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魔族の将軍に捧げられた人間の少女のお話  作者: るいす
十六章 少女、千年を遡る(後編)
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34.オーディン


「く、くちでは、せつめっ、できな、」


 ベッドに座るアリスはフリカの最期のことを口にしようとすると涙で言葉にならず、かわりにオーディンとバルドルに自分から見たフリカの最期の記憶を差し出した。

 フリカは間違いなく自殺だった。だが、フォーマルハウトになんらかの呪いをかけたようだ。

 将来への布石のための自殺。ちまたでは魔王に迫られ、白銀の檻に魔族が入り込むことはできないにもかかわらず、魔王に恐怖を感じて自殺した弱い女だが、結果は魔王を死と引き換えに呪った逞しい女だった。

 そう、フリカはそういう女だった。体が弱くてよく泣くくせに気の強い、どこまでもふてぶてしい女だった。


『オーでぃ、・・・あいして』


 フリカが最期に口にしたのは、自分のことだった。

 あの言葉を聞くことができた、それだけできっと、あと数千年生きていける。それほどにオーディンの心を打つ言葉だった。


「・・・ビューレイスト、おまえはフリカのもくろみを途中から知っていたんだな?」


 寝台の傍の椅子をひっくりかえし、オーディンは壁にもたれているビューレイストに視線を向ける。ビューレイストは無表情のまま、それを認める。


「あぁ。碑文や魔導書を読む限り、もともと最悪フリカが死ねばアリスが未来に帰れるとわかっていたからな。黒幕が魔王のファールバウティだとわかった時点で、フリカを殺す方法を模索していた」

「・・・さすが今も昔もアリス以外に興味がないだけあるぜ」


 ビューレイストは昔も変わらず、アリス以外に興味がなかった。

 まだ若年で自分の力でアリスを守れないと考えていたビューレイストが安全な未来にアリスを戻そうとするのは当然だ。ただ当時の穏健派の有力者であるオーディンとラウフェイ両者がそろってアリスの安全に責任を持った。

 だからビューレイストはオーディンの妃であるフリカを殺すというリスクを払ってアリスを未来に帰そうとまではしなかった。

 だが、魔王ファールバウティが出てきた場合は別だ。


「フリカも俺がそうするだろうことは予想していたんだろうな。自分はどうせすぐに死ぬから、アリスが魔力砲でファールバウティの防御魔術を打ち破るその瞬間が欲しいと言われた」


 フリカは確実にファールバウティを呪うため、魔王ファールバウティの防御魔術が粉砕される瞬間が必要だった。

 フリカはオーディンより強い魔王ファールバウティが、バルドルを襲うことを、そして遠い未来アリスを襲うことを恐れた。だから殺すに至らないまでも、自分の血と命を賭けて首輪をつけようとした。


「俺は将来的なファールバウティへの布石のために、フリカと利害が一致した」


 魔王ファールバウティがなにかと人間を襲うことは、よく知られている。莫大な魔力のあるアリスの存在を知られれば、それが千年後であっても遅いに来るだろうと思っていたのだ。だからファールバウティが来たと同時にその場にフリカを転移させ、機会を待った。


「結局、アリスの魔力砲がお母様の運命を変える力だったんだね」


 バルドルがアリスの座るベッドの上に腰をかけ、息を吐く。


「その通りだ。とはいえ、人間にこれ以上の成果は望めんだろう」

 

 ビューレイストはフリカの成果がアリスの魔力砲に支えられたものと認めつつ、それを高く評価する。

 アリスの魔力砲は防御魔術も結界も、何もかも破壊し、貫く。将軍のヨルズが襲撃したときも、それを撃退できたのはアリスの魔力砲があったからだ。ファールバウティの防御魔術もそうだ。アリスの力なくして、フリカの意味のある死は存在しなかった。

 フリカは余命幾ばくもない状態で、息子と娘の邪魔になる将軍ヨルズを殺し、ファールバウティに首輪をつけた。脆弱な人間で、魔術師としての腕はあったとはいえ、将軍とは比べものにならない程度の腕だ。その成果はフリカの強い想いの反映であり、評価されるべきものだろう。


