【伝言板】十七階が静かな理由
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冒険者ギルド ヴェルナ支部 一階 伝言板
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『三十階の調査隊が戻ったらしい』
→ 全員無事か
→ 一人足を折った。命は無事
→ よかった
→ 運んだのが無音のグレイだそうだ
→ 二十階以上を人を背負って上がってきたのか
→ 上がってきたらしい
→ こわい人だ
『調査の中身は出てるのか』
→ 出てない
→ 保留のままだ
→ また保留か
→ ただ、区画注記が一行変わった
→ どこが
→ 第十七階層・灰の回廊の欄
→ 何て書いてある
→ 「魔物の不出現理由については、従来の記載を削除」
→ 削除?
→ 鉄の匂いのせいだって書いてあったやつだよ
→ 消したのか
→ 消した
『そもそも誰が書いたんだ、あの鉄の匂いの話』
→ 出典がないらしい
→ 出典がないのに二百年信じられてたのか
→ そういうものは案外多いぞ
→ 多いな
→ 俺も昨日まで信じてた
→ 俺もだ
『十七階の工房、また列を閉めてるらしい』
→ 三日で二度目だ
→ 何かあったのか
→ 誰も言わない
→ 中で床を掘ってたのを見たやつがいる
→ 床?
→ 鉄骨の裏だ。廃材を全部どけてた
→ 修理屋が床を掘るのか
→ 掘ってた
『たねって何だ』
→ 何の話だ
→ ギルドの記録にその名前で欄が立った
→ たね?
→ 仮称って書いてある
→ 仮称でも欄が立ったなら、あるってことだろ
→ ……ああ
→ 欄が立つのは、でかいことだぞ
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欄が立ったというのは、その通りだった。
ギルドの記録には、名前のついていないものは載らない。載らないものは探せないし、探せないものは集まらない。二百年のあいだ、この街の誰かが同じものを拾っていたとしても、名前がなければ、それは互いにつながらないままだった。
拾って、妙な石だと思って、捨てた人間が何人いたのかは分からない。道具箱の底の箱に放り込んで忘れていた人間なら、少なくともここに一人いる。二百年のあいだ、この街で誰かが同じものを拾っていたとしても、名前がなければ、それは互いにつながらないままだった。
マレーネがそれを通したのは、ドルグ・ヴァイスの署名があったからだ。物体としてそこにあり、寸法が測られ、複数個体で一致している。それだけで欄はひとつ作れる。誰が入れたかを書く欄は、いまも無い。
ただ、名前がついた。
名前がつくと、次に見つけた人間がその名前で呼ぶ。呼ばれたものは、記録の中でつながる。
マレーネはそう言って、少しだけ笑った。
「名前をつけたのは、アルトさんです」
「あの子は頭の中で呼んでただけだぞ」
「頭の中で呼んでいたものを、誰かが書けば記録になります。書かなければ、消えます」
彼女は綴じ帳を閉じた。
「わたしはそれを、あなたから教わりました」
「教えてない」
「教わりました」
言い切られたので、俺は黙った。近ごろ、この人にはよく言い切られる。
ただ、ひとつだけ言った。
「マレーネさん」
「はい」
「その欄、あとから増やせるか」
「増やせます。名称欄の下に、所在と寸法と、発見者の欄があります」
「発見者は誰になってる」
彼女は綴じ帳を開いて、少し間を置いてから読み上げた。
「ニナ・アルト。ゲルト・ハウザー。ヨナス・ケラー。トビー。ヴィオラ・グレイ。レイ・ヴァンダール」
「多いな」
「全員います。触った人は全員書きました」
俺は綴じ帳を見た。読めないので、並んだ字の数だけを見た。
「鼠は書けないか」
マレーネが眼鏡を押し上げた。押し上げて、それから、羽根ペンを取った。
「……備考欄になら」
「冗談だ」
「書きます」
「書くのか」
「最初に見つけたのは、その鼠です」
彼女は本当に書いた。備考の欄に、工房で飼育されている個体、と書いてあるらしい。飼っているつもりはないのだが、ナットは近ごろ俺の道具箱の中で寝ている。




