放課後のショッピングモール
ショッピングモールは、平日の日没後にもかかわらず、多くの人でにぎわっていた。
そこは八階建てもの巨大なビルで、ファッション関係の店を中心に、雑貨屋や時計店、電気店、書店なども入っており、レストラン街も備えている。さらには映画館、カラオケルームといった娯楽施設も充実しており、店舗面積はかなりの規模を誇っていた。
その、広大なショッピングモールの中の一角、とある楽器店の前だった。
女子高校生らしい制服姿の少女が四人ほど、何やら言い争いをしている。
制服は、赤地に黒白ラインのチェック柄プリーツスカートに、黒っぽい色のブレザーで、袖のかえしと襟の縁にはスカートと同じチェック柄が入っていた。ブレザーの左胸には、五角形をした、撫子の花をモチーフとしたエンブレムが縫い付けられ、胸元のリボンはブレザーと同じような黒っぽい色で、膝の上まであるニーハイソックスも同じような黒色だった。
「どういうことですの?」
そのうちの一人、耳より上の高さで二つにしばった髪が、見事な縦巻きロールになって左右に流れ落ちている、見るからにどこかのお嬢様然とした少女が、少々キツい調子で言った。細面で鼻筋の通った、育ちの良さそうな綺麗な顔立ちをしているが、細くて吊り上り気味の眉と正面を睨みつける目とが、彼女の気性の激しさを物語っていた。細いあごをツンとそびやかして相手を威嚇する仕草をする度に、髪に結びつけた可愛らしいリボンが揺れる。
「あ、……いや、その、つまりですね……」
お嬢様に詰め寄られて、愛想笑いを浮かべながら言い訳を考えている少女は、制服は同じだったが、髪は肩にかからないぐらいのふんわりしたボブで、ぱっちりとしたまん丸い目をくるくるさせて、焦りを露わにしていた。鼻や口などのパーツは小さ目で、全体に可愛らしい印象を与える。
そのやり取りを横で見ている後の二人は、お嬢様の取り巻きとでもいった風情で、一人は長めの前髪で目が隠れ気味のやせっぽちで、もう一人は分厚いメガネをかけたちょっとぽっちゃり体型だった。
お嬢様が、再び口を開いた。
「ちょっと、リユナさん? オーケストラ部で使う予備のヴァイオリン弦、ここのお店に来れば、インターネットで注文するよりも早く買えるから、と、そうおっしゃったのは、あなたでしたわよね……?」
「は……はい、確かに」
リユナと呼ばれた少女は、これ以上怒らないで欲しいな~、とでも言いたげな風で口元をひきつらせながら愛想笑いを続けていた。
「それを、部の会計を預かる身でありながら、部の全財産が入った電子マネーカードを、失くしてしまった、とおっしゃるのね⁉」
「いやぁ、失くしたんじゃなくて、どこかに置き忘れただけかな、と……」
「同じことじゃありませんの‼」
お嬢様が、切れた。
「ひええええええぇ!」
「だいたい、あなたはいつもだらしなさすぎるんですわよ。なんであなたみたいな人が、我がオーケストラ部の会計を任されているのか、まったく理解に苦しみますわ。それで、どうなさるおつもりなの? もし、カードが見つからなかったら、オーケストラ部の全財産を、あなたが弁償してくださるんでしょうね?」
「うっ、そ、それは……」
リユナの顔から、愛想笑いが消えて、ヤバい、という表情になった。リユナは、必死に考え込む風をしてから、言った。
「う~んと、もしかしたら、家に忘れてきたのかもしれないから、帰ってよく探してみるわ!」
お嬢様とその取り巻きは、ふーん、という表情で、冷ややかな視線をリユナに送っていた。リユナは、こりゃまずいな、という顔をしてから、
「そんじゃ、とりあえず今日はこれで……」
と立ち去ろうとする。すかさず、お嬢様が声を張った。
「お待ちなさい!」
思わず、びくっ、と動きを止めるリユナ。
「このわたくしを、ここまで連れ出しておいて、何もせずにただ帰らせるおつもり?」
「うっ……」
「カードの件は、明日までに必ず見つけ出す、ということで勘弁してあげましょう。その代り」
「その……代わり?」
「あそこの、フォーティー・ワン・アイスクリームを、全員におごりなさい。いいこと、全員、トリプルですことよ。お分かりになりまして?」
「げげっ……」
楽器店から見える向こうのフロアに、確かにアイスクリーム店があった。
「サユカ様、よいお考えです」
「ナイスです、サユカ様」
お嬢様の取り巻きたちが、言った。
「はぁ……」
リユナは、しょぼん、として、とぼとぼとアイスクリーム店の方へ歩いて行った。サユカと呼ばれたお嬢様は腕組みをして立ったまま、リユナを見送っている。
リユナは、トリプルのアイスを3つ注文して、自分の分は一番安い、ただのソフトクリームにした。支払いは、携帯電話の電子マネーで済ませる。
「うぅ……今月、けっこうピンチなのになぁ……なんであたしって、いつもこうなのかしら」
