測る
ヨナスが床の座を測ったのは、その週の終わりだった。
ノギスでは足りないので、糸と錘で径を出し、木で型を取った。半日かかって、紙の上に数が並んだ。
「ハウザーさん」
「なんだ」
「合いません」
俺は台に寄った。ヨナスは紙を三枚並べていた。
「殻から出た七つは、大きさが違っても比が同じでした。図面が一つあって、それを伸縮させた形です」
「そうだったな」
「床の座は、その比に乗りません」
「乗らない?」
「はい。径に対して、深さが足りません。もし七つと同じ比なら、この径ならもっと深いはずです」
ヨナスは紙を指した。俺には読めないので、線の傾きだけ見ていた。
「浅い、ということは」
「載っていたものが、平べったかったということです。あるいは」
彼はそこで止まった。
「あるいは?」
「別の系列です」
工房が静かになった。
「別の、というのは」
「同じ図面から出ていないということです。殻の七つは一族です。これは他人です」
「他人」
「表現が適切でなければ言い直します」
「いや、それでいい」
俺は穴の縁を見た。同じ理屈で作ってあるのに、同じ図面から出ていない。同じ流儀の別人が作った道具というのは、房でも何度か見たことがある。師匠が同じで、手が違う。だいたいそういうときは、片方が古い。
工房が静かになった。
「別の図面ってことか」
「そう考えるほうが素直です。同じ図面を無理に伸ばすと、こういう外れ方はしません」
俺は穴のほうを見た。
両手を広げたほどの円。爪が引っかかるほど深い傷。一回だけの、外したときの擦れ。
「ヨナス」
「はい」
「これ、あの殻のやつより古いか」
「傷の深さで言えば、使われていた期間は長いです。ただ、古いかどうかは別です。長く使われたのか、激しく使われたのかは、傷だけでは分かりません」
「分かるよ」
俺はしゃがんで、底に指を這わせた。
「傷の底を見ろ。角が丸まってる」
「角、ですか」
「新しい傷は、底に角が残ってる。触ると引っかかる。古い傷は、そのあとも使われてるうちに底まで擦れて、丸くなる」
ヨナスがしゃがんで、指を当てた。
「……丸いです」
「殻のほうは、どうだった」
「角が、ありました」
俺は立ち上がった。
「じゃあ、こっちのほうが先だ」
誰も何も言わなかった。
ヨナスはしばらく紙を見てから、線を一本引き足した。
「もし別系列なら、たねも別の形をしています。殻から出たものと同じ形を探しても、見つかりません」
「そうか」
「はい。探すなら、比のほうを探すべきです」
「比を探すってのは、どうやる」
「まず床の座の比を出して、その比を持つ大きさの一覧を作ります。実物が出たとき、一覧に当たれば同じ系列だと言えます」
「無いものを先に書くのか」
「はい。無いものの形を先に書いておけば、見つけた人間が気づけます」
俺は少し黙った。
それは、俺が房で要交換と書いていたのと同じことだった。まだ壊れていないものを先に書いておく。書いておかないと、壊れてから気づくことになる。
俺は工房を見回した。研磨台と、穴あけ台と、棚に並んだ明日ぶんの道具。段ボールならぬ板きれに炭で書いた看板。二年近くかけて作ったもの。
その足元に、それよりずっと長く使われて、外されたものの跡がある。
「マレーネさん」
「はい」
「この街は、二百年だったな」
「大迷宮が開いてから、二百三年です」
「その前は」
「その前は、ここに街はありません。何もありませんでした」
「迷宮が開く前の記録は」
「ありません。迷宮が開いたところから、この街の記録は始まっています」
「開く前の迷宮の記録は、どこにもないのか」
「開く前は、迷宮そのものが無かったことになっています」
俺は少し黙った。
無かったことになっている、という言い方を、この人は近ごろよく使うようになった。
俺は穴を見た。
「開く前から、これは使われてたのかもしれん」




