているが、トールは気づいていないようだ。

 アリスは周囲を使って、今度は何かあっても勝手なことをするなとオーディンに圧力をかけているのだ。それはアリスが魔族が感情だけでなく「強さ」という価値を重視すると知っているからだ。


「わかってる。悪かった」


 くしゃりと相好を崩して、オーディンはアリスを抱きしめて謝った。

 人間の妃のフリカを自殺で失ってしまったこと、その未来を知っていたアリスを怒鳴りつけて退けたこと、後悔は死ぬまでオーディンを苛み続けるだろう。だが、それがフリカの従妹の娘であり、人間である養女アリスへの思い入れになる。


「うん。約束だよ。お父様」


 アリスは気にしているだろうに、気にしていないかのように笑う。

 きっと、オーディンがアリスを怒鳴ったことも、なにもかも、二度と口にしないだろう。だからといってオーディンが過去の過ちを忘れてはならない。忘れるべきではない。

 ただオーディンが忘れたとしても、問題はないだろう。


「じゃないと、今度はみんなでお父様と戦うからね」


 アリスはくすくすと笑ってオーディンを抱きかえす。オーディンは唇の端を引き下げて、息を吐いた。


「本当に敵わんな」

「そうだよ。人間は弱いけど強いんだよ」

「そうだな。俺はいつもフリカに勝てなかった。だから娘のおまえにも勝てないと肝に銘じておくさ」


 オーディンはそっとアリスの亜麻色の髪に頬を埋める。アリスが「くすぐったい」と笑って紫色の瞳を細め、オーディンから離れた。

 そしてエトヴァスのもとに戻ってくる。


「エトヴァス」


 アリスが名前を呼んで抱っこを求めてくる。エトヴァスがアリスを抱き上げると、頬に口づけられた。


「俺の機嫌取りか」

「うん。でも、エトヴァスが一番なのは本当だよ」

「知っている。だから許容している」


 オーディンを父と慕おうが、誰を母と慕おうが、それが兄だろうがなんだろうが、アリスはエトヴァスを優先するし、呼べば飛んでくることはわかっている。だからこそ、多少のことは許容するし、許容できる。できなければ、アリスを呼べば良いのだ。アリスは飛んでくるだろう。


「好きにしろ」


 エトヴァスがアリスの頬に口づけをかえすと、アリスがまた笑う。エトヴァスはアリスが自分のものであり、自分の腕のなかで笑うならそれでいい。


「本当に、エトヴァスはアリスに甘いよね」

「だから上手くいくんだけどな。オーディンと違って」


 バルドルが言えば、トールがそれに同意して、父親を当てこする。トールはきっとフリカに対して情があったからだろう。ただ、恐らくそれに自身でも気がついていない。エトヴァスも指摘しない。今はアリスの新しい家族が穏やかにうまくいくほうが、アリスは嬉しいだろう。


「でもわたし、エトヴァスの妃になって良かったよ」


 アリスの言葉に、エトヴァスは小首を傾げる。

 以前、アリスはエトヴァスの妃という地位に何の魅力も感じておらず、逆に周囲の魔族からの心ない言葉にアリスが耐えきれず、妃をやめたいと言われたこともあった。なのに、一体どういう心境の変化だろうか。

 

「だってエトヴァスのおかげで家族ができたんだもの。わたし、エトヴァスと出会ってから幸せなことばかりだね」


 輝かんばかりの笑顔とともに、首に抱きつかれる。

 先ほどまで若干オーディンを疎ましく思っていたことなど忘れてしまいそうなほど、アリスの体は温かい。エトヴァスはどこか浮ついたなにかよくわからない感覚に、自分でも戸惑う。

 親族など、心底どうでも良かった。家族だなどと考えたこともない。母親なんて生物上の血縁というだけで、オーディンが叔父であること、バルドルやトールが従兄弟であることなど、欠片も意識したことがない。

 なのに、アリスが喜ぶと、それに意味があるような気がする。


「そうか」


 エトヴァスはアリスを抱きしめながら、いつもどおり短く答えた。

 今までどうでも良いと思っていたもののなにもかもが尊いような、尊いという言葉の意味などちっともわからないのに、そんな気分になった。


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