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わがまま王子

 一呼吸おいてから、リユナが話し出した。

「えっと、その。トーマくんてさぁ」

「うん」

「あの、なんていうか、つまり……隣りの国のぉ、王子様、なの?」

 トーマイヤーは、一瞬、ぎくり、と表情を凍りつかせたが、すぐにまた穏やかな顔に戻って、

「なんだ。知ってたのか」

 あっさりと言った。

「こちらの国に来れば、ぼくの顔も知られていないかなぁ、と思ったんだけど、甘かったかな」

(いや、あたしはニュースで初めて知ったんで……なんて、言えないわよね)

「あ、うーん、と。あっ、そうそう。トーマくんてぇ」

「なんだい?」

 リユナは誤魔化しつつ、話題を変えた。

「追われてる、って言ってたじゃない。あの黒い服のヤツら。あいつらに、誘拐されたんでしょ? それで、ヤツらのところから、逃げてきたのよね?」

「え? ……」

 トーマイヤーは、目を大きく見開いて、きょとん、とした。

「あんな、ヘリまで出てくるような、大きなテロ組織に狙われちゃってるのよね!? ああ~、うちのパパとママに相談して、どうにかなるのかしら。警察に行った方がいいのかな~」

「ぷっ……」

 トーマイヤーは、思わず吹き出した。そして、大声で笑い出した。

「あっはははははは!」

 今度は、リユナがきょとん、としてトーマイヤーを見つめた。

「はー、はー。やっぱり、リユナって面白いね」

「へ? なにが?」

「ぼくは、誘拐なんてされてないよ」

「えっ? じゃあ、あの追いかけてきたヤツらとか、ヘリは?」

「ああ、あれは、ぼくの国の諜報部隊だね。ぼくが勝手に、御前会議を抜け出して、こちらのレイクロノマに遊びに来ちゃったから、追いかけてきたんだ」

「……」

 リユナは、頭の中が整理できなかった。

「どうも王宮の暮らしは息が詰まってね。自由に街を歩いてみたくて、でもテレスタルではぼくの顔は知れ渡っているし。それで、国境を越えてこちらまで来てみたんだ。リユナも知ってのとおり、テレスタルとレイクロノマは、お互いに友好関係を結んでいて、国境といっても地図上だけのこと、実際には行き来するのに入国審査もパスポートもなにもいらない、ただ通り抜けるだけでいいからね。まあ、ぼくの場合は、地上を歩くんじゃなくて、空から国境を越えたんだけども」

(と、トーマくんは、誘拐されたのでもなんでもなく、ただ勝手に抜け出してきただけの、わがまま王子様だった、っていうワケなの……あたしったら、なにやってたのかしら?)

 トーマイヤーの言葉を聞きながらも、そんな思いが頭のなかをぐるぐる駆け巡る。

 と、そのとき。

「そこまでだ。二人とも、動かないでいただけますかな」

 凛とした声が、夜の公園に響き渡った。

 はっ、とわれに返って、辺りを見回すリユナ。

 トーマイヤーは、やれやれ、という表情でただベンチに座っている。

 向こうの暗闇から、二人の前に、明るいグレーのスーツ姿の男が歩いてきた。男は、染めているのか地毛なのか、見事なシルバーをした髪を真ん中分けにしていた。その細めの顔はとても端正で、理知的にひきしまり、切れ長の目がただものではなさそうな隙のなさを漂わせている。見たところ、30歳前半といったところだった。

