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ぶつかった相手

「ふう、行ったようね……」

 自動車の下の隙間から、サユカの取り巻きたちの様子をうかがっていたリユナは、二人が大した捜索もせずに立ち去ってくれたようなので、ほっと胸をなでおろした。

 それでも、油断なく車の陰に隠れつつ、二人が気分を変えてまた戻ってきはしないか、と警戒してショッピングモールとの連絡通路の方へ視線を向けたまま、後ろ向きに移動を開始した。

 自動車に沿って進んでいけば、立体駐車場を上下につらぬく階段にたどり着くはずだった。

 そう考えて慎重に後ろ向きのまま進んでいくと。

 どしん!!

 いきなり、何かやわらかいモノにお尻がぶつかった。

「きゃっ!?」

 思わず、反動で前につんのめってしまう。

「うわっ!?」

 そのぶつかったモノも、びっくりしたような声を発した。モノではなく人だったのだ。

 慌てて起き直って振りかえる。

 見ると、ぶつかった相手も前のめりになってしまっていたようで、床の上で上体を起こしてこちらに向き直ってきたところだった。

(え……?)

 その、リユナがぶつかった相手。

 ちょっと赤みがかった茶色の髪が、少しだけ左右にはねている。宝石のような輝きを放つ青い瞳。きりりと自信に満ちた眉。形よくスマートな鼻、そして常に穏やかな笑みを浮かべている、温和そうな唇。とてもよく整った、美しい顔立ちで、しかもどことなく高貴な気品さえ、漂わせている。

 リユナは思わず、その相手の容姿にみとれてしまわずにはいられなかった。

(はぁー……きれいな目……ってゆーか、かっこいい……)

 ぽわーん、として、自分が相手の顔をただひたすら見つめ続けていることに、自分でも気づかない。

(はわわわ……こりゃ、今大ブレイク中のアイドルグループ、STORM(ストーム)のマツミヤくんにそっくり……いや、それ以上だわ……)

 ぽかん、として、いつまでもみとれていると、相手はゆっくりと起き上がった。リユナよりも頭ひとつぶんくらい背が高い。

 リユナが、何も言わずただ自分を見ているだけなので、ちょっと心配そうな顔になって、その人物は口を開いた。

「大丈夫か?」

 甘く優しげな声だった。リユナは、なんだかアニメの声優がしゃべっているのか、という錯覚におちいったが、すぐにわれに返った。

「えっ? ……あっ、そ、その、ご、ごめんなさい!」

 慌てて、頭を下げる。

「なんだ、ちゃんとしゃべれるのか。ぼくの方こそ、後ろを見ていなくて、すまなかった」

「いや、そんなっ! 後ろを見てなかったのは、あたしの方で! ……ちょっと、追われていたものですから」

「追われていた? ……へぇ、ぼくと同じだなぁ」

 その少年は、甘いボイスで言葉を発する。

 リユナはその声を聞くたびに、頭がぽわん、としてしまいそうになった。

「同じ……?」

 どういうことなのか、リユナは思考能力がちょっとマヒしてしまって、よく考えられない。

「そなたも追われているのなら、ちょうどよかった。ここから出るには、どっちへ行けばよいのかな? ぼくはたった今、ここへ来たばかりで、右も左も分からなくてね。案内してくれると、助かるのだが……」

「は……はぁ」

(たった今、ここへ来たばかり……って、いったいどこから来たのかしら? も、もしかして、この人、宇宙人とか!? ……それとも、未来からタイムスリップしてきた!? って、そんなわけないか。とにかく、何か事情がありそうね)

 ようやく、思考力が回復してきたリユナは、秘かにそう考えた。

「あっちに行くと、階段があるの。あたしも、ちょうど逃げるところだったから」

「そうか、じゃあ、追手が来ないうちに、急ごう」

「お、追手……?」

(いったい、この人、誰に追われてるのかしら……? なんだか、実はヤバい?)