「でも、・・・助けたかった」


 アリスがベッドの上で膝を抱え、ぽつっとこぼす。


「お父様とバルドルお兄様がどれだけ悲しんだか知ってたから、助けたかった・・・」


 未来からきたアリスは、フリカが死ぬことを知っていた。オーディンとバルドルの悲しみも知っていた。だから、必死でフリカの死を止めようとした。止められないとわかっても、最期までフリカの死を、フリカにとって後悔のないものにしようとした。

 だが、今のアリスの心は後悔でいっぱいだろう。

 フリカが未来からアリスを呼び出した「ノルンの泉」という鏡の魔導具は、運命を変える「希望の鏡」とされる反面、運命を受け入れるのを助けるだけの「絶望の鏡」と言われることもある。

 フリカにとって、「ノルンの泉」は法外な成果を生み出す「希望の鏡」だっただろう。だが、運命を知っていながら止められなかったアリスにとって、「ノルンの泉」はそれを思い知らせるまさに「絶望の鏡」だ。


「でもね、アリスがいなければ、お母様は殺されて終わっていたかもしれない。あのまま衰弱して、なんの意味もなく敗北感でいっぱいのまま人生を終えたかもしれない」


 バルドルは穏やかにそう言って、アリスの背中をさすって慰める。


「お母様を看取ってくれてありがとう」


 フリカはアリスに看取られて死んだ。彼女は最後にオーディンとバルドルがいると決心が鈍ると言った。それでもフリカはさみしがりだったから、ひとりで逝かなかったことは最大の行幸だっただろう。

 オーディンはあらためてビューレイストの方に向けていた椅子を、アリスの方へと戻して座り直す。


「アリス、・・・おまえで、良かったんだよ」


 本音で言うとオーディンはフリカの最期に立ち会いたかった。でも、フリカがそれを望まなかった理由を、アリスを望んだ理由をわかっている。

 フリカは強い女だった。だが、同時に弱い女だった。そしてオーディンも同じだ。


「俺じゃ取り乱して、きっとあいつの望む言葉を告げることはできなかった。責めたかもしんねぇ」


 去りゆくフリカを見て、オーディンはきっと感情を抑えられなかっただろう。


「逝くなって、フリカが最後まで心配になるようなこと、口走ったと思う」


 ふざけるな、逝くなと言いつのったはずだ。そしてもはや死を目前にし、終わりしか見えないフリカは、情けなく縋っただろう。逝きたくないと、死にたくないと、死ぬ瞬間までどうしようもないことを口にし、互いを罵り合うような、収拾のつかない状態になったはずだ。


 アリスは、フリカの死を前にしても涙を拭って笑った。


 自分の悲しみも後悔もその瞬間だけ蓋をして、フリカの望む言葉をかけた。避けようのない死を前にしたフリカの心残りがなくなるように、これ以上頑張らずに済むように、フリカが満足できるような、フリカのための言葉をかけた。

 だからこそフリカも笑って、穏やかに逝けた。


「フリカを看取ったのがおまえで良かった」


 フリカには、アリスが必要だった。フリカが最期まで後悔していた、フリカ自身が心を殺したという姉と同じ顔で、頑張ったねと笑うアリスが必要だった。

 夫であるオーディンでも、実の息子であるバルドルでもだめだ。アリスでなければならなかった。


「・・・お母様は、心配していないかな」


 アリスはか細い声で、尋ねる。

 家族のためにと繰り返したフリカが、心配して逝かずにすんだのか。アリスは今も消えてしまったフリカが心を痛めていないか、後悔が残っていないか、相手のことばかりを必死で考え、不安を抱いている。

 そんなことは、わからない。死んだフリカはもう嘆かない。悲しまない。そんなこと考えても無駄だ。

 そう、言うことは簡単だ。今ある事実と感情のままに口にすることは、あまりにも簡単で、いつもオーディンはそれを口にしていた。

 そしてオーディンがそうだから、フリカは最期の瞬間にオーディンを立ち会わせなかった。アリスを望んだ。

 