 その男に続いて、周囲にいっせいに大勢の人影が現れた。さきほど、リユナとトーマイヤーを追ってきた、黒服の男たちだった。二人は、今や完全に包囲されてしまっていた。

「ずいぶん、手間を掛けさせてくれましたね。もう逃げられませんよ」

 銀髪の男が言った。

「ふ~。やれやれ。見つかったか。逃げるつもりはないよ。しかし、こんなところまでわざわざ迎えに来てくれるとは、王室官房長官もずいぶんとヒマなんだな、サカハシ」

 サカハシと呼ばれた銀髪の男が返した。

「そのような皮肉を聞くために、わたくし自らがお出迎えにあがったのではありませんぞ。いい加減になされてください、殿下!」

 サカハシが、苦言を呈した。そして続けて黒服に命じた。

「おい、その娘を」

「はっ!」

 周囲をかためていた黒服が数人、リユナの方へ近づいてきた。

「え?」

 そして、リユナの腕をつかんで、無理やり立たせて捕えようとする。

「ちょ、ちょっと、なに、なんなの!」

 リユナが焦る。サカハシが答えた。

「娘。王子の逃亡を手助けした罪により、現時刻をもって逮捕・拘禁する。場合によっては、王族誘拐罪に該当する可能性もあるぞ。覚悟しておくがいい」

 その物言いは、容赦なく冷たいものであった。

「えーっ……」

(そんな……あたし、トーマくんを誘拐なんて、してないよ!)

 リユナは、泣きそうになった。サカハシが続ける。

「服を着替えさせたり、地下鉄の改札を不正通行して逃げるなど、われわれの追跡をかわす小賢しい妨害工作。だが、地元警察に協力を要請し、防犯カメラの映像をすべてチェックさせてもらったのでな。あの駅で降りたことも、この公園にいることも、すべて我々に筒抜けであったぞ。さあ、来い!」

 黒服が、リユナの腕をぐい、と引っ張った。駅にも公園にも、防犯カメラが設置されているのは、ごく当たり前のことであった。サカハシがふところから、手錠のようなものを取り出して、リユナに近づいていく……。

「ふぇっ……」 

 リユナはいまにも泣きそうである。

 そのとき。

「やめぬか!」

 その場にいる人々を圧倒するような、ひときわ大きな声が周囲に響き渡った。

 見ると、いつもは穏やかそうなトーマイヤーが、別人のように厳しく険しい表情をして立ち上がっていた。その面には、激しい怒り、いや怒りなどという言葉ではとうてい言い表しようのない、そう、大勢の人間をその命令一下、たやすく動かしてきたものだけが持つ、崇高なる威厳とでも言うべきものがまざまざと現れていた。

 その剣幕に、一瞬、冷徹そうなサカハシでさえも、ひるんだ。ほかの黒服などは言うまでもなく、びくっ、と体を震わせて思わずリユナをつかんでいた手を放してしまいそうになった。そしてリユナも、びっくりして目を大きくしてトーマイヤーを見ていた。

「その者に、罪はない。もとはと言えば、このぼくが招いたことだ。それに」

トーマイヤーは、重々しい威厳を保ったまま、ゆっくりと話し続けた。

「その者はぼくが、サカハシ、おぬしらに誘拐されたと思い込んで、ぼくを守ろうとしてくれたのだ。ぼくの逃亡を手助けしようなどという意図は、なかった。むしろ、善意でしたことなのだ。この場はぼくに免じて、不問としてくれぬか」

「いや、しかし。殿下。この娘の行いにより、殿下の発見が遅れて、もしも殿下の身に万が一のことでもありましたら、それこそ取り返しのつかないことに。それにわたくしは、国法にのっとり、あくまで正当な業務遂行を……」

「黙らぬか!!」

 再び、トーマイヤーの一喝が辺りにとどろきわたった。黒服たちは、びくっとして体をこわばらせた。

 そしてトーマイヤーは、リユナのそばまで行くと、黒服の手から彼女の腕をもぎ放した。黒服は王子に逆らう気などさらさらなく、されるがままである。それからトーマイヤーはリユナをかばうように、その前に立ちふさがって言葉を続けた。