独り言をつぶやきながら、トリプルのアイス3つとソフトクリームを受け取って、サユカたちのところへ戻る。
そして、サユカのすぐ目の前まで来た、そのとき。
なぜか、何もないただの床の上で、リユナは足をもつれさせて、いきなり転んでしまった。
「うわぁ‼」
「……!」
「さっ、サユカ様っ⁉」
「きゃあああ、サユカ様ぁ⁉」
「痛ったぁ……」
何が起こったのか、よく分からずに、膝をさすりながら立ち上がると。
目の前に、アイスまみれになったサユカがいた。
しかも、リユナ用に買ったソフトクリームが、あろうことかサユカの頭の上に、ちょこん、とうまい具合に乗っかってしまっている。
まるで、白いう○こが頭に乗っかっているようだった。
「そ、そんなっ、サユカ様に、まさかこのようなことが……」
「わ、わたしは何も見てません、サユカ様っ!」
うろたえ騒ぐ取り巻きの間で、サユカは一人、プルプルと体を震わせて、今にも爆発しそうな火山のようだった。
リユナは、さーっ、と顔が青ざめた。
「リ・ユ・ナ、さん……?」
今にも噴出しそうな怒りを無理やり抑えこんだような、押し殺した声が漏れてきた。
「ひっ……」
リユナは、さすがにこれはヤバい、と思った。
「今日という今日は……許しませんことよッッ‼」
サユカの、激しい怒りの声が、ショッピングモール内に響き渡った。
リユナは、その剣幕にびっくりしてしまって、反射的に反対方向へ猛然とダッシュした。
「ごめんなさ~い!」
「あっ、こらっ、お待ちなさいっ! ほらっ、ぐずぐずしてないで、早く追いかけるのよっ‼」
「は、はいっ!」
「了解ですっ‼」
頭にとぐろを巻いたソフトクリームを乗せたままのサユカとその取り巻きの三人は、必死で逃げるリユナを追いかけて行った。
リユナは、猛スピードで逃げた。足の速さだけは、人よりも秀でていたのである。
日が没してまだいくらも経っていないショッピングモール内は、たくさんの人が歩いていた。その間を素早く俊敏な動きですり抜けて、どんどん走って行く。後ろからは、「待ちなさ~い!」という声が追ってきているのが、聞こえる。
いくら人ごみの中とはいえ、この制服姿では目立つ。追手をまくのには不向きだった。
かなり広大な売り場面積を持つショッピングモールは、迷路状になっているというほどではなかったが、それでも一本道というわけでもない。
リユナは、先のショップの角を曲がった先に、隣接している立体駐車場への連絡通路を発見した。そちらの方には、ほとんど歩いている人はいない。
リユナはとっさに、立体駐車場の方へ転げ込むような勢いで突進していった。そしてガラス製の透明な自動ドアが開くのももどかしく、駐車場のフロアへ飛び込む。そのまま、近くに停めてある自動車の後ろへ隠れた。自動ドアが、音もたてずに静かに閉まった。
そこへ、後から追いかけてきたサユカがやってきた。
「はあ、はあ。どこへ行ったのかしら?」
まだ頭に白いソフトクリームを乗せたまま、息を切らしながら苦しそうに言う。
「ま、待ってください、サユカ様……」
ヘロヘロになって、やっと着いてきたやせ型が言った。さらにその後ろから、もう言葉すら出ないぽっちゃり型も、ヨロヨロと姿を現す。
サユカは、油断なく辺りを見回した。一方には、立体駐車場への連絡通路が見える。そしてまた別な方向には、まだまだお店が並ぶショッピングモールが続いていた。どっちへ行ったのだろう、と思案する風をしてから。
「よし、あなたたちは、あっちの駐車場の方を探してちょうだい」
「え、では、サユカ様は?」
「わたくしは、あちらを探してみますわ」
ショッピングモールの方を指差した。
「分かりましたわね?」
「……」
取り巻きたちの返事も待たずに、華やかな店舗の並ぶ方へ足早に去っていってしまう。あちこちを見回しながら。頭にソフトクリームを乗せたまま歩いて行くので、すれ違う人たちがちょっとひいていた。
残された取り巻きたちは、よりにもよって照明は必要最低限しかなく、コンクリート打ちっぱなしで殺風景な駐車場の捜索を命じられて、ちょっとやる気がなさそうにお互い顔を見合わせた。それでも、仕方なく駐車場の方へ行ってみる。
駐車場に入ると、店舗の近くにはかなりの台数が駐車されていたが、遠くのほうはまだまだ空きがある。この広い駐車場を走って逃げたとすれば、遠くからでも容易に見つかるだろう、と思えた。だが、よく目を凝らして、自動車がほとんど停まっていない向こうの方を見透かしてみても、人影ひとつ見当たらない。
自動車の陰に隠れているのではないか、という疑いがないではなかったが、何一〇台も停めてある自動車を、ひとつひとつ見て歩くのはかなり骨の折れる作業に思えた。
二人は、とくに会話を交わさなくとも意見が一致したのか、
「まっ、いっか!」
と声を揃えてから、また自動ドアをくぐってショッピングモールの方へ戻って行った。