『貴方はもう少し言葉を発する前に、相手の状況を見た方が良いわ。むしろ相手の意見を聞いてから、口を開きなさいな』


 フリカはそう笑っていた。だが、黙っておくことはできても、憔悴しきったアリスになんと声をかければ良いのか、オーディンは見当もつかない。ただ、バルドルは違う。


「うん。アリスは上手に笑ってくれた。アリスの記憶の中で、お母様は、肩の荷が下りたって顔をしてたよ」


 バルドルがアリスの頭に手を置き、優しく撫でる。


「アリスも泣きたかっただろうに、ひとりで頑張らせてごめんね。アリス」


 くしゃりとアリスの顔が歪んだ。紫色の瞳にいっきに涙がたまり、ひぅっと喉が鳴る。アリスはぐっと声を出さないように唇を引き結んだ。

 バルドルがアリスの小さな頭を自分の肩へと抱き寄せた。


「泣いてもいいよ。ごめんね。よく頑張ったね」

 

 優しい声に、アリスの表情がますますくしゃくしゃに歪む。


「ふっ、うぅっ、うあぁああああ」


 こらえきれなくなり、溢れた悲痛な声に、バルドルが表情をゆがめた。アリスの口からはもうまともな言葉なんて出てこない。


「お母様、お母様っ、うぅっ」

「うん、」

「さみしいっ、か、かな、かなしいっ、かあさまっ、」

「うん。そうだね」


 アリスの高く嘆く声が、そしてそれに静かに頷くバルドルの染み渡るような声が、部屋に響き渡る。そのたびに、アリスの声が高くなる。

 遠い日、フリカが亡くなったとき、バルドルはアリスのように泣きじゃくることはなかった。そのフリカと同じ琥珀色の瞳で、冷たくオーディンを睨みつけてきただけだった。だがきっとこれが人間の家族の、そしてフリカが望んだ家族の終わりの形だったのだろう。


「アリス、」


 壁を背にしていたビューレイストが僅かに眉を寄せ、ベッドに歩み寄ってアリスに手を伸ばす。するとバルドルに抱きついていたアリスがゆっくりと身を離し、ビューレイストに飛び付いた。小さな体をビューレイストが受け止めてベッドの端に座る。

 

「おかっ、さま、かなしいっ、さみしっ、」

「あぁ」


 ビューレイストは純血の魔族なので感情の起伏に乏しく、アリスに共感はできない。だが、ビューレイストはアリスの悲しみに寄り添う。伴侶のビューレイストが来ると、アリスは高ぶっていた感情が急速におさまるのか、ほどなく声を上げるのではなく、ぐずぐずと鼻をすするようになる。

 

「大丈夫、エトヴァスも、僕もいるよ。悲しい思いも、さみしい思いももうさせない」


 バルドルが柔らかに笑って、ビューレイストに抱かれるアリスの頭を撫でる。

 ビューレイストも、バルドルも、そしてオーディンも長命の魔族だ。短命の人間であるアリスより確実に長く生きる。だから、身近な人間の死に打ちひしがれるアリスに、もうこんなに悲しい思いをさせずにすむだろう。


「うん、うん」


 アリスの目尻には涙がまだたまっているが、それでも落ち着いてきたのか、小さく頷く。

 

「少しご飯が食べれそうかい?食欲がある?」

 

 バルドルが心配そうに尋ねる。


「・・・うーん」


 アリスはいまいちなのか、小首を傾げるばかりだ。

 あの日、アリスを引き込んだ鏡はすぐに割れたが、六芒星の外縁を持つ魔術とともに、アリスはすぐに戻ってきた。たった数十秒の出来事だった。

 ただアリスの感覚では三ヶ月ほど、過去にいたらしい。

 実際にオーディンたちが取り戻した記憶でも、アリスは千年前、三ヶ月ほどだけオーディンたちと過ごしていて、肉が好きなことやよく眠ること、そうした基本的な人間の生活の知識は、オーディンも覚えている。

 だが、アリスはこれ以上ないほど塞ぎ込んだ。

 昼でも随分とぼんやりしていて、食も少ししかとれない。同衾しているビューレイスト曰く、夜中に悲鳴を上げて母親を呼んで飛び起きることもあるそうで、夜の眠りが酷く浅いらしい。それだけ、フリカの死はアリスに大きな影を落としたのだ。