「ぼくが、この者に罪はない、と言うておるのだ。王族たるこのぼく自身が、証言者である。それとも、なにか。サカハシ、そなた、このぼくの命に逆らう、と言うか?」

「ぐっ、そ、それは……」

 冷静なサカハシが、急にうろたえた様子を見せた。

「そなたも、その歳で、その職を失いたくはなかろう。それとも……職だけでなく、そなたのその命までも、失いたい、と申すか……」

 急に、トーマイヤーの瞳が、物騒なかげりを帯びはじめた。それは一片の情け容赦もない、冷酷で無慈悲な目だった。

「……! こ、これはたいへんご無礼をいたしました。このサカハシ、一生の不覚にこざいます。なにとぞ、ご容赦くださいますよう……」

 サカハシが、深々とトーマイヤーに頭を下げる。

 トーマイヤーは、そんなサカハシを冷ややかに見てから、ゆっくりと言葉を発した。

「……分かれば、よいのだ。そなたがいくら、ぼくの目付役であろうとも、しょせんはぼくの臣下である、ということを忘れぬことだな」

「ははっ」

 サカハシが、凛としたよく響く声で応えた。

「リユナ」

 トーマイヤーは、後ろを振り返って、リユナに話しかけた。

「ぼくのために、迷惑を掛けてしまったな」

「え……」

 まだ、先ほど逮捕されそうになった恐怖から立ち直れずにいるリユナだったが、改めて神妙な面持ちのトーマイヤーを見て、秘かに思った。

(……ひょえ~。やっぱ、トーマくんてカッコいい……あたしをかばってくれたんだぁ……すっごく怖かったけど、なんか、うれしい……)

 そんなリユナの内心など知る由もないトーマイヤーが言葉を続ける。

「そなたには、ずいぶんと世話になってしまった。この服も……それに、ハンバーガーという食べ物も、初めて食べることができた。いまは生憎と、なにも持ち合わせておらぬゆえ……」

 トーマイヤーは、胸元をまさぐって、何か取り出した。それは、花の形をした銀色のペンダントだった。モチーフとなっている花は、五つの花弁のひとつひとつがハート形になっていて、中央にはピンク色をした宝石がはめ込まれていた。

 トーマイヤーはそれを、自分の首からはずすと、リユナにそっと手渡した。

 リユナは両手でそれを手のひらの上に受けた。

「せめて、これを受け取ってくれ。ぼくからの、ほんの感謝の気持ちだ」

(え~っ、こんな、高そうなものを、あたしに……!?)

 少々、面食らって目をぱちくりさせていたリユナだったが、胸の中になんだか喜ばしい気持ちが湧きあがってくるのが感じられた。そして、素直に手のひらを閉じた。

「……ありがとう」

「受け取ってもらえて、うれしいよ。……サカハシ!」

「はっ」

「行くぞ」

「は……どちらへ?」

「何を言っている。王宮へ戻るに、決まっているだろう」

「ははっ。かしこまりました。お車は、あちらに用意してございます」

 サカハシの示す方、公園沿いの道路上に、空気抵抗を極限まで計算し尽くしたような精悍なデザインの自動車が鈍く光っているのが見えた。

「リユナ、今日はそなたのおかげで、ずいぶんと楽しいひと時を過ごすことができた。重ねて、礼を言う」

「えっ、そんな、お礼なんて……(あたしは、ただ……)」

「では、ぼくはもう戻らねばならぬ。気を付けて帰るのだぞ」

「えっ、あ、トーマくん……」

 そのまま、トーマイヤーはくるりとリユナに背を向けて、サカハシの用意した車の方へ早足で歩きだした。サカハシと黒服たちも、それについて撤退してゆく。

 トーマイヤーは一瞬、立ち止まった。何かを言いかけたように見えたが、何も言わず、すぐにまた歩きだしてしまった。

 すっかり日の暮れた公園に、一人ぽつんと残されたリユナは、しばらく呆然とそこに立ち尽くし、去ってゆく隣国の王子とその家臣たちの背中を見送っていた。遠くでトーマイヤーが車に乗り込む瞬間、彼がちょっとこちらを振り返って、軽く手を振ったように見えた。