 リユナは、少し不安を覚えつつも、相手の顔をあらためて見つめてみる。

(……い、イケメン……てゆーか、そんなレベルじゃなく……こ、この漂う気品というか……)

 知らず知らず、またつい見とれてしまい、頭がぽーっとなってしまう。

「ん? どうした、早く行こう。そなたも、追われているのであろう?」

「はっ、あたしったら! そうだった、い、行きましょう!」

 そして、二人連れだって、階段の方へと足早に歩いて行く。

 広大な駐車場の中では、遠くから見つかってしまう恐れがあったが、階段の中に入ってしまえば、とりあえずすぐに見つかる心配はない。

 階段を下りながら、リユナが声をかけた。

「え~っと、あの、あたし、リユナっていいます。ユズノハ・リユナです。あの、お名前は……?」

「ん?ぼくかい、ぼくは」

「はい」

「ラシュキール・ドレハユスタス・トーマイヤーという者だ」

「え、っと……」

(え? なんだか、呪文みたいな、長い名前ね……最後のトーマイヤーとかなんとか言うところしか、聞き取れなったわ。仕方ない……)

「じ、じゃあ、トーマくん、でいい?」

「え、何が?」

「あの、だから、トーマくん、って呼べば、いいかなー、って……は、はは(ダメかな……?)」

 トーマイヤーは、笑顔をみせて、

「ああ、それでいいよ!」

 と、嬉しそうに答えた。

 その笑顔に、リユナはまたしてもやられてしまった。

(くっ……なんという、悩殺スマイル! 頭がとろけてしまいそうだわ……って、しっかりしろ、あたし!)

 頭を振って、われを取り戻す。

「え~っと、それじゃ、トーマくん?」

「ん?」

「さっき、追われている、って言ってたけど、誰に追われてるの?」

「ああ……そなた、いや、リユナ、とか申したか。リユナこそ、誰に追われているのだ?」

「え? あたしは……その……ちょっとサユカを怒らせちゃって。へへ」

「サユカ……? 知らぬ名だな」

「そ、そうよね。いきなり、名前言っても、知らないわよね」

(……って、あれ、あたし、何の話してたんだっけ?)

 なんだか、誤魔化されてしまった。

「そ、それはそうと、トーマくんって、どこから来たの?」

「ぼくか? ぼくは……」

 トーマイヤーは、ちょっと思案する風をして、

白き翼(バンネツィオーグ)は、飛び方は知っていたのだが、止まり方がよく分からなくてな。あそこに突っ込んでしまったのだ」

「……へ、へぇ?」

(よく分からないのは、トーマくん、あなたの言っていることの方だわ……)

 心の中で、つっこむリユナ。

 そのとき、階段を一番下まで下りたようで、出口が見えた。

「あっ、出口に来た」

 リユナは、出口の自動ドアからちょっと頭を出して、外の通りを見回した。そこは建物の裏手で、道幅はあまり広くない。向かい側には、さまざまな種類の飲食店、居酒屋、それに衣料品店や雑貨屋、その他娯楽施設など、たくさんの店が軒を連ねていた。まだ日が暮れてそれほど遅くないため、通りには大勢の人が行き交っている。どうやら、サユカたちの姿はない。

「大丈夫みたいね。トーマくん……あれ?」

 リユナが振り向こうとすると、いつの間にかトーマイヤーは自動ドアの外にすっかり出てしまって、通りの様子を物珍しげに見渡しているところだった。

「うわぁ……すごい。リユナ、あっちへ行ってみよう!」

「えっ? ちょっと、あっちって……」

 トーマイヤーが、どんどん歩いて先へ行ってしまいそうになるので、慌てて後について行く。

「たくさんのお店が並んでいるんだね。人も大勢歩いてるし。初めて見たよ」

「は、はぁ……」

(初めて、って……こんなの、別にふつうなんだけど……やっぱり、この人、宇宙人か何かなのかしら??)

 トーマイヤーは、何が珍しいのか、青い目をキラキラ輝かせて、通りの様子を眺めまわしている。

 そんな横顔を改めて見つめて、リユナは思った。

(ほぇ~、やっぱ、カッコいい~……なんか、あたしたち、もしかしてデートでもしてるみたい? えへへ……)

 ちょっといい気分になってきたところで。

 ふと、周りの視線に気づいた。

 何しろ、トーマイヤーは服装もあまり見かけない、軍服のような出で立ちをしているし、それに、いやがうえにも目立たずにはいられないような、超美形であった。

 人々の視線を集めないわけには、いかなかったのだ。

「うっ……」

 なんだか、リユナと同年代くらいか、またはちょっと上くらいの女の子たちが、わざとらしくトーマイヤーの前の方を歩きながらチラチラとこちらを振り返ったりして、何かヒソヒソと囁き交わしているのが、リユナにも分かった。芸能人とか、アイドルの誰かが街を歩いているのか、と思われているような雰囲気だった。

