殺すなと言った理由
ギルドから人が来たのは、報告を出して四日後だった。
降りてきたのは中年の男で、区画管理の課長だという。マレーネの上にあたる人らしい。工房の前に立って、列と、屋台と、床に開いた穴を順に見て、それから明らかに困った顔をした。
「討伐の申請が出ています」
彼はそう切り出した。
「第三十階層、開口部が塞がりきっていない個体。動きが鈍く、行動が読めない。危険と判断されました」
「読めないのか」
「動きが不規則だそうです。通常の個体は接近すれば必ず来ますが、その個体は来たり来なかったりする。探索者にとっては、来ないより読めないほうが怖いんです」
それは分かる。房で二十年、探索者の話を聞いてきた。何をするか分からない相手というのは、強い相手より嫌われる。
読める相手は、避けられる。避けられる相手は、そのうち慣れられる。読めない相手には、慣れようがない。
「あなたが、殺すなと言われたと聞きました」
「言った」
「理由をお伺いしたい」
俺は当て金を置いて、少し考えた。
考えて、いちばん短い言い方を選んだ。
「途中だからだ」
「……途中、と申しますと」
「あれは、誰かが直しかけて、置いていったやつです。半分入れて、半分入ってない。その状態で生きてる」
「はい」
「殺したら、その状態のまま終わる」
課長は眉を寄せた。この人は悪い人ではない。ただ、俺の言っていることが分からない顔をしていた。
「終わってはいけないのですか」
「終わってもいい。ただ、いま終わらせると、二つ分からなくなる」
俺は指を二本立てた。
「一つ。詰め物がどう固まるか。あれは半分だけ入って、乾きかけてる。固まりきったときにどうなるかは、生きてる状態でないと見られない」
「はい」
「二つ。誰かが戻ってくるかどうか」
工房が静かになった。
「途中の仕事は、普通、戻ってくる。俺が斧を半分研いで帰る日はない。戻れなかったなら、戻れない理由があったってことだ。殺したら、戻ってきたかどうかも分からなくなる」
課長は、しばらく何も言わなかった。
やがて、綴じ帳を開いた。
「ハウザーさん。正直に申し上げます」
「どうぞ」
「あなたのおっしゃることは、報告書に書ける形をしていません」
「だろうな」
「討伐を止めるには、危険でないと言えるか、あるいは、生かしておく利益を示す必要があります。研究上の理由という枠はありますが、その枠を使うには研究者の署名が要ります」
「この街に、魔物の研究者はいるのか」
「おりません。魔物は災害ですから、災害を研究する部署は無いんです」
俺は当て金を持ち上げた。
どこまで行っても同じところに戻る。無いものは無い。
「課長さん」
「はい」
「一つ訊いていいですか」
「どうぞ」
「あなたは、あれを見たいと思わないんですか」
男は目を上げた。
「見たいですよ」
思ったより、はっきりした答えが返ってきた。
「見たいに決まっています。二十六年この仕事をしていて、こんな報告は初めてです。ただ、私が見たいというのは、書式のどこにも入らない」
彼は綴じ帳を閉じた。
「討伐の実施は、三十日後です。それまでに枠を見つけてください。見つかれば、私が通します」
言い方が、部下によく似ていた。
帰り際、この人は床の穴の前で足を止めた。しゃがんで、縁に手を当てて、しばらくそのままでいた。
「触ってもよろしいですか」
「どうぞ」
彼は指で縁をたどって、それから、削り残しのところで止まった。何も言わずに立ち上がって、埃を払って、帰っていった。
止まる場所は、みんな同じだった。触った人間は、必ずそこで止まる。指のほうが先に気づくからだ。
その日、俺は列を普通に回した。斧が三本と、脛当てが五つと、鍋がひとつ。討伐まで三十日という話は、誰にも言わなかった。言っても、客の道具は今日壊れている。




