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免状

 揉め事が起きたのは、店を開いてひと月ほど経った日のことだった。


 その日は列に見慣れない連中が並んでいて、装備が上等で、全員そろっていて、胸に同じ紋章が入っていた。中堅どころのクランだ。先頭の男が列を外れて俺の前に立った。三十くらいで、整備士の前掛けをつけている。


「あんたがゲルト・ハウザーだな」


「そうだが」


「クラン・ヴォルフ整備班のキースだ。話がある」


「順番待ちなら後ろに並んでくれ」


「そういう話じゃない」


 キースは腕を組んだ。


「あんた、免状は」


 列がざわついた。


「無免許で武具整備をやってるだろう。装備管理令の十二条違反だ。探索者の命がかかった装備を、素人が手作業でいじってる。しかも銅貨十枚で、だ。ふざけてるのか」


 言い方はきつかったが、言っていること自体は間違っていない。整備には免状がいる。命に関わるからで、俺だってその決まりを二十年守ってきた。列に並んでいた連中が不安そうな顔をしはじめて、ニナが俺とキースを交互に見ていた。


「あんたのせいで事故が起きたら、誰が責任を取るんだ。そこの、灰級の子。あんた、そのおっさんに直してもらった槍でどこまで潜った」


「……九層、です」


「九層? 灰級が? それが証拠だよ。この男は、身の丈に合わない場所へあんたたちを行かせてるんだ」


 キースは俺に向き直った。


「今日限りでやめてくれ。でなければギルドに届ける」


 まっとうな話だったし、たぶん半分は本音だったんだろう。残りの半分は、うちの整備班の客が減った、というあたりだと思う。


 俺は道具箱を開けて、いちばん下、工具の下に沈めてある古い革のケースを取り出した。二十年、一度も人前で開いたことのないやつだ。中の板を抜いてキースに差し出すと、彼はそれを受け取って読み、読んだところで動きが止まった。


「整備士組合……一等免状」


「登録番号は一一〇だ。取ったのは二十二年前で、この大陸に四百人いない。更新は去年済ませてある。期限は再来年の春だから、疑うなら今この場でギルドに照会してくれてかまわない」


 しん、とした。


 一等免状というのはそういう資格で、これを持っている人間は装備管理令において、単独で全等級の武具整備を行う権限を持つ。工房の登録も設備の要件も免除される。この免状が、設備にではなく、その人間の目と手そのものに対して発行されているからだ。


「あんた……なんで、こんなところで」


「クビになったからだよ」


「一等が? どこの整備房だ」


「アルゴノート」


 列がどよめいて、ヴォルフの隊員の一人が小声で、アルゴノートって大陸一の、と言いかけて途中でやめた。


「そこの整備房で主任をやってた。先月までな」


 キースは免状を両手で持ったまましばらく固まっていたが、やがて深く頭を下げた。


「……失礼しました」


「いや。あんたの言ってたことは正しかったよ」


「え」


「無免許で武具をいじってる人間がいたら、俺だって止める。同じことを言う」


 俺は免状を受け取ってケースに戻した。


「ただ、そういうのは免状を確かめてから言え。順番が逆だ」


 キースは、もう一度頭を下げた。



 その晩、俺はボリスの屋台で飯を食っていた。


「聞いたぜ。伝説の一等整備士だったんだってな」


「伝説ではない」


「四百人だろ。伝説だろ」


「四百人もいたら伝説にはならん」


 ボリスは笑って肉を返した。


「なんで黙ってたんだ」


「訊かれなかったからな」


「そういうとこだぞ、あんた」


 どういうところだと訊こうとして、やめた。たぶん、訊いても分からない。



 翌日、キースがまた来た。今度はちゃんと列の最後尾に並んでいて、手には自分のクランの隊員の籠手を持っていた。順番が回ってくると、彼はそれを差し出して言った。


「これ、見てもらえませんか。うちの班で三度直したんですが、毎回同じところが壊れるんです」


 受け取って、三秒で分かった。


「壊れてるのは籠手じゃない」


「え」


「この子の肘だ。関節の動く範囲が狭くなってるから、籠手の同じ場所にばかり力がかかる」


「……肘」


「医者に見せろ。骨接ぎのほうだ。籠手は俺が直す。銅貨十枚な」


 キースはしばらく籠手を見つめてから、小さく、参ったな、と言った。


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