「トーマくん」

 リユナは、手の中のペンダントを強く握りしめ、そしてちょっとほほ笑んだ。トーマイヤーを乗せた車が発進し、どこへともなく走り去っていくと、あとにはほんとうに、リユナひとりだけだった。

「なんだか、夢でも見ていたみたい……」

 しかし、手のひらの中に握られたペンダントは、まぎれもなく本物の感触を伝えていた。

 気の抜けたようなけだるさを感じながらも、いつまでもここでこうしているわけにもいかない。リユナはペンダントをブレザーのポケットに大事そうにしまうと、気を取り直して家路についたのだった。



「ふぁ~、ただいまぁ」

 リユナの家は、この辺ではごく普通の、新興住宅地に建てられた建売住宅のひとつで、木造二階建て庭付きのそこそこ大きなものだった。

「あら、リユナ。遅かったのね」

「ごめ~ん、ママ」

 玄関で靴を脱ぎながら、リユナは謝った。

「オケ部の買い物で手間取っちゃってさぁ」

「はい、はい。あ、そういえば、リユナ」

「なに?」

「玄関先に、これ置いていったでしょ?」

 奥から出てきたリユナの母親が手にしていたのは、オーケストラ部の部費全額が入っている、電子マネーのカードだった。

「あ~っ、それ! なんだ~、やっぱり家に忘れてきてたのかぁ~。そういえば、忘れないように、って玄関のとこに置いといて、そのまま忘れて学校行っちゃったんだった……はぁーっ。おかげで、えらい目に遭ったわ……」

「大事なものなんでしょ。買い物は、ちゃんとできたの?」

「いや、それが……これがなかったせいで、たいへんなことに……」

 そして、ふとトーマイヤーとのさきほどまでのプチ冒険行のことを思い出した。知らずに、口元がちょっとにやけてきていることに、自分で気付かなかった。

 そんな、どことなく体全体から幸せオーラを発散しているリユナの様子を、母親は鋭く見通していた。

「……ふ~ん。つまり、そういうことか」

「へっ? なにが」

「いいわ。パパには、まだ内緒にしておいてあげる」

「えっ、なに言ってるのよ。あたし、何も言ってないじゃない!」

「言わなくても、あなたの顔を見てればだいたい分かるわよ。やっと、リユナにも彼ができたのね。頑張りなさい、応援してるわよ」

「え? えーっ! そ、そんなんじゃないってばぁ! 全然、そんなんじゃないんだから!」

「はい、はい。ほんと、分かりやすい子ね。あんまり大声出すと、パパに聞こえちゃうわよ。いいから、早くご飯食べちゃいなさい」

「もう~、ママったら……」

 不満そうな顔をしてみても、どこかうれしそうな様子は隠すことができなかった。

 そのまま母親と一緒に、ダイニングに入っていく。すでに食卓についていた父親が、リユナのちょっとした変化に全く気付いていなかったことは、言うまでもない。



「ふぅ~」

 すっかり入浴も終えて、楽なスウェットに着替えて自分の部屋でくつろぐリユナの姿があった。その手には、トーマイヤーからもらったペンダントが握られている。

「トーマくん、かぁ……」

 ちょっと思い出して、心がほわ~ん、となる。そしてペンダントを自分の首に掛けてみて、鏡の前に立った。

「う~ん、似合うかな?」

 鏡の前で、ポーズをとってみる。しかし、スウェット姿では、似合うも似合わないもないような気がした。携帯電話のメールチェックも忘れて、一人、物想い、いや妄想にふける。

「カッコよかったなぁ……えへへ。また会えないかなぁ。ウチの学校に、突然転校してきたりとか! きゃー♪」

 なんだか、今夜はいい夢が見れそうだ、そう思いながら、ベッドに入った。


                 *


「お呼びでございますか、父上」

 そこは王族と、王族以外には国王からの信用の特別に厚い者しか入室を許されていない、国王のための居室であった。広くて天井が高くつくられた室内は、落ち着いた感じの装飾とセンスのよい調度品で占められていた。

