ランチタイム
その後の授業、数学や英語においても、トーマイヤーは人並み外れた優秀さを見せつけた。最初の挨拶でひいた人たちも、ちょっとこの隣国の王子には一目置かざるを得なくなってきた。
休み時間中に、またしても集まってきたアグレッシブな女子たちから、どうしてトーマイヤーがこの高校に転校してきたのか、と質問が出た。昨日、リユナと会ったことと、関係があるのか、と問われたトーマイヤーは、下々の生活を学びたいというのが主たる目的であり、それ以外の意図はない、と答えた。なので、女子たちの間では、リユナはただ単に下々の者、庶民代表とみなされただけなのだ、ということで意見が一致したのであった。
そして、昼休み、お弁当の時間に突入である。
「ふぁ~、お弁当、っと♪」
リユナがほっとした表情で、弁当箱を取り出した。トーマイヤーはどうするのかな、とチラとそちらを見ると。
「は!?」
廊下から、執事の姿をした男が、ニス塗りの木目調も美しいサービスワゴンを押しながら教室に入ってくるではないか。ワゴンの上には、銀色のドーム型をしたクロッシュをかぶせた皿が載せられている。
執事は、トーマイヤーのすぐ横まで来て止まると、深々と一礼した。
「殿下、ご昼食をお持ちしました」
「うむ、ご苦労!」
執事は、銀色のクロッシュをつまみ上げて中身をトーマイヤーに見せつつ。
「前菜は、オマール海老のシャーベットソースがけバミセリ、それにモッツァレラチーズの漬けマグロのせです。マグロはオーマ産の本マグロを使用しております」
トーマイヤーはまず、それらを眺めて目で楽しみ、それからおもむろに金製のフォークで口に運んだ。優雅な仕草だった。
リユナはそれを、顔をひきつらせながら硬直してただ見ているしかなかった。他のクラスメイトたちも、何事か、と興味津々でトーマイヤーの一挙手一投足をしきりに見ている。しかし本人は、まったく意に介するそぶりもない。
トーマイヤーは、前菜を一口か二口くらいずつ食べただけで、フォークを置いてしまった。執事はさも当然のような顔をして、ワゴンを持ち去ってしまう。すると廊下にはさらに別の執事が控えていて、また新しい料理を運び入れてきた。
「殿下、本日のメインディッシュでございます」
「おお。待ちかねたぞ」
その頃には、他のクラスの生徒たちまでもが、これはいったい何の騒ぎなのかと教室の前に集まってきて、中を覗き込んでいた。なにしろ、廊下にはまだ別の執事が、豪華なサービスワゴンに手を掛けて静かに控えているのである。
「メインは二つ、おひとつ目は、A‐5ランク牛の、天使と悪魔の最終決戦風グリルです」
「ほう。うまそうだな」
横でリユナが、「どんな料理だよ?」と小声でつっこんだ。
トーマイヤーはまたしても、肉を三口くらい、それに付け合せのズッキーニピクルスを一口だけ食べて、食器を置いてしまった。残された料理ごと、ワゴンは運び出されて行く。リユナはちょっと眉根を曇らせて、それを見やった。そして、次のメインが来た。
「殿下。蒸し鯛の、魔女鍋風煮です。付け合せに、グリーンガスパチョサルサをどうぞ」
確かに、ソースがまだ沸騰して泡立っている。リユナは、どんなネーミングだよ、と心の中でつっこんだ。後ろからトナが、
「ガスぱっちょ? 猿さ?」
と疑問を呈しつつ、お猿のウッキーポーズをとった。リユナが、そっちかよ、と思ったとき、前の席に座っている男子がクスクス笑い出した。
トナがそれへ、ややキツめな調子で言う。
「ちょっと、なに笑ってんのよ、シューヤ!」
トウジョウジ・シューヤは、すらりと長い手足を持ち、立ち上がればそうとう背が高そうで――実際、180センチくらいはあったのだ――、黒髪をシャギーにした理知的な面差しの秀才タイプだった。
「あんた、料理名の意味、分かってんの⁉」
「くく……ああ? 当たり前だろ」
「じゃあ、あれ、何料理なの?」
「ああ、創作フレンチだろ。まあ、ガスパチョっていうのは、もともとはスペイン発祥のスープ料理なんだけどな。それにしても、転校初日から、飛ばしてくれるよな~」
「へー……」
そんなトナとシューヤのやり取りなどお構いなしに、トーマイヤーは二つ目のメインもほんの二、三口しか手をつけないで下げさせてしまった。
「ふ~、満腹だ。次はデザートかな」
退出してゆくワゴンを見送って、トーマイヤーがつぶやいた。たまらずリユナが声を発する。
「ちょ、ちょっと! トーマくん」
