↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
77/82

【伝言板】十七階が静かな理由

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 冒険者ギルド ヴェルナ支部 一階 伝言板

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


『三十階の調査隊が戻ったらしい』


 → 全員無事か

 → 一人足を折った。命は無事

 → よかった

 → 運んだのが無音のグレイだそうだ

 → 二十階以上を人を背負って上がってきたのか

 → 上がってきたらしい

 → こわい人だ


『調査の中身は出てるのか』


 → 出てない

 → 保留のままだ

 → また保留か

 → ただ、区画注記が一行変わった

 → どこが

 → 第十七階層・灰の回廊の欄

 → 何て書いてある

 → 「魔物の不出現理由については、従来の記載を削除」

 → 削除?

 → 鉄の匂いのせいだって書いてあったやつだよ

 → 消したのか

 → 消した


『そもそも誰が書いたんだ、あの鉄の匂いの話』


 → 出典がないらしい

 → 出典がないのに二百年信じられてたのか

 → そういうものは案外多いぞ

 → 多いな

 → 俺も昨日まで信じてた

 → 俺もだ


『十七階の工房、また列を閉めてるらしい』


 → 三日で二度目だ

 → 何かあったのか

 → 誰も言わない

 → 中で床を掘ってたのを見たやつがいる

 → 床?

 → 鉄骨の裏だ。廃材を全部どけてた

 → 修理屋が床を掘るのか

 → 掘ってた


『たねって何だ』


 → 何の話だ

 → ギルドの記録にその名前で欄が立った

 → たね?

 → 仮称って書いてある

 → 仮称でも欄が立ったなら、あるってことだろ

 → ……ああ

 → 欄が立つのは、でかいことだぞ


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━



 欄が立ったというのは、その通りだった。


 ギルドの記録には、名前のついていないものは載らない。載らないものは探せないし、探せないものは集まらない。二百年のあいだ、この街の誰かが同じものを拾っていたとしても、名前がなければ、それは互いにつながらないままだった。


 拾って、妙な石だと思って、捨てた人間が何人いたのかは分からない。道具箱の底の箱に放り込んで忘れていた人間なら、少なくともここに一人いる。二百年のあいだ、この街で誰かが同じものを拾っていたとしても、名前がなければ、それは互いにつながらないままだった。


 マレーネがそれを通したのは、ドルグ・ヴァイスの署名があったからだ。物体としてそこにあり、寸法が測られ、複数個体で一致している。それだけで欄はひとつ作れる。誰が入れたかを書く欄は、いまも無い。


 ただ、名前がついた。


 名前がつくと、次に見つけた人間がその名前で呼ぶ。呼ばれたものは、記録の中でつながる。


 マレーネはそう言って、少しだけ笑った。


「名前をつけたのは、アルトさんです」


「あの子は頭の中で呼んでただけだぞ」


「頭の中で呼んでいたものを、誰かが書けば記録になります。書かなければ、消えます」


 彼女は綴じ帳を閉じた。


「わたしはそれを、あなたから教わりました」


「教えてない」


「教わりました」


 言い切られたので、俺は黙った。近ごろ、この人にはよく言い切られる。


 ただ、ひとつだけ言った。


「マレーネさん」


「はい」


「その欄、あとから増やせるか」


「増やせます。名称欄の下に、所在と寸法と、発見者の欄があります」


「発見者は誰になってる」


 彼女は綴じ帳を開いて、少し間を置いてから読み上げた。


「ニナ・アルト。ゲルト・ハウザー。ヨナス・ケラー。トビー。ヴィオラ・グレイ。レイ・ヴァンダール」


「多いな」


「全員います。触った人は全員書きました」


 俺は綴じ帳を見た。読めないので、並んだ字の数だけを見た。


「鼠は書けないか」


 マレーネが眼鏡を押し上げた。押し上げて、それから、羽根ペンを取った。


「……備考欄になら」


「冗談だ」


「書きます」


「書くのか」


「最初に見つけたのは、その鼠です」


 彼女は本当に書いた。備考の欄に、工房で飼育されている個体、と書いてあるらしい。飼っているつもりはないのだが、ナットは近ごろ俺の道具箱の中で寝ている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。