「ね、ねぇ、トーマくん?」

「ん? なんだい、リユナ」

「ちょっと、そこの店に入りましょうよ!」

「え? ……うん」

 そのまま、トーマイヤーの背中を押して、手近なハンバーガーショップに入っていく。

「いらっしゃいませー!」

 店員さんの声が響いた。

「え~っと、あたしはテリヤキバーガーとドリンクでいいかな。トーマくんは、なにがいい?」

「へぇ……」

 トーマイヤーは、生まれて初めて見る、とでも言いたげに、注文カウンターの上に掲げられたメニュー表を見上げている。

「あそこの、クラシックスタイルWバーガーっていうのが、おいしそうだなぁ……あ、でも」

「なに?」

「こういうところで、食事をするときは、お金を払わなくちゃいけないんじゃないか?」

「へ?」

(なに、当たり前のことを言ってるのかしら……)

「ぼく、お金を持ってきてないんだ」

「はいっ?」

(うっ……そういう展開……誘っておいてなんだし、ここはあたしが払うしか……って、トーマくんのって、一番高いヤツじゃん! トホホ~……)

 リユナは携帯電話を取り出した。スマートフォンではなく、昔ながらの折りたたみ式携帯電話であった。とりあえず、携帯電話の電子マネーで支払いを行う。

(う~、今月、ますますピンチに……)

 とりあえず、バーガー類を受け取って、席に着く。

 トーマイヤーは、目の前に置かれたハンバーガーを見て、目を輝かせていた。

「うわぁ~……」

 そして、手にとって一気にかぶりつく。

「……!? こ、これは、美味であるな、リユナ!」

「そ、そう? それはよかったわ……」

 リユナは懐具合を気にして、あまり元気がない。

「こんな、下々の者が口にする食べ物は、初めてだ。これほど美味であったとは……」

 しきりと感心する様子の、トーマイヤー。

(下々の、って……どんだけ上流階級のお坊ちゃんなのよ? トーマくんって……)

 ちょっと呆れて、夢中でハンバーガーを食べているトーマイヤーを眺めていた。

 そして、ふと思いついて尋ねる。

「そういえばぁ、トーマくんて、どこの高校なの?」

「ん~?」

 トーマイヤーは、口をもぐもぐさせていて、すぐには言葉が出てこない。

「あ、いや、見たことない制服だなー、と思ってさ」

「高校……? ああ、聞いたことがあるぞ。みんなで集まって、勉強するところだな。いや、ぼくは、高校というところには、行ってないんだ」

「えっ、高校に行ってない!?」

「うん、行ってない。リユナは、高校に行ってるのか?」

「え? そりゃあ、行ってるわよ?」

「ふーん……高校って、面白いのか?」

「え~っと、そうね、まあ、勉強はともかくとして、友だちがいるしね。休み時間におしゃべりしたり、いっしょにお弁当食べたり、あと、あたしはオーケストラ部に入ってるんだけど、そういうのって、けっこう楽しかったりするかな。授業も全部が全部、つまらない、ってわけじゃないしね。テストのときとかはツラいときもあるけど、まあ、あたしはそれなりに楽しくやってるかなぁ~? へへへ……」

「へえ……」

 トーマイヤーは、食べるのを止めて、リユナの話をとても興味深そうに聞いていた。

 すると……。

 ちょっと離れたテーブルから、こちらをチラチラ盗み見しながら、女子高生が数人で何かヒソヒソ話す声が聞こえてくる。

「……STORMマツミヤくんじゃね? 似てるよ」

「え~、違うよ~目の色とか違うじゃ~ん」

「でもぉ、ぶっちゃけ、マツミヤくんよりカッコよくね?」

「え~、そうかも~?」

「あれ、どこの制服? 見たことないよね」

「うん、この辺の高校じゃないんじゃない?」

「いっしょにいる女、誰だよ?」

「ああ、あの制服はね~」

「え、マジ?」

 芸能人の誰それに似てるとか、リユナは何者なのかとか、そういう話を小声でしているのが、リユナの耳にも届いてきた。

(は、はは……なんか、落ち着かないッス)

 リユナは冷や汗を流しながら、口元をひきつらせた。


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