 それでもアリスはフリカの最期を前に涙も悲しみもすべて押し殺して笑ってみせた。感情的な生きもののはずなのに、他人のために感情を押し殺すこともできる。そういう生きものなのだ。

 だからこそ、きちんと気持ちを聞かねばならない。


「喰いたいもんがあれば、なんでも言えばいいし、行きたいところがあれば連れて行ってやる」


 オーディンが声をかければ、アリスが腫れぼったい目をそのままに、紫色の瞳を瞬く。


「なんだよ」

「・・・トールお兄様を呼んで、ご飯がしたい」


 だめ?とアリスが問いかけてくる。正直、自分の息子だが、オーディンはトールが好きではない。だが、そうとっさに答えそうになるのをとどめる。

 おかげで先にビューレイストが無表情のまま口を開いた。


「庭ならな」

「え?どうして庭なの?」

「僕わかった。トール、食べ方が汚いんだよね。ボタボタ落とすし、室内だとげんなりする」


 バルドルはビューレイストと同じ意見らしく、あからさまに柳眉をひそめた。それでもトールを呼ぶつもりなのか、ベッドから腰を上げる。

 アリスが少し嬉しそうに顔を上げた。それを可愛いなと思って後ろから頭でも撫でてやろうと手を伸ばすと、その手をビューレイストに払われた。アリスはビューレイストに抱かれているので気づいていない。


「な、なんだよ」

「俺はすこぶる根に持つ方でな」

「な、なんの話だ」

「俺はアリスを粗末に扱う生きものは、魔族であれ人間であれ不快だ」


 どうやら千年前にアリスと喧嘩をし、怒鳴りつけたことを根に持たれているらしい。


「せ、千年前の話だろ?」

「先頃思い出した記憶だがな」

 

 オーディンはビューレイストを見て、ひくりと口の端を動かしまずいなと思う。

 千年前のビューレイストはただの十代の弱い若者だったが、今のビューレイストは中道派の将軍の筆頭で、十二人いる将軍の中でもオーディンに続く実力者だ。状況によってはオーディンの方が追い込まれる。


「あはは、頭が良いって忘れないってことだよ。だから僕も根に持ってる。これから覚悟してね」

 

 ひょこっとバルドルが廊下から顔をにのぞかせ、笑いながら言う。

 現在、バルドルは穏健派の将軍の筆頭だ。これまたビューレイストと並ぶ魔王候補のひとりであり、二人そろえば魔王のオーディンといえど、将軍会議を含め、ほとんど何もできない。千年の間にせっかくファールバウティを殺して魔王になったのに、もはや身動きできないのではないだろうか。


「どうしたの?お父様、顔色悪いよ」


 アリスはよくわからなかったのか、首を傾げる。その表情を見る限り、アリスは気にしていそうではない。それなのに周囲の圧力が怖くて、オーディンはすぐに黙り込んだ。

 ひとりでも娘を残してくれたのはフリカからの最期の温情だろうと、一人で反省するしかなかった。


おまけ:オーディン、バルドル

「俺さぁ、フリカには良い旦那じゃなかったかもだけど、息子のおまえには結構良い父親してたと思うんだよ。いろいろ教えてやったしさぁ、守ってたし」

「母親大事にしてない時点で、母親から生まれた僕に気を遣ってないし、いろいろ教えてやったってなんでそんなに上から目線なんだよ」

「・・・もうちょっと俺、おまえから感謝されてもよくね?」

「は?なんで?」

「だって俺おまえにそれなりに優しいと思うんだよ」

「どこが?」

「は?」

「あんた自分の都合で僕を可愛がってたけど、僕の都合考えたことある?」

「・・・?」

「僕はさぁ、五歳の時点であんたに頬ずりされたくなかったの」

「あ、あぁ・・・うん」

「何度嫌だって言っても、無視して頬ずりしてたじゃん」

「それはあまりに頬が柔らかくて可愛くて」

「可愛いからって子供の意見無視していいと思ってんの?あんたの悪いところってそういうところだよ。あんた、子供の都合はなんも考えてないんだよ」

「あ、うん」

「アリスに同じことやったら殴り飛ばすからね」

「・・・あ、あぁ」



 多分アリスは、頬ずりしても許してくれるよ笑

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