翼の少年
夕日が、眼下にどこまでも広がるビル群を赤く染め上げていた。
いくつも立ち並ぶ高層ビルが、夕焼けを受けてオレンジ色の輝きを放ち、ある種、幻想的な光景を作り出していた。
それらの中でも、ひときわ背の高いビルの屋上に、一人の人影があった。
歳の頃は一六~一七歳くらいの少年で、非常によく整った、美しい顔立ちをしていた。自分のこれから行おうとすることに対して、かけらの不安もなさそうな、自信に満ちた表情を浮かべ、どこか高貴な気品さえ漂わせている。少し伸ばし気味の髪はちょっと赤みがかった茶色で、くせ毛なのかそういう髪型なのかは分からなかったが、毛先が左右に向けてややはね上がっていた。
服装は、軍服を思わせる詰襟のかっちりとしたもので、濃いブルーを基調としてイエローのラインで装飾され、袖口や裾にも黄色が配されていた。
美しい顔立ちの少年は、口元におだやかだが、どこかいたずらっぽい笑みを浮かべながら、きりりと引き締まった眉の下に輝く、パライバトルマリンのように青く澄んだ大きな瞳で、西の空に沈んでいく太陽とその光に照らされた建物群を、しばし眺めて立ち尽くしていた。
風が、その髪をやや乱暴に撫でていく。
やがて、太陽が地平線の下に沈み込み、辺りが闇で包まれ始めた。
地平線の下から、なおも地上を照らし続けようとあがくかのように光を漏れ出させていた太陽も、いつしか完全にその姿を消し、空には星がきらめき出した。
ビル群には、すでに明かりが灯され、暗闇の中にキラキラとたくさんの光が輝き、見事な夜景が眼前に現出した。
しかし、少年のいる屋上には、彼を照らす明かりはない。
周囲が暗くなったことを確かめると、少年は傍らに置いてあった何かを取り上げた。それは、白い色をした四角い箱のような、何かの機械装置であった。その機械装置には、ランドセルのようなベルトが取り付けられていて、背中に背負うことができるらしかった。
少年はその機械装置を背中に背負うと、つかつかと屋上の縁へ歩いて行った。屋上には柵はなく、一番端まで行くと、すぐ眼の下は遥かな高みから見下ろす下界で、小さく自動車のライトが行き交うのが見える。地上何百メートルもあるような高さだったが、少年は臆する様子もなく、屋上の端に立った。強い風が吹いてきて、一瞬、少年は体のバランスを崩しかけた。それでも、全く動じる様子もなく、風が収まると、少年は一息、深呼吸をした。
それから、ふいにビルの屋上から空中へ目がけて跳んだ。
体を大の字に開いたまま、みるみる落下していく少年の体。
だが、そのとき、少年が背負っていた機械装置が、バシュッ、と鋭い音を立てて開き、そこから一瞬にして真っ白い翼が現れて、力強く羽ばたきはじめた。
落下していた体が宙に浮かびあがり、そのまま美しい夜景の上をなめらかに飛行してゆく。
黒々とした影のようにいくつも林立する建物に、たくさんの明かりが灯された上空を、悠然と飛翔する少年。純白の翼を広げて夜空を滑空してゆく少年の姿に、気づく者もいない。
様々な色の光がきらめく夜景の上を、少年はとある方角へ向けて真っ直ぐに飛びつづけた。
やがて、それまでの高層ビルよりは背の低い、せいぜい10階前後くらいの建物が多くなってきた。少年は高度を下げ始め、立ち並ぶビルと同じ高さにまで降下した。
そのときだった。
ヘリコプターのローターの駆動音が、どこか遠くから響いてきた
はっ、として、飛びつづけながら、首を後ろへ向けて後方を確認する少年。
遠くの方に、ライトを照らしながら飛行する物体が、小さく見える。ヘリコプターらしきものがこちらへ向けて飛んできているようだった。
少年は面をひき締めると、さらに高度を下げて、建物の陰に隠れつつ、ビルの谷間をすべるような勢いで滑空していった。
ビルとビルの間を、気持ちよくすり抜けて飛びつづける。
しかし、ヘリコプターの音はどんどん近づいてきていた。
ビルの陰に隠れながら飛行していても、そのうち発見されてしまうかもしれない。
そう思ったのか、少年は手近な建造物――それは立体駐車場なのであろう、自動車が螺旋状に上って行けるようになっていて、各階には自動車が何台も駐車されていた――の方へ一直線に飛んでいくと、外壁のないところから中へ飛び込んだ。
「うわーっ、と、とと…」
少年は、飛び方は知っていても、着陸の仕方は知らなかったのか、止まれずに、かなり広く数百台もの車を収容できそうな駐車場をあっちへ飛び、こっちへ飛びして、あやうく柱に激突しそうになった。だが、ぎりぎりで方向転換して柱はどうにか回避したものの、代わりにそのすぐそばに駐車してあった自動車のボンネットに、思いっきり体を叩きつけてようやく止まることができた。
「いたたた…」
背中に背負っていた機械は、衝突のはずみで破損してしまっていた。さらに、自動車のボンネットも、大きくへこんでしまっている。体をさすりながら、ボンネットから降りて、背中の壊れた機械を床へ下ろした。
外から、ヘリコプターの飛ぶ音が、かなり近く聞こえてきた。
少年は、まずい、という顔で、慌てて停めてある車の陰に身を潜める。
バラバラバラバラ、と飛行音を轟かせながら、外を軍用のような無骨なフォルムをしたヘリが、ライトであちらこちらを照らしながら何かを探すような様子で飛び去って行った。
少年は、ほっ、と一息、吐き出すと、辺りを見回してみた。
さて、これからどこへ行こうか、と思案する風であった。
*
軍用ヘリは、ビルの間を飛びにくそうにすり抜けながら、捜索を続けていた。ヘリは、少なくとも四~五台は駆り出されているようだった。
そのうちの一機に、通信が入った。
「こちら一号機。どうだ、見つかったか?」
ヘリの搭乗員が、それに返答する。
「ダメだ。完全に見失った。こちら側へ入ってから、レーダーから反応が消えてしまった。恐らく、建物の間にまぎれてしまったんだろう。このまま、目視で捜索を続ける」
「了解。そのエリアは、任せた。こちらも、全力を尽くす」
通信が、切れた。




