サテライト・ディフェンス・システム
そして、一日の授業がすべて終わった後。
「トーマくん、あたし、教室掃除当番なんだ。オケ部には、先に行っててくれないかな?」
「そうか。分かった。どこに行けばいいんだい?」
「あっ、オケ部の練習場所はね」
リユナは、窓の外を指さして、
「あの建物なの。あの、白い壁にオレンジ色の屋根。芸術館、っていうんだ」
「あれか。あそこに、行ってればいいんだね」
「うん、顧問の先生は、もう来てると思うから。じゃあ、またね!」
トーマイヤーは、教室を出て、廊下を歩いて行った。
階段を下り、校舎から出て、渡り廊下を抜けて目的の建物の方へ歩いていく。
その後ろから、近づいていく男子生徒数名の集団があった。
「リューネさん、ヤバくないっすか。王子っすよ?」
「なーにが、王子だよ。女に、食い物を粗末にすんな、とか言われてあっさり言うこと聞いてるような、腰抜けだぞ。ちっとばかし、軽くシメてやってよ。上納金を収めてもらおうじゃねえか。へへへ、たんまり金持ってそうだしなぁ……」
「つまり、カツアゲっすね」
「ばかやろ、寄付を募るだけだっつーの。人聞きの悪いこと、言うなや」
リューネと呼ばれた生徒は、さきほど教室の隅にいた金髪の男子だった。
「おう~、王子様ぁ?」
そして、後ろからトーマイヤーに追いついて、馴れ馴れしく肩に腕を回す。
「ちょ~っと、俺らに付き合ってくんねぇかな?」
「君は?」
トーマイヤーが問い返す。
「俺は、リューネってんだ。ちょっとばかし、折り入って話があるんだけどよ。こっちに来てくれねぇかな」
体育館の裏手の方を手で示す。
「いや、ぼくはオーケストラ部に」
「どうせ、まだ練習なんざ、始まってやしねぇよ。いいから、来てくれ、って」
半ば無理やり、トーマイヤーを体育館の裏へ連行して行った。
「で、話とは?」
体育館の裏に着くと、リューネたち五人がトーマイヤーをぐるりと取り囲む形になった。
リューネは、つま先で地面の雑草を蹴ったりしながらもったいをつけて、それからトーマイヤーの方に向き直った。
「お前ぇ、転校早々、ずいぶんと派手に目立ってるじゃねぇか。ああ?」
トーマイヤーは、特に臆する風でもなく、平素と変わらぬまま聞いている。
「なんつーかなぁ、気に入らねえんだよ。隣りの国の王子だかなんだか知らねえが、いいか。この学校の二年はなあ、このリューネ様が仕切ってんだ。俺様の許しもなく、あんまり派手に目立ってくれちゃあ、いけねぇ、ってわけよ」
トーマイヤーは、さも意外そうな顔をして、答えた。
「ほう。君は、この学校でそんなに偉かったのか。これは知らなかった。して、君の役職名は?」
「はあ?」
リューネは、あからさまに感じ悪く顔をしかめて、意味分かんねえアピールをした。
「それほどの権限が君にある、というのなら、しかるべき役職に就いているのであろう。いったい、どのような権限に基づいて、そのようなことを言っているのか、と聞いている」
トーマイヤーも、存外に居丈高である。
「てめぇ。俺の言ってることが、分かってねぇようだな」
「分かっておらぬのは、その方であろう。ぼくの質問に、答えよ」
「……! こいつ!!」
思わずリューネが、カッとなる。
「どうしたのだ。もしかして、その方は、特に何の役職にも就いておらぬのか。それでは、なぜ故に、さきほどのような大仰なことを述べ立てるのだ。その方、本当は、他のあまたの生徒たちと、何一つ変わらぬ身分なのでは、ないのか?」
「手ン前ぇ!」
リューネが、トーマイヤーの胸ぐらをつかんだ。
「……ちっとばかし、痛い目、見てみるか、んン?」
そして、凄んでみせる。
トーマイヤーの顔が、急にはっ、となって、これはマズい、という表情に変わった。