「ん? なんだい」
「あんなに残して。あれ、どうなるの?」
「どう……って。廃棄処分だろうな」
「廃棄……! あんなにまだ残ってるのに?」
「それが、どうかしたか?」
「どうかしたか、って! もったいないじゃないのよ!」
「もったいない?」
「そうよ! まだ食べられるのに、捨てちゃうなんて、もったいない。いい? 世の中にはね、食べたくても食べられない人だって、たくさんいるのよ。世界には、食糧不足で餓死する人だっているの。それなのに、トーマくんてば。王子様だからって、贅沢すぎなんじゃない!?」
「はあ……」
リユナの剣幕にも、トーマイヤーは、ぽかん、として目をぱちくりさせているだけである。
そこへ、デザートが運ばれてきた。
「殿下。ヌガーグラッセ、ファンタスティックフルーツ添えでございます」
「おおっ! 好物だ」
トーマイヤーが目を輝かせる。
「あんた、話聞いてましたかぁ~!?」
リユナがコケた。それへ、トナがフォローを入れる。
「リユナぁ、王子様相手に、そんなこと言ったってしょうがないじゃな~い」
「トナちゃん……だってぇ」
そのとき、トーマイヤーがデザートを口にしながら、ふとリユナの手元へ目をやった。そこには、つつましやかな弁当が、ふたを開かれたまま手つかずで置いてあった。
「リユナ。それは、何だ?」
「へ? これ……何、って、お弁当だけど」
「お弁当とは、つまり昼食のことか」
「そうだけど?」
トーマイヤーは身を乗り出して、リユナのお弁当に見入った。
「……ずいぶん、小さいんだな」
「当たり前じゃない。一度に食べ切れる分しか、詰めてこないのよ。トーマくんみたいに、食べ物を粗末にしちゃあ、いけないのよっ! いちいち毎回、残して捨ててたんじゃ、食べ物が無駄になっちゃうじゃない。ちょっとはこう、胸が痛むとか、ないの?」
リユナが少々、嫌味っぽく言った。
「……」
トーマイヤーは、何事かを考え込む風だった。そして、おもむろに口を開いた。
「なるほど。食べ切れる分だけ、持ってくるのか。確かに、その方が効率がよいかもしれぬな」
「そうよ。その方が、食べ物を無駄にしなくて済むでしょ。あたしたちはね、食べられないからって、いちいち捨ててる余裕はないのよ」
庶民代表のリユナらしい発言だった。
「そうか……それが、庶民の、下々の暮らしか! 分かった! おい」
「なんでございましょう、殿下」
「明日の昼食は、どんな予定になっている?」
「明日でございますか。明日は、中華の予定になっておりますが」
「明日から、ぼくもお弁当にするぞ。王宮に帰ったら、すぐに料理長にそう伝えろ。いいな!」
「お、お弁当でございますか……殿下ともあろうお方が、お弁当などと」
「やかましいぞ。ぼくの命令が、聞けぬと申すか?」
「い、いえ、滅相もございません。戻り次第、すぐにお伝えしますゆえ、なにとぞご厚情を」
「分かれば、よいのだ。もう下がってよいぞ」
執事が、またしても食べ切れなかったデザートの残りを下げて出ていった。もう廊下に控えている執事はいない。どうやら、王子様の昼食は終わったようだった。
その一部始終を、教室の隅っこで金髪の男子生徒が、横眼で鋭く睨みつけていたことには、当人たちは気づいていなかった。
「はあ~、お弁当食べるの、すっかり忘れちゃってたわ」
リユナはようやく、自分の弁当を食べ始めた。トーマイヤーはいかにも興ありげに、それを横から見ている。リユナは見られていても、特に気にならないようだった。そして食べながら、トーマイヤーに話しかけた。
「あっ、そういえば、トーマくんは、部活は何か入るの?」
「ん? 部活?」
「うん。ほら、あたしはオーケストラ部に入ってる、って言ったでしょ」
「ああ、そうだな。ぼくも、オーケストラ部に入ろうかと思ってる」
「へ~、トーマくん、楽器やってるんだ?」
「ああ。ヴァイオリンを、少々ね」
クラスのあちこちから、おお~、というどよめきが漏れてきた。二人の会話には、みんな秘かに聞き耳を立てていたらしい。
後ろからトナが独り言のように、
「……転校生が王子様で、ヴァイオリンときたか。まさに、最強の布陣だわね」
言いつつ、無意味にこぶしに力を込めた。
結局、トーマイヤーの昼食があまりに大げさで時間もそれなりに掛かったため、お昼休みはそう多くは残っておらず、間もなく午後の授業が開始してしまったのであった。