 部屋の奥の方、ひときわ大きな肘掛けつきのソファーにもたれかかって座っているのは、テレスタルの国王、ラシュキール・ガリクトス・ケンジニウスであった。

 国王は、ごくゆったりとした部屋着姿で、しっとりと落ち着いた色合いの紫をしたガウンに身をつつんでいた。まだ黒々とつややかな黒髪をオールバックにして、口元には豊かな口髭をたくわえている。精悍そうなひきしまった顔つきの、渋い男前であった。

 トーマイヤーが部屋に入ってくるのへ目を向けると、国王は重々しく口を開いた。

「来たか」

 トーマイヤーは父王の前まで進み出て、そしてその前に立った。相変わらず、穏やかそうな表情で口元にかすかなほほ笑みを浮かべている。対して国王は、一見して無表情そのものであり、その心中を察する手がかりはその果断そうな威厳に満ちた面からは、何も見て取れない。

 国王は、トーマイヤーと同じ、パライバトルマリンのような青い瞳で王子をほんのわずかの間、見つめていたが、すぐにまた言葉を継いだ。

「そなたの起こした、この度の騒ぎ。サカハシから事の顛末は、じっくりと聞かせてもらった」

 トーマイヤーは、同じ表情のまま、軽く頭を下げただけだった。国王が続ける。

「こともあろうに、わが国最大の電子機器メーカー、クリグラエレクトロニクス社の新製品の承認をする御前会議から抜け出し、行方をくらませるとは……」

「御前会議は、いつも退屈すぎるのです」

国王は、そんなトーマイヤーのセリフに構わず続けた。

「それだけではない。いつの間にか、ランドセル型飛行翼を勝手に持ち出しおって」

「ランドセル型……ああ、白き翼(バンネツィオーグ)のことですか」

 トーマイヤーは、しれっ、として答えた。急に国王が声を荒らげた。

「それは、クリグラエレクトロニクス社の登録商標名だっ!」

 そこはどちらでもよいのでは? とトーマイヤーは内心、思った。

「さらには、隣国であるレイクロノマへ入り、ショッピングモールの駐車場内で自動車を一台、破損させたそうではないか!! すべてその様子は、防犯カメラに映っていた、というぞ!!」

 国王の一段と大きな怒声が室内に響き渡った。トーマイヤーはというと、父王の剣幕にも動ずる様子もなく、全く同じ表情で立っている。

 国王は、頭をかかえて目を伏せながら、続けた。

「……まったく、隣国にまで迷惑を掛け、恥をさらすこともなかろうに。嘆かわしい。さっそく、自動車の持ち主から、損害賠償請求の書状が、この王室宛てに届いておるわ」

 国王は、さも情けなさそうに、しぼり出すような声で言った。

「それは、たいへん申し訳ありませんでした。賠償金については、王室の経費から、支払っておいてください」

 トーマイヤーが、こともなげに言った。国王は、あきれたような顔をして、それ以上怒る気力が失せでもしたのか、力のない声で言った。

「……トーマイヤーよ。金の問題ではないのだ。たかだか自動車一台分の賠償金など、わが国の財政からすればほんの雀の涙ていどにすぎん。そんなことは、大した問題ではない。そういうことではなく、わしは、隣国に対して、対外的に示しがつかん、と申して居るのだ。」

 一国の王といえども、自分の子の教育となるとそれなりに苦労もするものらしい。

「……おまけに、地下鉄の改札を不正に通行して、乗車した、と聞いたぞ。本当なのか?」

「それは、はい、その通りにございます」

「な、なんたる醜態を……かりそめにも、このテレスタルの王子たる身でありながら……」

「それはそうと、父上」

「なんだ?」

 トーマイヤーは、父王の言葉を聞いていたのか、いないのか、まったく違う話を切り出した。

「ぼくはこれまで、王室付きの教師たちから多くのことを学んできました」

「それが、どうかしたか」

「はい、ぼくは、高校というところに行って、そこで学んでみたく存じます」

「な、なんじゃと。高校へ行きたい、と申すか。なにを言い出すかと思えば……あんなところは、大勢の生徒を集めて、いっせいに授業を行うゆえ、一人ひとりに教師の目が行き届かず、どうしても教育の質が低くなってしまうではないか。王室付き教師の個人教授であれば、すべてお前に合ったカリキュラムでだな」