リューネはそれを見て、満足げにニヤリ、と笑うと、先を続けようとした。
「痛い目に遭いたくなかったら、まずはここにいる全員に土下座してだな……」
「ぼくから離れろ!!」
リューネの言葉など微塵も聞くそぶりもなく、トーマイヤーがいきなり凛、と声を張った。
「……!」
その勢いに気圧されそうになりつつも、まだ自分が優勢だと信じているリューネは、
「今さらビビッても、遅ぇんだよっ!この……」
なおも言いつのろうとした。だが。
「ぼくから離れろと言ってるんだッ!!」
トーマイヤーが物凄い剣幕で、胸ぐらをつかんでいたリューネをいきなり突き飛ばした。
「どぅをあっ!?」
たまらず、しりもちをついてしまう、リューネ。
その瞬間だった。
上空かなたから、一筋の閃光が音もなく降ってきた。
そして、さっきまでリューネがいた場所の地面を、真っ黒く焼け焦がしていた。
生えていた雑草が、ぶすぶす、と黒焦げになってくすぶっている。草が焦げる嫌な臭いが、リューネの鼻腔に入り込んできた。
唖然として、座り込んだままその焼け焦げを注視しているリューネ。子分たちも、目を点にして、同じところを見つめている。
「危ないところだったな」
トーマイヤーが、静かに言った。
「な……なんじゃこりゃあ!!」
リューネが思わず叫ぶ。
「SDS……サテライト・ディフェンス・システムだ。衛星軌道上に配備されたレーザー衛星が、常にぼくを護衛している。ぼくに危険が及ぶのを察知すると、すぐにレーザー兵器による攻撃を行い、危険を排除するようプログラムされている。レーザーは光の速さで攻撃が届くからな。万に一つも、撃ち遅れるということはない」
リューネたちには、にわかには信じがたい話であった。しかし、現に目の前の草が丸焦げになっているのを目の当たりにしては、疑う余地はない。
「信じないのなら、試しにそこらの小石でも、ぼくにぶつけてみるがいい」
言われて、リューネはすぐ近くに落ちていた小石を拾って、トーマイヤーめがけて投げつけてみた。
一瞬で、ジュッ、と鈍い音を立てて小石が蒸発してしまった。
子分の誰かが、ヒッ、と小さな悲鳴を上げた。リューネが、やっと声を出した。
「て、手前ぇっ……当たったら、し、死ぬだろうが! 死んだらどうすんだよっ!」
「わがテレスタルでは、王族に危険が及ぶのを未然に防ぐことさえできれば、緊急時に加害者が死亡したとしてもやむを得ない、と王族保護法に明文で規定されている」
「ば、バカ言えっ! ここは手前ぇの国じゃねぇぞ!」
「……はぁ~。これだから、無知な者は困る。よいか。テレスタルとレイクロノマの間で交わされた条約により、テレスタルの王族保護法については、レイクロノマ国内においてもテレスタルとまったく同じように適用される、という取り決めになっているのだ」
「な、なにぃー!」
「そなたは、すでに死んでいてもおかしくなかったのだ。それが死なずに済んだのだから、むしろぼくの寛大さに感謝してほしいものだな」
「う、うぬぬぬぬ……」
「さあ、君はもう、ぼくに危害を加えようとする敵性体とみなされてしまった。いつまでもぼくの周りをうろうろしていると、また先ほどのようにレーザー攻撃を受けて、今度こそ真っ黒焦げにされてしまうぞ?」
「ぐっ……」
顔をひきつらせて、言葉につまるリューネ。
「お、覚えてやがれッ!!」
「あっ、リューネさん、待ってください!」
捨て台詞とともに、逃げ去るリューネとその一味。
トーマイヤーは、ふぅ、と息をひとつ吐き出すと、オケ部の練習場所である、芸術館と呼ばれている建物へと向かったのだった。芸術館は内部に観客を600名ほども収容可能な演奏会用のホールを擁し、もっと小さな室内楽室や、二階には個人練習ができるように小さなレッスン室まで設けられ、非常に充実した造りになっていた。