「父上、もう王室付き教師からは、じゅうぶんに学びました。この先、ぼくが父王の後を継ぐべき日を迎えるまでに学んでおかねばならないことは、下々の者たちの生活や感情、それにものの見方や感じ方を、下々の者たちと時間を共に過ごすことで実感として理解する、ということではないでしょうか。書物を読むだけでは、本当に分かったことにはならない、とは父上がいつもおっしゃっていたことではありませんか」

「う、うむ……確かに、そのようなことを、そなたに申したこともあったな……それに、下々の暮らしぶりを理解しておくことも、一国の王たる身には、必要不可欠なこと。そうでない王は、民衆の心を知らず、おごり高ぶって盲目となり、やがては国民からの信望を失い、没落してゆくことは歴史が教えてくれること。なればこそ、そなたの教育もそのような信念のもと、王族といえども民の心を忘れぬよう、入念に気を配って指導させてきたつもりであった……そうか、わしのしてきたことは、無駄ではなかったのだな。そなたの中で、わしのまいた種が芽吹き、そしていつしか、大きく育っておったのだな……」

 国王は、なにやらとても感慨深げな様子で目を閉じてちょっと顔を上へ向けた。

「では、高校への入学を、許可していただけますね?」

 トーマイヤーがにこやかに言った。

「う~む、しかし、それとこれとは、また別の話……実際に高校へ入れる、となるとな……」

 国王は、まだ迷う様子であった。

 トーマイヤーはちょっと思案する風をしてから、何か思いついたように口を開いた。

「父上、さきほど、隣国に対して示しがつかない、とかおっしゃっていましたね」

「ん? ああ、そうだが、それがなにか」

「では、ぼくのしでかした不始末のため、ぼくに罰を与えるという名目で、ぼくを高校に入れる、というのはどうでしょうか」

「なんだと?」

「何不自由ない王宮での暮らしを捨てさせ、隣国の高校に通わせる……という筋書きです」

「う……ううむ。なるほど。ちょっとわざとらしい気もするが、誰もその辺はつっこんでは来るまい……って、いま、そなた、隣国の高校、と言うたか?」

「はい。隣国、レイクロノマの、高校です」

「なんじゃと。すると、まさか、そなた」

「はい、もう、高校は決めてあります」

「なんと……」

 国王は、トーマイヤーの、これと決めたら人の話など聞かずに突っ走る性格に、ほとほとあきれ果てた、とでもいった様子で、目頭をおさえてソファーにさらに深くもたれこんだ。

国王は、ため息をつきながら言葉を継いだ。

「そなたは、言い出したらとにかく聞かぬからな……分かった。ただし、王宮の外にはどんな危険があるかも分からぬ。必要な監視と護衛だけは、つけさせてもらうぞ。よいな」

「それは、構いません。では、話は決まりましたね」

 トーマイヤーは、袖をまくった。そこには、腕時計型をした通信端末が装着されていた。その端末の画面をタッチして、通信相手を呼び出す。

「サカハシ!」

「はい、殿下」

 端末から、ホログラフでサカハシの上半身が、実物よりも青みがかった映像で空中に浮かびあがった。

「すぐに、レイクロノマの(セント)クラベリナ学園への入学手続きを取れ。いいか、明日から通学できるよう、今すぐに手続に掛かるんだ」

「今すぐに、ですか。しかし、今夜はもう遅いですし、先方の都合も、ありますかと」

「うるさいぞ、サカハシ。先方の都合など、構う必要はない。理事長でも誰でも、寝ていたら叩き起こしてでも手続を取らせるんだ。いいか。明日から通学だっ!」


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